○やま
前回のあらすじ
旅立ち
俺はちんぴい。ちんぴいではない。
ハジメ村から出発し、半日ほど経過した。
夜は暗くて危険なのでどこかで休みたいと考えていたところで、ちょうど小さな森を見つけた。
「お前ら、そろそろ夜の始まりさ。この森で一旦休まないか。」
「おお、この森か。いいな、そうしよう。」
タナカがやけに食いついたのでここで休むことになった。一応気持ち程度に道は整備されているようだ。
森の入り口で馬を止めて食糧の三十本満足を食べようとしたところで、タナカが口を開いた。
「懐かしいな。昔父がこの森に連れてきてくれて、キノコを採ったんだ。そのキノコが絶品でな。揚げるととてもジューシーなんだ。」
「確かにキノコ美味しそうな森ですからね。」
「そういや、タナカの父さんって最近何してるんだ?あんまり姿見ないけど。」
「ああ。数年前に働く働かないで口論になった時に、つい…。」
「嘘だろ…?」
「えぇ…?」
「いや、後悔はしているんだ。もういいだろ?この話題は終わろう。」
「いや無理だろ。どういうこと?」
「ち、ちんぴい。もうやめておきましょう。そうだ、この森のキノコが好きなら今から採ってきたらいいんじゃないですか?調理器具は召喚できるんでしょう?」
タナカの召喚能力は、物はもちろん生き物でもなんでも召喚できるらしい。ただ、召喚にはそれ相応のエネルギーを使うそうで、タナカを超えるような力を持つものは召喚できないそうだ。
ゴブリンを倒して家に帰った後、俺の剣を試しに召喚しようとしたらしいが失敗したらしい。これで剣奪われてたらたまったもんじゃなかった。
「そうだな。そんなに時間はかからないと思うから、少し待っていてくれ。みんなの分も採ってきて渾身の料理を振る舞ってみせる。」
さっきの話を聞いた後にタナカの料理を食うのは非常に怖いが、毒があるかどうかなどは木村のスキルでわかるので、とりあえず待つことにした。
「一応、歩いた跡にどんぐりを落としておく。もし俺が帰って来なかったら、どんぐりを辿れば着くはずだ。」
「おけす〜。お前剣持って行かなくて大丈夫か?」
「こんなとこに魔物なんかいるわけないだろう。」
村に出ただろと思いつつ、ゴブリン程度なら武器などなくてもタナカのパワーなら撃退できると思い、そのまま見送った。
――――――――――――
俺はタナカ。
3日前まで過疎地域の村でニートをしていたのだが、突如大いなる力に目覚めて今日から魔神討伐の旅を始めた。
共に旅をする仲間は少々頼りないが、それでもこんな力があれば魔神など余裕だろう。リンゴを片手で握り潰す握力を得、公園を40秒で一周できるようになった俺にはな。公園の広さは、全力ダッシュして40秒ほどだ。
そして今は村の近くの森でキノコを採ろうとしているところだ。ここのキノコはとても味が濃くジューシーなため、薄くスライスして揚げるキノコチップスにするととても美味しい。人生で美味いものを食ったことがなさそうな2人にあれを振る舞うのが楽しみだ。
森の入り口から中へ5分ほど進んだところで、ついにキノコを見つけた。数年前に見た時と変わらない、とても大きなキノコだ。
適当な大きさのカゴを召喚して集めていく。少し前なら毎日寝転がっていたせいでこんなに腰を曲げると腰をいわしてしまうところだったが、今なら大丈夫だ。
あれから10分ほど集めて、だいたい20個ほど集まっただろうか。これだけあればしばらくはキノチが食べられるな。
……というか、俺は今カゴを召喚してキノコを集めたんだよな。なら、そもそもキノコを召喚すればよかったんじゃないのか?もしかしてこの時間無駄だったか?
