Ⅱ.「最弱勇者」は魔王に成る
どうも、杉野凪でございます。遂に異世界へと旅立った時針達。ようやく異世界全開のストーリーが始まります!それでは、どうぞ!
私、理璃些為はそこで目を覚ました。
「…ん…ここは…」
ぼんやりとした意識の輪郭が形を帯びてくる。
「…!?」
知らない天井を認識した瞬間、私は飛び起きた。
「ここは…」
見覚えの無い建物にクラスのみんなが倒れていた。見た感じ、中世から近代のヨーロッパ風の建物だ。
「みんな大丈夫!?しっかりして!」
全員に呼びかける。どうやら傷を負っているわけでは無いようで、みんなが少しずつ起きあがる。
「ど、どこだここ!」
「なにこれヤバいんだけどー!」
と、クラス全体が混沌とした空気に包まれる。
「みんな落ち着いて!話を聞いて!一旦状況を整理しよう!」
そう言った直後、部屋にあった扉から、3人の人間が出てきて、そして…
「おぉ、召喚されし勇者達よ。どうか我々を救いたまえ。」
と、意味のわからないことを言い出すのであった。
{起きろ。おい、起きろ}
声が聞こえ、俺は目を覚ました。
「……成功したんだな。」
俺は、王城…ではなく。城がある街の、城壁の上にいた。
「…まさかこんな場所に転移するとは。」
転移の直前、魔術である禁忌の特性を利用して術式に介入し、俺の出現位置だけずらしたのだ。無駄だと思っていた魔術の修練が、こんな形で役に立つとは。
{さて、まずはどうする?}
「とりあえず、服だったり、異世界に合ったものを買い集めよう。日本の物は些か目立つ。」
バックの中から、黒のローブを1着取り出して着る。これならばあまり異世界でも違和感がない。
「さて、行くか。」
そう言いながら、俺は城壁を飛び降りた。
「『狂刻時塔』・《Ⅶ》」
そう呟くと、巨大な時計盤が現れ、右手に片手剣が出現する。
『狂刻時塔』第七の剣・《Ⅶ》。
その能力は、能力で斬った物の時間を遅延させる。
《Ⅶ》で、自身の首を掻き切る。
斬った場所が一瞬暗い橙色になり、回復する。すると、自身の落下速度が緩やかになる。
「よっ…と。中々応用しやすいじゃねぇか。」
着地をしながら、そんな事を呟く。
{いくら魔力量が73456人分あったとしても、『狂刻時塔』の能力は、《Ⅶ》でも一回で10人分は使う。あまり無駄使いはするでないぞ。}
「うぉっマジか…了解。」
そう言いながら、白色のカツラと金色のカラーコンタクトを付ける。
「よし、行くぞ。」
そして俺は、街へ一歩踏み出した。
召喚されてから、ちょうど3日経った。召喚された部屋に入ってきた男、もといダイン・シュバルツは、私達が今いる、神聖シュバルツ王国の国王なのだそう。彼から、事情を説明された。確か…
「其方らは、我が王国に召喚された、厄災を討つための勇者なのだ!」
「すみませんが、現在の私達では理解しかねます。もう少し詳しくご説明頂けますか?」
「ふむ、それもそうであるな。ではベントよ、あとは其方に任せる。」
「全ては国王陛下の為に。」
そう言うと、ダイン王の後ろに控えていた鎧の大男が前に出てきた。
「神聖シュバルツ王国国王直轄騎士団団長、ベントゴート・デインゲッシュである。まず、前提を説明しよう。この世界は、もともと貴殿らがいた世界とは別の世界である。言うなれば、「異世界」だろうか。ここはそんな場所だ。」
また、全員がざわつき始める。
「みんな落ち着いて!最後まで話を聞こう。」
「ふむ、そちらには優れた統制者がいるようだな。」
「…光栄です。」
「では、続きだ。ここはこの世界の中でも五本指に入る国力を持つ、『神聖シュバルツ王国』である。ここはその王城。貴殿らには、ここで訓練をし、世界を滅ぼす可能性がある厄災を殺して頂きたい。」
「…な、なんだよ!急に連れて来られたと思えば、何か…厄災?を殺せとか!ふざけてんのか!」
クラスメイトの誰かが、そう言って反駁する。
「…………」
彼の視線が途端に冷たくなる。それは、何だか獣が餌を見ている時と似たような視線だった。その瞬間、ざわついていた生徒が全員黙った。いや、黙らせられた。
「ですが、私達全員が戦える様な素質を持っている訳ではありません。その人達は保護していただけますか?」
「いや、その点については問題ない。貴殿は全員、神により既に力が与えられている。」
「…それは、どの様な力ですか?」
「異世界から召喚されしものが神から与えられし強大な力。これを我々は《英雄》と呼んでいる。」
