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第五話:オープニングアクト

そんなに大きくない(実際小さいw)音響会社を営むPAエンジニアおじさんの、ほぼ実話を元にした小説です。フェスや様々なイベントに出かけられることがあると思いますが、そのフェスやイベントの運営には、実際に数多くの人たちが関わっています。その中で、ステージなどで必ず必要とされる音響という仕事に関する小説です。

 キッチンカーや屋台には列ができ始め、会場内には食べ物の香ばしい匂いが漂う。ベンチシートには、思い思いの料理を手にした観客が腰掛け、食事を楽しみながら開演を待っていた。


 PA卓には丸川が座り、ステージでは上条が清水に指示を出していた。上条は何か所かを指差しながら、清水に説明している。清水は真剣な表情で頷きながら、それを必死に理解しようとしていた。


 9時50分。ワイヤレスマイクを手に、司会の柚木真由美がステージに上がる。それと同時に、PAブースの丸川が自然にBGMの音量を絞る。


 「みなさま、EAT & BEAT FESTA TOKYOにようこそおいでくださいました!」


 彼女の元気な声が響き渡ると、会場から自然と拍手が沸き起こる。


 柚木は続けて、今回のフェスの概要やコンセプトを簡潔に紹介し、来場者に向けて楽しみ方を伝えていく。


 「今年も多くの素敵なキッチンカーや屋台が出展しています!どのお店もこだわりのメニューを用意していますので、ぜひいろいろな味を楽しんでくださいね!」


 ステージ脇では、PA卓の丸川が進行を見守りながら、準備を整えていた。


 「それではみなさま、お待たせしました!オープニングを飾るのは、エディ・コクランやチャックベリー、ビートルズなど、ロックの名曲を奏でる『Wild 60's』のみなさんです!盛大な拍手をお願いしまーす!」


 ステージでは、ドラムのカウントを合図にBGMがフェードアウトし、演奏が始まる。柚木は軽やかにステージを降り、上条のそばへとやって来た。


 「相変わらず、そつがないな」


 「これでもギリギリよ。原稿が届いたの、今朝なんだから! もう、焦ったわよ!!」


 上条は柚木からマイクを受け取り、清水に渡す。


 「これ、ウチの新入りのアルバイトの清水。よろしくな」


 「あら、素敵なお嬢さんね。柚木です。よろしくね」


 「清水です!よろしくお願いします!」


 柚木は微笑みながら、「初々しいわね」と言った後、上条に近づき、声をひそめる。


 「どこでひっかけたの?」


 「おいおい、そういうのではなくてだな……」


 上条は軽く咳払いをして清水に向き直る。


 「美奈、マイクの受け渡しはお前の仕事な。簡単なようだけど、電池の減り具合のチェックも確実にするように」


 「はい、わかりました!」


 柚木はステージ脇の控えブースへ向かいながら、振り返って笑う。


 「あらあら、上条さんったらオロオロしちゃって。可愛いところもあるじゃない(笑)」


 ステージでは、『Wild 60's』の演奏が始まっていた。さすがは結成30周年のバンドだけあって、演奏には全くそつがない。このフェスは「EAT & BEAT」と名がついているものの、観客の大半の目的はステージではなく食事だ。そのため、ステージ前の観客も音楽に熱心というよりは、食事を楽しみながら気楽に聞いている雰囲気だった。


 ステージの真ん前では、何人かのグループがビールで乾杯しながら笑っている。それでも、『Wild 60's』のメンバーは観客をうまく巻き込みながら、ステージを進行していく。


 フェス全体を取り仕切るDASエージェンシーの田渕貴之は、ステージから遠く離れた場所で全体を見渡しながら呟いた。


 「オープニングアクトをこのバンドにして正解だったな。良い雰囲気を作ってくれている」


 隣で一緒に見回っていた吉田が大きく頷いた。


 「上条さんの紹介は間違いないっすね」


 「そうだな」


 見習いアルバイトの清水にとっては、この手のサイズのステージでの仕事は初めての体験。上条はマイクのセッティングに関しては全て清水に任せてみた。マイクスタンドの設営、マイクの取り付け、ケーブル配線など全てだ。さすがは女性だけあって、ケーブルの配線に関しては誰が見ても綺麗に処理していると思うことだろう。セッティングの間、上条は目を細めっぱなしでいた。


 「全てのマイクスタンド類のネジ類は全て確認したな?」


 「はいっ!大丈夫です!」


 その言葉を上条は信頼していたが、か弱い女性の締め方では、残念ながら若干緩かったようだ。


 演奏中に、マイクスタンドのブームが落ちてきていてSHUREのマイクのSM57のマイクヘッドがスネアにぶつかってしまいそうだ。ドラマーも気になっているようだ。


 それに気づいた上条は、咄嗟に動こうとしたが、それよりも早く清水が気がつき、ステージ袖よりドラムの脇に走り込み、マイクの位置を調整しなおし、クロスバーと呼ばれるブームの元のネジを渾身の力で締め上げる。渾身の力と言っても、か弱き女性の力なので、ちょうど良い塩梅であった。


 ステージ袖に駆け戻った清水の頭をポンポンと軽く叩いて「よくやった。Good Job!」


 清水が照れ笑いをしながらステージに振り向くと、ドラマーも演奏をしながらも器用に親指を立ててGoodのサインを清水に送っていた。


 「なんだか、ステージを作ってるって感じがします!!」


 「おいおい。そもそもこんなミスは……」


 「はいはい、そこまで。そろそろ、演奏は終わりよ」と控えブースから柚木がやって来た。「マイク、ちょうだい」


 「はい、ただいま!」


 マイクを受け取った柚木がステージに上がる。


 「みなさま、Wild 60'sのみなさんに盛大な拍手をお願いいたします!」


 会場からは、割れんばかりの拍手がメンバーに送られていた。


 上条や清水は、他のアルバイトスタッフと共にバンドの入れ替えの作業に取り掛かっている。


 「やけにスムースな感じだな。毎回こんな風だと助かるんだが・・・」


 そんな風についつい考えてしまうのは、上条の悪い癖だ。


 「またぁ。心配性すぎですよ!」


 そんな清水の言葉に、上条は笑いながら言う。


 「次のバンドは、あの大量機材のバンドだぞ」


 「あっ(笑)」


 こうして、フェスは順調に滑り出した。何事もなく進んでいるのは良いことだが、上条にはどこか物足りなさもあった。大きな事件が起きないことは良いことだが、ライブステージとは、いつ何が起こるかわからないものだ。


 そんな上条の心配をよそに、柚木の軽妙なトークが続き、次のバンドの準備も整いつつあった。

実際に筆者が体験した出来事を題材にしていますが、物語に登場する企業名やイベント名は、全て架空のものです。登場人物もモデルは全て実在の人物がいますが、あくまでもフィクションとしてお読みください。

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