「あのー…すみません。道を聞きたいんですが。」
「!?!?」
「迷ってしまって…森の入り口まで案内していたなけませんか?」
突然後ろから男に話しかけられた。まさかこんな場所に人がいるとは。しかもこんな夜に迷っているのか。いかにも怪しいが、弱そうな男なのでこのまま放っておくと何に襲われるかわからないので、仕方ないから助けることにしよう。
「ああ、わかった。俺もちょうど入り口に戻ろうとしていたんだ。着いてきてくれ。」
「ありがとうございます!助かりました。」
特に他意はなく、本当にただ道に迷っただけのようだ。
「それにしても、なんでこんな夜に1人で森なんかに入ったんだ?危ないぞ。」
「えっと…あ、ここのキノコが美味しいって聞いて、採りに来たんです。」
「おお、君もか。俺もキノコを採りに来たんだよ。」
「そうなんですね。あなたもお一人で?」
「いや、俺は2人の仲間と一緒に旅をしていてな。森の入り口で仲間が待っているんだ。」
「へえ、なるほど……。わざわざ話してくれて、ありがとう。」
「ぐあああああああっ!!!」
会話をしながら歩いていたら、突然男に殴り飛ばされた。なんだ?賊か?信用していた俺が馬鹿だった。
「あれ…?かなり強く殴ったはずなんだけど、死なないか。」
「今のは少し効いた。だが、その程度では俺は倒せない。何者だ?お前は。」
「どうせ君はもう死ぬんだから、名乗る意味もないよ。それより、君が教えてくれた仲間2人を探しに行こうかな。」
今すぐ男の元へ走って殴り飛ばそうとした。しかし、体が思うように動かない。毒か何かを貰ったのか…?
「ぐっ…待て!」
「うーん、しつこいな。あまり効いていないのか?まあ殴っとけば大丈夫か。」
「オワーーーーーーーー!!!」
また俺は殴り飛ばされた。しかし今度は衝撃が重く、上手く受け身も取れない。どんどん呼吸が苦しくなっていく。
くそっ…。こんなところで死ぬわけにはいかない。何か、何か体を癒せるもの…………あれだ!!
――――――――――――
「そこでうちの猫なんて言ったと思います?また悪さするんか〜!ですって。それ猫が言うんですね。それに僕はこう…………」
「オワーーーーーーーー!!!」
「な、なんだ?タナカの声か?」
木村と適当に会話していたら、突然森の中から叫び声が聞こえた。タナカのやつ、なんか帰りが遅いとは感じていたが何かあったのか?
「タナカの声でしょうね。どうしたんでしょう…。とりあえず行きましょうか。」
「そうだな。」
急いで俺たちは武器を持って森の中へ入った。
タナカが落としていったどんぐりを辿っていく。
どんぐりを辿っていると、突然目の前に男が現れた。
「お、タナカか?…………ってわけじゃなさそうだな。お前誰だ。」
「初対面で誰ってなんなんだよ。まあいいか。僕は……」
「ちんぴい、人の姿をしていますがこいつ魔物です!名前は○やま、能力は…これは!触れた相手に死の呪いをかけて徐々に殺していくそうです!」
「何?鑑定的な能力?せっかく名乗ろうとしてたのに面白いとこ全部持っていってなんならこれから判明していくであろう能力全部バラすじゃん。」
「木村ようやった。人に擬態する魔物か。そんなんもいるんだな。」
「そうだよ。僕は魔神軍第一師団所属の○やま。魔神軍第一師団には、言葉を話せる高位な魔物のみが所属している。その中でも僕は力が強く、人に擬態することだってできるのさ!」
人に擬態する魔物の話など、グーアン王国の使いからは聞いていない。よほど珍しいか、遭遇した人間が全員殺されているせいで情報がないのか。
とにかく、こいつはただものではなさそうだ。
「お前の話誰も興味ねえよ。行くぞ木村!」
「任せてください!」
「おおっ。さっきのやつといい、覚醒者の中でも君たちはかなり動きがいい。でも、その程度じゃ僕は捉えられない。」
○やまは俺たちの攻撃を完璧にいなしてくる。こっちも相手には絶対に触られないように気をつけながら立ち回る。
「ダブル斬り!」
「超戦斧!」
「ぐっ!…何が斧だよ。剣じゃん。」
よし、攻撃が1発当たった!木村と2人で同時に攻撃を仕掛ければ相手は対応できない。思ったより力の差はない!
「はあ…。こんなにめんどくさいのがいるとは思わなかった。仕方ない。さっさと終わらせよう。」
「ちんぴい、何か来そうです!警戒してください!」
「いや俺に命令すんな。」
○やまは突如動きを止めた。そのまま力を貯めるようなポーズに入った。
「なんだ?漏らすんか?」
「………グオオオオオオオオ!!!!」
「えええええええええ!」
なんと、○やまが変形し、巨大な龍の姿になった!