「…《英雄》…」
「力の扱い方は、我々が教える。どうか、我々に力を貸していただきたい。お願い出来るだろうか?」
彼の言葉は私達に願っていたが、声色、表情は、私達に、「戦え」と命令していた。
そうして、その日の次の日、つまり昨日から私達は《英雄》の訓練をした。
私の《英雄》は『裁定聖剣』。「敵の罪に反応し自身を強化する」らしいが、実の所まだ「罪」の定義がわからない。
「…はぁ」
思わずため息を吐いてしまう。
「…時針君、今どうしてるんだろ。」
そう、3日前に召喚された生徒の中で、何故か彼だけが居なかった。理由も分からないし心配ではあるが、信じるしか無い。彼の『俺は死なない』という言葉を。しかし…
「なんで、自分が居なくなること、知ってたんだろ?」
…まぁ、今考えてもしょうがないか。
「理璃さーん!そろそろ訓練再開するよー!」
「うん!わかった!」
そこで思考を止め、私は訓練へと戻った。
〜異世界転移の当日〜
「ふむ、いい感じに整ったな。」
黒に青のラインが入った口元が隠れるロングコートとそれを固定する白のベルト。右肩に簡素な鉄の肩当て。そして、背中に掛かった両手剣。
{剣士の典型的な装備だな。}
「まぁ、そう言うなよ。男なら一度は憧れる装備なんだ、これが。」
街に出て1番最初にしようと思ったのが、職探しだ。装備の分の金は、街の盗賊を片っ端から狩りまくり確保した。金もゲット、遺体から禁忌の力で僅かに魔力も吸えた。だが、盗賊の数は有限だ。働き口を探したい。
「…異世界に来たのなら、就く職業は1つ!」
そう、それは…!
「冒険者だ…!」
{ほう、確かに位によってはそこそこ高い収入が入るな}
そう、異世界ならお馴染み、冒険者である。薬草を取ったり、魔獣を倒したり、商人の護衛をしたりする、あの冒険者である。
「となれば、早速ギルドを探す!」
{ふむ、ギルドの制度は2000年後も残っているのか。}
「知らん!けどこれはお約束だ!無い訳がない!」
{…おい、何にそこまで盛り上がっているのだ?}
そんなこたぁねぇ!と大声(念話)で返しつつ、俺は街を駆け出した。
「こんにちは!こちらは冒険者ギルドシュバルツ王都中央支部です!」
あった。ギルド。よかったよかった、知らない制度じゃなくて。
「初めての方ですね!冒険者登録でよろしいですか?」
「あ、あぁ…」
にしても、ここの受付嬢は随分とテンションが高いな。
「こちらに、お名前と職業の記入をお願いします!」
そう言って、彼女は登録書を持ってくる。
{名前はどうする?流石に時針零司とは名乗れんだろう?}
そう言われればそうだ、何か、異世界らしくて、俺に合った名前…
「…空白。」
「はい!エンプティさんですね!まずは鉄等級からになります。頑張ってくださいね!」
「あぁ、感謝する」
ギルド証を渡される。これで交通証にもなるらしい。
{終わったか?}
「あぁ。そろそろ日も暮れる。宿屋を探そう。」
そんな感じで、呆気なく俺の異世界1日目は終了した。
それから2週間位、特に勇者達に動きもないため、俺は依頼を受け続けた。能力の練習にもなるし、金も手に入るからだ。時にはゴブリンの集落を潰してみたり、そこに居たゴブリンロードの首も取ってみたり、結構暴れた。ただ…
「…しっかし、やりすぎたな…」
{…馬鹿か貴様は。}
ゴブリンロードは、どうやら鉄等級の3つ上、金等級がパーティを組んで倒すレベルだった様で、自分は一旦、2つ上の銀等級に昇格した。その一件で、《白黒の悪魔》という二つ名がつく程有名になってしまった…
{貴様、本来の目的を忘れているのではあるまいな?忘れていなければ、視線を集めるのは非効率的だということぐらいはわかるであろう?}
「はい…すいません…」
側から見ればセルフ説教状態だ、と、くだらないことを考えてつつ、ギルドへ向かう。
「…あ!エンプティさん!こんにちは!依頼ですか?」
「あぁ、そうだ。テティ、良い依頼は入っているか?」
受付嬢、テトレスティア・レーンに俺は聞く。
「今日ですと…こちら、《人竜族》の群れの討伐とかどうですか?」
「わかった。これにしよう。」
「はいはーい!…そう言えばエンプティさん、もう聞きました?」
「?いや、知らん。」
「どうやら、最近召喚されたという勇者様、ダンジョンで遠征訓練をなさるそうですよー。明後日でしたっけ?」
「…!!!」
遂に来た、勇者の情報!おまけに遠征の訓練ときた。これはとても都合が良い!
