第二話:圧巻のボーカル
そんなに大きくない(実際小さいw)音響会社を営むPAエンジニアおじさんの、ほぼ実話を元にした小説です。フェスや様々なイベントに出かけられることがあると思いますが、そのフェスやイベントの運営には、実際に数多くの人たちが関わっています。その中で、ステージなどで必ず必要とされる音響という仕事に関する小説です。
メインアクトのバンド「The Rising Sun」のサウンドチェックの時間になったが、ボーカルの大和がまだ姿を見せていなかった。
「ヤバいな、連絡つかないのか?」
上条がDASエイジェンシーの吉田北斗に尋ねると、吉田は困った顔でスマホをいじっていた。
「電話もMessengerも既読にならなくて……でも、他のメンバーは来てるんですよ」
ベーシストに事情を聞くと、昨夜の打ち上げで飲みすぎてホテルに戻ったはずが、どこかで迷子になったらしい。
「本番までに見つからなかったらどうする?」
「最悪、ボーカル抜きでやるしかないな」
そんな時、会場の警備員が走ってきた。
「この人、そこのバンドのボーカルだって言ってるんですけど本当ですか? 酔っ払ってゲートの脇で寝てたんですよ。念の為、お連れしたのですが……」
警備員に肩を支えられ、フラフラの大和が現れた。メンバー全員が溜め息をついたが、上条は腕を組んで睨んだ。
「酒はほどほどにしてくれないと。他のスタッフも出演者も予定通り動いてるんだから」
「すみません……」
大和がペットボトルの水を飲み干す間に、他のメンバーは手早くサウンドチェックを始める。ドラムがキックを踏み、スネアの鳴りを確認する。ベースがルート音を鳴らし、ギターも軽くコードをかき鳴らす。上条はPA卓からヘッドセットマイクで声をかける。
「ベース、少しロー抑えてください。ドラムのスネア、もう少し張った方がいいかな」
「了解!」
ステージ上のメンバーはPA卓の上条とやり取りをしながら次々と調整を終えていくが、ボーカルのマイクはまだ空いたままだ。大和は目をこすりながらステージへ上がり、ギタリストとベーシストが苦笑いしながら迎える。
「お前、相変わらずギリギリに来るよな」
「まあまあ、大和がいなきゃ始まんねえんだから」
「頼むぜ、リハだけはしっかりやろうな」
「リハも、だろ」
大和はニヤリと笑い、マイクを手に取る。そして、ついにサウンドチェックが始まった。
マイクを握った瞬間、驚くほどの声量と表現力で歌い上げる。まだ本番前だというのに、その歌声だけで観客がいるかのような熱気が生まれる。上条も思わずミキサー卓の手を止め、その歌に聴き入った。
「……相変わらず、すげえな」
ギター、ベース、ドラムがボーカルを頂点へと押し上げるように音を重ね、リハーサルとは思えないほどの演奏が響き渡る。音が絡み合い、支え合いながら、大和の声がさらに際立つ。彼の歌は単独で成り立つものではなく、このバンドと共にあることで最高の輝きを放つ。
「さすがメインアクトですね……」
清水美奈が感嘆の声を漏らした。
リハーサルが終わると、大和はミキサー卓に近づき、少し照れくさそうに笑った。
「いつもいい音作ってくれてありがとうございます。今日も最高でした」
「お前の声がいいからだよ。俺は大したことはしてないさ」
「いや、上条さんの音作り、ホントに好きなんです。俺の歌を一番いい形にしてくれる感じがするんですよ」
「そりゃ嬉しいこと言ってくれるな」
上条は素直にその言葉を受け取った。音響エンジニアとしての仕事は、決して表には出ない。だが、こうして演者から信頼されるのは何よりのやり甲斐だ。
「じゃあ、今日の本番も頼みます」
「おう、任せろ」
軽く拳を突き合わせ、大和は楽屋へ戻っていった。上条と大和の関係は、まだ始まったばかりだ。これからも長く続いていくことだろう。互いにリスペクトをしながら。
実際に筆者が体験した出来事を題材にしていますが、物語に登場する企業名やイベント名は、全て架空のものです。登場人物もモデルは全て実在の人物がいますが、あくまでもフィクションとしてお読みください。