こいつこんな化け物だったのか。ちとやばいかもしれん。なんとかしてタナカを見つけて逃げたいが…。
「もう怒った。君たちは今すぐ処分してやろう。」
「うおでっか。木村、鑑定してみてくれ。」
「はい。…さっきと能力は変わりません。攻撃に触れると死の呪いをかけられます。」
「これが僕の本来の姿だ。そうだな…死を司る龍だから、○やま死龍、とかかな。僕もこの姿の方が動きやすいんだよっ!!!」
「っっっ危ねえ!」
いきなり爪を振り翳してきて、危うく〇八三一つ裂きにされてしまうところだった。
こんなん相手にまだ生きてる方が奇跡だろ。ただ、さっきの姿の時も多少攻撃は通った。このまま攻撃を続ければワンチャンあるか。
「ダブル斬り!」
「超戦剣!」
「しれっと剣にしてるし。でも、もう無駄だよ。その程度の攻撃じゃ、この体に傷は入れられない。」
「困りましたね…。僕には大きなダメージを与えるスキルがない。ちんぴい、何か策はありますか?」
「うーん…特にない。けど、なんかまだ力が眠ってる感覚があるんだよな。すごく大きな力が。」
「わかりました。それをエネルギー波にして放出するイメージはできますか?」
「できる。けどそんなん本当に出るかなんてわからねえぞ」
「それに賭けるしかないでしょう。準備が整うまで僕があいつの相手をします。それまで溜めていてください。」
「ずいぶんこそこそ話しているね。その程度の力で僕を倒そうだなんて考えているのかな。」
木村の作戦で、俺がエネルギー波を撃つことになった。シンプルに、力を放出するイメージ。力を放出するイメージ……。
「はあっ!」
「効かないねえ。ゴムだから。」
「くっ!舐めたことを!」
「さっきから鬱陶しいね。奥のあいつが何か大技を撃とうとしてることはわかってるんだよ。さっさとあいつを潰させてもらおうか。」
「ぐああっ!」
まずい!木村が○やま死龍の鼻息で吹き飛ばされた!あいつ自信満々に一人で食い止めるって言っておいてめちゃくちゃ弱いじゃねえか!
くそっ。せっかくエネルギーを貯めてたのに、ここで攻撃を避けたらエネルギーが散ってしまう。頼む木村、もうちょい頑張ってくれ!
「口ほどにもないやつらだったね。それじゃ、バイバイ。」
「これまでか…。お、オワーーー………。」
「待て!」
「ぐっっ!?!?」
○やま死龍が俺を殺そうとした瞬間、突然遠くに吹っ飛んだ。木村はまだ間に合ってないはずだし、こんなパワーを持ってはいない。だとすると…!
「はあ…はあ…なんとか間に合ったみたいだな。」
「タナカ!!」
なんと、マントを羽織ったタナカが○やま死龍の後ろから現れたのだ!タナカの人生で一番かっこいい瞬間だろう。
「生きてたんですか!?」
「ああ、なんとかな。毒を受けて死にそうだったが、大きなマントを召喚してなんとか体力を増やして耐えたんだ。」
「羽織るだけで体力増えるマント謎すぎて怖いな。」
「やってくれるじゃないか…。君、まだ生きていたのか。本当にしぶといな。」
タナカの登場によりなんとか命は助かったが、依然大ピンチだ。都合よくあいつが俺の技に当たってくれるかどうか。
「もう終わりにしよう。まとめて吹き飛ぶがいい!○やまエグエグブレス!」
「やっべえこれ!」
「ちんぴいはそのままエネルギーを貯めて!これは僕とタナカで受け切ります!」
「でもお前ら、そんなん喰らったら…!」
「大丈夫だ。毒は喰らってもすぐ死ぬってわけじゃない。俺が回復薬を召喚すれば耐えれる。」
「お前強すぎるな。」
ムワァァァァァァァァァ!!!!