「…エンプティさん、すごく悪い顔してます…」
「テティ、今回の依頼は取り消しておいてくれ。急な用事が出来た。」
「…?はい、分かりました…」
そう言うや否や、俺はギルドをから飛び出した。
{随分と楽しそうだな。一体何をするつもりなのだ?}
「いや?大したことじゃねぇ。今回は…」
「勇者様に、少し挨拶をするだけだ。」
この身体能力も、勇者に与えられたボーナスなのだろうか?
私達は、訓練して、ものの2週間で十分戦えるようになっていた。そこで、ベント団長が提案なさった
「ダンジョンでの遠征訓練」を実施することになった。1人1つ緊急避難用の転移結晶を持ち、ダンジョンで、魔獣や魔物相手に《英雄》を使って戦闘する。
私の『裁定聖剣』の「罪」は割と自分の解釈で調整できるようで、人間を数多く殺す魔獣達には絶大な効果を発揮した。
「みんな!そろそろ聖力域で休憩しよう!」
そうして、みんなを休ませる。私達のクラスで主戦力となっている人達が、私以外に3人いる。
1人目。虎崎大河君。不良ではあるけれど、強力な力で魔獣達を一切寄せ付けない。《英雄》は『灰塵軍旗』。黄金色の雷を操る鉤爪の《英雄》だ。主に火力面を担当してくれる。
2人目。樹柄黎葉君。普段から穏やかな印象があるけど、戦闘では、冷静にサポートしてくれる。彼の《英雄》は『現界古樹』。樹の枝のような、杖のような、そんな形をしている。能力は、樹の根を操り攻撃して、血液を吸収し、範囲内の味方を治癒する。樹の根の操作はあまり自由ではないため、治癒がメインだ。
3人目。陰華影花さん。簡単に言えば、彼女は暗殺者だ。《英雄》の『御影闊歩』は、影の中に隠れて、その中を移動するスカーフ。あまり目立った行動はしないため、活躍に気づく人は少ない。
現時点では、この3人が勇者達の中の最高戦力だ。
「今日はもう遅いし、そろそろ戻ろ…」
と、言いかけたその時…
風が吹いた。絶望をそのまま流したような、邪悪な風。全員が、その場から動けなくなっていた。風が吹いた方向は、ダンジョンのさらに奥。
(この気配…!今の私達じゃ抵抗すら出来ず殺される程の、化け物の気配…!)
ダンジョンの暗闇を見つめていると、やがて、真っ白なローブを着た何かが現れた。全員が武器を構える。やがて、それは…
「王が謁見を御所望だ。剣を収め、私について来い。」
それは、男か女かわからない声でそう言った。
(王?先程の気配はこいつのものでは無い?)
だとしたら一体…と考え、私はみんなにこう指示した。
「…みんな、ついて行こう。いざとなれば転移結晶がある。」
そして私達は、そいつについて行った。道中にいた魔獣は、全て首を刎ねられ、無惨に倒れていた。そうして、十数分程度歩くと、そこに到着した。
「…謁見の間だ。代表者1名、王との対談が許される。代表者は貴様か?」
と言い、そいつは私の方を向く。
「…えぇ、私が王と対談する。」
「よろしい。くれぐれも、無礼の無いように。」
元々、この階層のボスモンスターの部屋だったはずの扉を、ゆっくり開ける。
「…ッッッ!!」
おそらくボスモンスターだったのであろう、人型牛の首が、奥の壁に飾れられるように固定されている。室内に足を踏み入れる。即興で作った玉座があるが、誰も座っていない。
(王は一体何処へ…)
と、一瞬だけ玉座から視線を外す。その瞬間、
「頭を垂れよ。」
全員に悪寒が走る。
「…みんな、従って。」
少しずつ、勇者達が膝をつき、頭を下げる。
「ご苦労。下がれ、僧正。」
「皇帝陛下の為に。」
そういうと、僧正と呼ばれた白ローブは、影に溶けるように消え去った。
「代表者、前へ出よ。」
「…はい。」
私は頭を上げ、一歩前に出る。
「名を名乗れ。」
作られたような低音で王はそう要求した。
「…勇者一行の代表、理璃些為です。」
「よろしい、ならば此方も名乗っておこう。」
そうして王は玉座から立ち、
「我が名は王。貴様らが討つと謳う、厄災の魔王である。」
「…ぇ。」
途端、王から途轍もない覇気が溢れ出した。誰も立っていられない。
(厄災…!?こいつが…!?まさか、いや、でもこの覇気、十分にあり得る。だとしたら本当に…!)
