Ⅷ.魔勇戦争・第一幕
前回のあらすじ。デンタリア帝国帝城が魔王軍によぅて襲撃される。そこで開催していたパーティに参加していた、各クランマスター計4名、王国の勇者計3名が、その対処にあたる。この戦いにおける、王の目的とは。魔王と勇者による戦争、その第一幕が開演する。
「『現界古樹』!!」
「輝雨の魔杖・【豪雨の加護】!氷河の激槍!」
「豪嵐の魔弓・【天穿】!」
三人同時に、個人に集中した攻撃を浴びせる。が、
「紫炎の盾、旋風の盾、堅岩の盾」
3つの防御系魔術を同時に展開し、無傷で塞ぎきる。
「…ッ、どうなってるんですか、本当に!私が全力で集中してようやく3つ同時に展開出来るのを、こんな易々と!」
彼女はそう言いながら、杖を構え直す。
「ゲシュムさん、イヤゥさん!なんとかアイツに隙を作ってください!僕に考えがあります!」
僕の言葉を聞くと、2人は何も聞かずに、攻撃を仕掛ける。
「鏡水の牢!」
透明な水が僧正を覆い、氷結する。それを当たり前のように砕くと、次いで風の弾丸が降り注ぐ。
「祓鴉の風陣!」
「殲滅の焔弾」
高位の魔術を、同程度の魔術で打ち消す。残った焔弾に被弾し、全員が軽傷を負う。
「慈悲の聖水!……城壁の結界!」
回復魔術と、防御結界魔術を展開する。
相手が圧倒的すぎる。このままじゃ埒が開かない…!
「造陸の鉄拳・【土星の鉄拳】!」
瓦礫を拳で砕き、礫を放つ。
「『御影闊歩』…!」
その影に身を沈ませ、敵の背後を取る。1人の背中を大きく斬り付ける。追い討ちを掛けようとすると、他の数人が私を蹴り飛ばし、負傷した1人を庇う。斬った1人が影に溶けたと思ったら、次の瞬間には無傷で復活しているのだ。
「クッソ!キリがねぇな!どうする、勇者様!?」
「…1人1人は、そんなに、強くない。まとめて、全員、倒せば良い。」
そう言い、私は苦無を構え、精神を集中させる。
「切り札を、使う。時間を、稼いで欲しい。」
「おう!任せとけってんだ!」
彼は拳を強く握り、歩兵に向かって駆け出した。
「「空圧の衝突!!」」
王が放った魔術を、時針君が全く同じ物で返す。空中で透明な魔術が衝突し、強風が発生する。
「…王も凄いけど、それについて行ってるエンプティは更に凄いよね。」
アルさんが、そんなことを呟く。いやはや、正にその通りである。
「『裁定聖剣』!」
自身の《英雄》を顕現させ、目を閉じる。一国の王や罪なき人達、その命を奪った罪の重さを意識する。その重さが私の背中を押してくれる。
「…【罰の光】!」
裁定聖剣に力の流れを収束させ、五連続の光速の剣術を叩き込む。どこからともなく片手剣を取り出した王は、素早い身のこなしで剣術を防ぎ切る。
「剛強の烈炎!」
アルさんが体から煙を吹き出し、死角から剣を振り下ろす。王は少し焦った様子で、
「『蛟溘j迚ゥ縺ョ譎りィ育乢』・《竇ヲ》!」
以前ダンジョン内で出会った際にも発していた、音を聞き取れない術式。
片手剣が橙色の影を纏い、刀身を僅かに伸ばす。そして、その切先がアルさんの頬と、私の手の甲を掠める。傷口は不気味な橙色であり、すぐに消える。気にせず剣を振ろうとするが、身体が途轍もなく重い。ゆっくりにしか動かない。王の回し蹴りで、私とアルさんの体が大きく飛ばされる。
「小娘。貴様、随分と力をつけたようだな。成長が早いのは良きことだ。赤髪の娘。貴様もだ。今はまだ荒削りのようだが、貴様は英雄になり得る原石を持っている。………しかし、だ。」
そこで言葉を区切ると、王は彼に向けて、昏倒しそうな程濃密な殺意を向けた。
「貴様は何だ?人の皮を被り、のうのうと暮らしおって。底辺種族の中で頂点を気取るのは楽しいか?」
「…何を言ってるか、ちょっとわかんねぇな。」
「…つまらん生き物だ。……ふむ、貴様らの味方は中々の精鋭なのだな。」
藪から棒に、ソイツはそんなことを言った。私がその発言の意図を理解しかねていると、
「歩兵が敗北した。」
「大地の隆起ァァァ!」
