第三話:『アマチュアの壁』
そんなに大きくない(実際小さいw)音響会社を営むPAエンジニアおじさんの、ほぼ実話を元にした小説です。フェスや様々なイベントに出かけられることがあると思いますが、そのフェスやイベントの運営には、実際に数多くの人たちが関わっています。その中で、ステージなどで必ず必要とされる音響という仕事に関する小説です。
次にサウンドチェックを行うのは、「Blue Wells」。昨年の「J-POP WORLD SELECTION 2024」最優秀賞受賞バンドであり、全国のアマチュアバンドの頂点に立った実力派だ。結成2年目の大学生バンドで、ライブ経験もそこそこあるが、この手のイベントへの出演は今回が初めてだ。
「よろしくお願いします!」
まだ若いメンバーたちは緊張しながらも、元気よく挨拶をする。しかし、リハーサルが始まる前に、すでに問題が発覚していた。
「おいおい、なんでこんなに機材が多いんだ?」
上条は思わず苦笑する。キーボード担当の青年が、シンセサイザー3台、ステージピアノ、音源やエフェクターなどが収まったラック類、さらにはMIDIコントローラーまで次々と運び込んでいた。
「すみません、こだわりがあって……」
「いいけど、搬入の時間考えないと。転換時間内に設置しきれなかったら、本番で演奏できないぞ」
キーボーディストの横で、バンドの他のメンバーや友人スタッフが汗だくになりながら手伝っていた。
「お前、そんなに運ぶの大変なら機材減らせよ!」
「いや、あの音を出すにはこの機材じゃないとダメなんだよ!」
どうやら、シンセの音作りに相当こだわりがあるらしい。バンドの華といえばボーカルとギターが定番だが、「Blue Wells」のサウンドを決定づけるのは、このキーボードだった。ポップなメロディの中にも重厚な広がりを生み出し、バンド全体の音を引き締める。その音があるからこそ、コンテストでの優勝を勝ち取れたのだ。
「とにかく、早くセッティングしてくれ」
上条もPAブースを出てステージに走る。プロの現場では、限られた時間内に機材をセットしなければならない。バンドの実力だけでなく、こうした現場での段取りも重要なのだ。だがアマチュア主体のイベントだとそうはいかない。上条をはじめ、丸川や清水もセッティングを手伝う。この手の小さなステージでは、バンドメンバーだけでは準備が回らないことも多いのだ。
「シンセ3台って……プロでもここまで持ち込むやつはそういないぞ」
「すみません! これがないとバンドの音が決まらなくて……」
「まあいい、早くつなごう。ケーブルの本数は足りてる?」
「たぶん大丈夫です!」
キーボーディストが必死にセッティングを進める間、丸川が冷静にマルチケーブルの送りのボックスに挿さっているケーブルのチャンネルの確認をし、清水はモニタースピーカーの位置を調整していた。
ようやくセッティングが終わり、メンバーが音を出し始めた。
「キーボード、モニターに返すレベルもうちょい上げるな」
「ありがとうございます!」
PA卓で調整しながら、上条はボーカルマイクの音をヘッドフォンで聴きながら「いつものことだな」と呟きながら両手を揚げて呆れ顔をしている。
「ギター、ちょっと音デカすぎるんでボリューム絞ってもらえる?」
ギタリストは自信満々の表情で答える。
「いや、これくらいじゃないとノリが出ないんで!」
「それだとボーカルが埋もれるんだよ。ギターはPAが調整するから、アンプの音を少し下げてくださーい。お願い!!」
ギタリストは、一瞬戸惑った表情を浮かべた。これまでライブハウスではアンプの音量で勝負してきたのだ。Marshallフルテンが最高!!という思いもある。しかし、上条の言葉を思い返す。PAを通して全体の音を作る以上、アンプの音を無闇に大きくする必要はないのかもしれない。
「……わかりました」
少し躊躇しながらも、ギタリストは上条のアドバイスを聞き入れ、アンプのボリュームを下げる。
上条は小さくつぶやいた。
「ボーカルマイクなのにボーカルよりギターの音の方がデカく入って来ちゃこっちでも何もできんよ」
「フットモニターで音は取れると思うんだけど、どうだい?」
上条がトークバックでステージに声をかけると、ギタリストは即座に反応した。
「問題ないです!バッチリ取れます!」
上条は小さく頷く。ギタリストは親指を立てて上条に微笑み掛けた。こうして、少しずつバンドの音が整っていった。
リハーサルが進むにつれ、バンドの演奏が次第に熱を帯びていく。確かに粗削りな部分はあるが、楽曲の完成度は高い。ボーカルの伸びやかな歌声が、キーボードの分厚いコードと交わり、リズム隊がその土台を支えている。
上条はミキサー卓の前で腕を組んだまま、ふっと微笑んだ。
「こいつら、なかなかいいじゃないか」
アマチュアとはいえ、全国レベルのコンテストで優勝するだけのことはある。その片鱗が、このリハーサルの中でもはっきりと見えていた。
実際に筆者が体験した出来事を題材にしていますが、物語に登場する企業名やイベント名は、全て架空のものです。登場人物もモデルは全て実在の人物がいますが、あくまでもフィクションとしてお読みください。