「ふむ、少し威圧しすぎたか。」
すると、僅かに覇気が和らぐ。何とかその場で立ち上がる。それと同時に、
「全員、転移結晶用意ッ!!」
全員がハッとした様子で転移結晶の発動術式を唱える。
「…『迢ょ綾譎ょ。』・《竇、》」
すると王は何やら術式のようなものを唱えた。すると、僧正のように影から人型の何かが複数現れた。ボロボロの黒布と真っ白な人の顔を模した仮面をつけている。
「歩兵、結晶を砕け。」
「「「皇帝陛下のために。」」」
ボソボソとした声で答えると、歩兵はこちらに襲いかかってきた。こちらの攻撃をぬるりと避けると、それらは転移結晶を砕き始めた。
「クッ!」
歩兵を切り捨てる。溶けるように消える歩兵を尻目に、私はみんなの様子を見る。
「うわぁっ!何だコイツ!」「あっ!私の結晶!」
全員、歩兵は倒せたようだが、転移結晶が砕かれてしまっている。
「…今の愚行は、恐怖による錯乱、ということで片付けてやろう。」
王が、凍りつくような声で言う。勝てない、逃げられない。これで、万策尽きてしまった。
こうなってしまえば、しょうがないだろう。
「私が何とか時間を稼ぐ。そしたら、みんなは急いで逃げ…」
そこまで言って私は、後ろから近づく気配に気が付いた。
正直に言うと、完全に舐めてた。
俺、虎崎大河は今まで一度も負けたことがなかった。どれだけ年上の経験者と戦っても、どれだけの量を1人で相手にしても、一度も負けなかった。戦いの才能があると、ずっと思ってきた。
だけど、そんなものはちっぽけな物だったと、そう思わされる程に、そいつは最強だった。逃げる唯一の手段だった転移結晶も一瞬で砕かれた。なんとか、なんとか生き残らなければ。
(こいつはきっと、俺らが危険だと思って殺しに来やがったんだ。なら、どうしたら助けて貰える?どうしたら…どうしたら…!)
そこで、俺は一つの案を思いついた。こいつは、おれらが敵だから殺しにくるのだ。自分が敵じゃ無いの分かれば殺されないはずだ。その為には…そうして俺は、反射的にそいつに向かって走り始めた。
「私が何とか時間を稼ぐ。そしたら、みんなは急いで逃げ…え?」
「死ね!!理璃些為ェー!!」
振り返ると、目の前までその鉤爪が迫っていて…!?
「手を出すな、部外者風情が。」
理璃さんに届く前に、俺は『灰塵軍旗』を掴んで止めていた。
「…は?」
素っ頓狂な声を出したそいつの腕を…
俺は、思い切り引き千切った。
「ッガァぁぁぁ!!!あ゛ぁぁぁぁ!!!」
呻き声を出すそいつと、悲鳴を上げるクラスメイト達。それらを冷たく一瞥し、俺は、樹柄黎葉?だったか、そいつに向かって、
「治癒魔術でもかけてやったらどうだ?今ならまだ繋がるだろう。」
は、はい!、と返し、そいつは虎崎に治癒魔術をかけ始めた。
「此度の無礼は、正しき場で正式に罰してやる。怯えて過ごせ、仔猫。」
と言い放ち、俺は勇者達に向かって宣言する。
「此度、我が其方達の元へ出向いたのは、宣戦布告をする為だ!とは言え、我をじっとして待っている程馬鹿ではない。これからあらゆる国を巡り、厄災を起こす!止めたいと思うならば、力を用いて制圧せよ!我は、生半可な力では止まらぬ!」
そう言い、身を翻す。やるべき事は終わらせた。早く立ち去ろう、と思っていると…
「…王!!!私達は…貴方を殺す!!」
「…あぁ、楽しみにしておこう。」
そうして俺は、音もなくその場を立ち去った。
ご覧いただきありがとうございます!杉野凪でございます。時針が、理璃さん達相手に宣戦布告しちゃいました!さぁ、これからどうなるのでしょう!そして、多くの読者の方々が疑問を持ったことでしょう、僧正や歩兵については、次回本編で解説致します。1つ言うのであれば、彼らは、協力者などではなく、『狂刻時塔』の能力の一部です。それでは、次回もお楽しみに!