オラァ!と言い、カドゥーは地面を思いっきり殴った。地面から極太の柱が隆起し、歩兵に迫る。が、全員が影に溶けて行き、その柱を回避する。
「ッチ…!チョロチョロ動き回りやがって!」
四方八方から、歩兵の拳や足が飛んでくる。軍の歩兵のような、訓練された連携が猛スピードで襲いかかる。完全に互いの動きを読めているような、奇妙な連携だ。
「勇者様!あとどれくらいかかる!?」
「あと、3分くらい。もう少し、耐えて。」
了解!と、大声で返事が飛んでくる。
私が今準備をしているのは、《英雄》・『御影闊歩』の奥義である。強大な力であるため、制御をするには時間を要するのだ。この調子あれば、確実に間に合うだろう。
「…少々厄介だ。早くケリをつけてしまおう。」
「それもそうだな。時間が惜しい。」
歩兵が、ガサガサした声でやりとりをする。今から一体何が出来るのか…
「…嘘。」
「…オイオイ、マジか。」
次の瞬間、影の中から、五十を超えるであろう数の歩兵が姿を現した。まるでゾンビ映画の一幕の様に、波となって押し寄せる。
「うぉっ!造陸の鉄拳・【火星の剛拳】!」
カドゥーの身体が魔力の光を帯びる。押し寄せてくる歩兵を次々と跳ね除ける。最初は何とか押し返していたが、やがて対処が間に合わず、彼の体が押し倒された。それを踏み越えて、私の元へ波がなだれ込む。
「勇者様!」
「大丈夫。準備が、できた。」
そして、私はその名を呟く。
「来たれ、我が従僕。…【影鰐】。」
途端、陰華影花の『御影闊歩』が獅子のたてがみのように、大きく広がる。やがてそこから、それが勢い良く飛び出してきた。体はびっしりと鱗で覆われており、尾鰭には細かい棘がついている。その様相は、鰐というよりは鮫に近い。凶暴に、残虐に、次々と『俺達』を噛み殺す。
「【影鰐】…」
距離を取りながら、先程呼ばれていた名を呟く。
確か、影鰐は島根の方の妖怪だったはずだ。凪いだ海に出た漁師を襲い、その影を食べる。影を食べられた者は、例外なく死ぬ。そういう妖怪だ。
〔グォォルギャァァァァ!!〕
そんなことを考えている間に、残りは俺1人となっていた。狂気的な瞳をこちらに向け、影鰐は俺の胴に思い切り噛みついた。玩具で遊ぶかのように、咥えた俺の体をブンブンと振り回す。やがて飽きたかのように、俺を地面に放り投げる。かろうじて、意識が残っている状態だった。
「………こちら、歩兵計68名、敗北。油断した。すまん。」
それだけ言い残し、俺は影に還っていった。
「…プハーッ!!いやぁー危ねぇ危ねぇ。危うく死ぬところだったわ。」
よほど安心したのだろう。彼は大きく息を吐き、その場に尻餅をついた。
「休んでる、暇は、無い。【影鰐】の制御は、あと5分が限界。急いで、他の人と、合流しよう。」
そう言い、私は影鰐の上に乗る。
「…乗って。」
「…マジで、ソイツに乗んのか…?」
…庭園付近通路
勝者・陰華影花&カドゥー・ハ・アレツ
「そう!少し、私達のことを舐めてた!?」
剣を振りながら、私は王にそう尋ねた。
「あぁ、正直舐めていた。貴様らの成長速度がこれほどまでとは。驚いたな。」
それはどうも!と返し、私は突きの構えをとる。
「【戒めの剣】!」
光が一直線に伸びるが、さらりとそれを避けられる。
「しかし、貴様らに僧正は早かったか。魔術の同時発動は厄介だしな。」
「…どうゆうこと?ただの挑発?」
「そんな訳がなかろう。…僧正から報告があった。大して相手にならない、すぐに終わらせる、とな。」
背筋に悪寒が走る。急いで身を翻し、大広間を出ようとする。
「行かせる訳がないだろう。」
下からボソボソとした声が聞こえたと同時に、足首が何かに掴まれる。途端、王の方向に体が投げ飛ばされる。
「…ッ、歩兵…!?」
「覆空の嘯風」
大広間を風の幕が覆い尽くす。
「釣れないな。もう少し遊ばせろ。」
…どうやら、私達をここから逃すつもりは無いようだ。一刻も早く王を振り切り、皆んなと合流しなければ。
(どうか、生きていて…!)