「ぐうううううっ!」
「痛ったいですねこれ!」
ブレスが放たれ、タナカと木村に直撃した。
タナカが回復薬を召喚しまくって2人で耐久している。しかし。
「はあ…はあ…も、もう無理…」
「え!?嘘でしょ!?」
「ふははは!そりゃ無限に召喚なんてできるわけがないじゃん。召喚にはそれ相応のエネルギーを消費するはずだよ。もう終わりだね。まとめて吹き飛びな。」
「あ、終わった…。俺の旅、初日で終わりか…。」
「トウ大、行きたかったな…。」
「お前ら!屈め!!」
タナカと木村の耐久が終わり崩れてしまったが、ついに俺のエネルギーが溜まった。
ここに俺の全てのエネルギーを込める。体中から力を集めて、とにかく大きなエネルギーだ。
「なっ……!なんだこのエネルギーは!こんなの…!」
「食らえ!ちんぴいブレイカー!!!!!」
ドンガラビュルビュルフシフシブワアアアアア!!!!!!
「オワーーーーーーーー!!!」
俺の渾身のちんぴいブレイカーが発動した。
あの龍は跡形もなく消し飛んだ。我ながら凄まじい力だ。
「ふう。超疲れた。おい、お前ら。もう倒したぞ。………やべぇ!大丈夫か!」
そういえば、こいつら死の呪いを直に受けて死にかけなんだった。俺は急いでそこら辺に転がってた回復薬をこいつらにかけた。
なんとか命は助かったようなので、俺もしんどいが二人を担いで森の入り口まで移動だ。
――――――――――――
あれから数時間経ち、すっかり夜も明けた。
信じられないことに、俺の体力は数時間寝ただけで完全に回復したのだ。タナカと木村も同様である。
回復力も大きく上がったということか。
「いやー。あんなんいるなんてな。最初に出会うにしてはちょっと強すぎんか。」
「そうだな。それにしても、ちんぴいにあんな大きな力が眠ってたなんてな。」
「そこに関しては、タナカも大概だと思いますよ。蹴りであの龍吹き飛ばしてましたし。僕だけ特に何もできませんでしたね。」
「でもお前の鑑定がなけりゃ一瞬でボディタッチされて2人お陀仏だったろ。」
「そうだな。みんなの力であいつを倒せた。」
昨日まではニート2人でとても頼りないやつらだと思っていたが、案外やるやんだったみたいだ。
「うーん。お腹が減りましたね。」
「そうだな。よし、それじゃあ2人にキノチを振る舞おう。」
「おお、ついにきたか。」
「楽しみですね。」
「まずはキノコを薄くスライスだ。そして、フライパンで軽く炒ル。」
「?」
「そしたら、これを蒸し器で蒸シー。」
「いや無視ー。」
「そしてこれを軽く揚げる。これで…完成だ!」
絶対いらない手順をいくつか挟み、ついにタナカ特製キノチが出来上がった。
見た目は本当にキノコを揚げただけという感じだ。しかしそれが良い。シンプルな料理が一番美味いからな。
「んじゃあいただきます。」
「おお、これは…!」
「どうだ?美味いか?」
「ただのキノコの素揚げだな。」
「ただのキノコの素揚げですね。」
「…そうか。」
別にまずくはないが特段美味しいわけでもないキノチを完食し、俺たちはまたティガータニに向けて出発することにした。
強敵を倒して俺たちの絆も深まったことだ。この調子なら魔神討伐もそう遠くないかもな。
――――――――――――
クカなん洋西、魔神城チピル・ニヒルにて。
「魔神様。第一師団所属の○やまが覚醒者に殺されたようです。死ぬ直前の映像記録が届いています。」
「へえ…。逃げるのだけは得意だと思っていたんだがねえ。あのトカゲを少々高く見過ぎでいたようだねえ。それで、映像というのはどれだねえ。」
「こちらです。」
「……………この、エネルギー波を放っている者の名前はわかるかねえ。」
「分析したところ、ちんぴい、という名であるようです。」
「なるほど。わかった。もう行っていいねえ。」
「失礼します。」
「ちんぴい、ねえ。この力、まさか…。ちんぴい、暴れだめだねえ。」
森に現れた強敵○やま死龍を討伐したちんぴい達。
ティガータニに到着したちんぴい達は、変わり果てた世界情勢に驚くこととなる。
そしてついに出た魔神。この魔神の正体とは!?
次回「マスター冒険者くるみ」