淡く希望を抱きながら、私は、再び敵に駆け出した。
圧倒的な敵を前に、僕達は、手も足も出せずにいた。攻撃に、火力が足りていない。どれだけ攻撃しても、涼しい顔で防がれてしまうのだ。
「…勇者様。本当に、一瞬隙が作れれば良いんですね?」
突然に、ゲシュムさんがそんなことを言った。
「はい、一瞬隙ができれば、勝機が生まれます。」
「……わかりました。私も、奥義を使わせていただきます。使用後は数分間指一つ動かせなくなるので、私は戦闘に参加出来ないですが、よろしいですか?」
彼女の顔には、強い覚悟が滲み出ていた。正直に言えば、彼女が欠けた状態は不安だが、その覚悟を無碍にはできない。
「わかりました。お願いします。」
すると、彼女は微笑み、その式句を唱えた。
「輝雨の魔杖・【炸裂する雫雨】…!」
彼女の魔杖、輝雨の魔杖が、顎を開くように変形する。その先端に彼女の魔力が集中し、僅かな青みを帯びる。
「この輝雨の魔杖の本来の属性は、水属性ではなく風属性です。本来なら、相性が良くないはずの杖ですが、私は数年前、奇跡的な相性の技を発見しました。その一撃は、龍を倒すにも至りました。ですが、あなたには、どうしても効く気がしません。なので、これはあくまで時間稼ぎ。…さぁさぁ、存分に手間取ってください。魔王の従者。」
俺は、その攻撃の本質を、本能的に理解していた。風属性の魔具と、水属性の高位魔術の融合。それは、俺のいた世界でも実現していた、科学の技術。酸素濃度5%以上、水素濃度4%以上の気体が、500℃を超えることで自然に発火し、爆発を起こす現象…つまり。
ーーー水素爆発。
目の前まで迫った魔力が輝き始める。
「…ッ!、転移の燐光!」
緊急で空中に避難する。が、そこに更に追い討ちがかかる。
「豪嵐の魔弓・【凪空】!」
放たれた魔力の矢が分裂し続け、空を覆わんとする量に増える。
「堅岩の盾!」
空中で、何とか矢を防ぎ切る。次いで、樹柄黎葉が攻撃の構えを取る。
「紫炎の盾…」
「亡夢の魔弾!!」
知らない魔術。油断の隙に、知らない魔術を撃ち込まれた。
(特異属性だと!?スペルブレイク、と言うことは…この魔術の効果は…!)
と、思考するのと同時に、紫炎の盾が砕け散る。完全に、無防備な状態が生まれる。
「『現界古樹』・【始原の種】」
樹の枝のような杖から、種と思しきものが、弾丸の如く発射された。
【始原の種】は、僕が時間をかけて研鑽した、現界古樹の吸血の樹根の新たな姿だ。種を相手の肉体に植えることで、相手の血液を吸収し、樹木へと成長させる。とても勇者とは思えない技だが、今はこれに賭けるしか無い。
「噛み締めろ!最恐の魔術師!」
その瞬間、戦場に一本の大樹が芽生えた。
さぁさぁ盛り上がってまいりました!苛烈な戦いをただただ傍観する杉野凪でございます!今回は、以前より力をつけた勇者達の、本格的な戦闘シーンを見ることができました。彼らが本当にチート能力者なんだと再認識できました。さて、今回は割と長めに書けてすごく満足しました。やー楽しかった楽しかった!急いで次も投稿しますので、お楽しみに!