Ⅰ.「最弱勇者」は再び異世界へと渡る
どうもどうも、杉野凪でございます。さぁ、前回のあらすじ!『狂刻時塔』で、やり直しを始めた時針たち!果たして、復讐を果たす旅は、どの様に始まるのか!真の第一話、スタート!!
「『狂刻時塔』・《Ⅵ》!!」
こめかみに銃口を突きつける。
「…さぁ、やり直しを始めよう。」
そして、俺は迷うことなくトリガーを引いた。
「時針君、起きて。」
唐突に、風景が変わる。ここは…教室、だろうか?
状況を把握し、俺は声のした方向を向く。
「…理璃さん。」
そこには、藍籠高校の制服を着た、理璃些為が立っていた。
「次移動教室だから、急いでね。第二理科室。わかった?」
「…あぁ、分かった、すぐ向かう。」
と、言葉を返す。すると、どういうことか、理璃さんが、少し驚いた顔でこちらを見ていた。
「…どうした?理璃さん。」
「えっ!いや、時針君、そんな口調だったっけなぁ…と思って。」
あっ!!、と声が出そうになるが、必死に飲み込む。
完全に忘れていた。彼女が知っているのは、復讐を誓った「俺」ではなく、ただの高校生の「僕」なのだ。
「…気にするな。特に深い意味は無い。」
「そう?じゃあ分かったけど…」
そうして彼女は、教室から出ていく。
{…何をしているのだ、貴様。今気づかられたら一貫の終わりだぞ。}
「…うるせ」
語りかけてくる禁忌に、俺は訊ねる。
「というか、日本からなんだな。てっきり、シュバルツ王国に呼び出された瞬間からだと思っていたんだが。」
{どうせ、これから復讐をするのだ。少し、こんな時間があっても良いだろう。}
「…そうかよ。」
本当に俺らよりも人間らしいな、こいつは。と思いつつ、自分も教室を出る。
(…そうだ。まもなく、俺の人生は大きく傾くことになる。だったら、こんな時間も、悪く無いかもな。)
ふと、鏡の方を見る。そこにいるのは、黒い髪の、平凡な高校生…のはずなのだが…
「…はっ?」
明らかに異常な点が、一つあった。顔も、服装も、髪色も、確かに正常、いつも通りだ。ではどこが違うのかと言えば…
「……おい。どう言うことだ禁忌。説明しろ。」
{まぁ落ち着け、似合っているぞ。}
「そう言う問題じゃねぇ。何なんだ、この右眼は!」
そう。問題は右眼にあった。左眼と同じ、青みがかった黒では無い。
真っ赤だ。燃えるような、鮮烈な赤。
「おいおいおい…これじゃまるで厨二…」
と、そこまで言って、俺は気がついてしまった。
「…まさか、さっきの理璃さん、敢えて目について触れずに話してくれてたのか…?」
姿は見えないはずだが、そいつは明らかに目を逸らして…
{まぁ、そういうことだ。}
カフッ
心に深いダメージを負い、俺はその場に膝をついた。
{何をしているのだ。早く眼帯を貰ってくれば良いだろうが。ここなら無いことはないだろう。}
「まぁ、保健室ならあるだろうが…」
保健室はここから少し距離がある。だが、授業はあと数分で始まる。つまり…
「……ッッッ!!!」
そうして次の瞬間、俺は廊下を全力疾走し始めた。
「はぁッ、はぁぁッ、はぁ…間に合った…」
{計画性の無さが見て取れるな。}
「今回のは事故だろうが…!」
絶え絶えの息で反駁する。一体誰のせいだと…
「間に合って良かったね、時針君。全く、授業中ぐらい起きてなきゃダメだよ。」
理璃さんに指摘される。
{ほれ、言われておるぞ。}
「お前ちょっと黙れ…!」
「え…あ、ごめん…」
「違う、理璃さん。あんたじゃない。誤解だ。信じてくれ。」
そんな、くだらないことを話す。本当に心地が良い。いつまでもここに居たい、と願ってしまう。だが、それは決して叶わない。「復讐を果たす」と、他の誰でも無い俺が誓った。ならば、平穏な日々にはもう居られない。もう、前に進むしか俺には残っていないのだ。
「…ただいま。」
おおよそ2年ぶりの自室に、そんなことを呟く。
{貴様、1人で暮らしておったのだな。}
「どうでもいいだろ、そんなこと。…さて、確認したいことが沢山ある。聞いていくぞ。」
そうして、復讐のための、最後の会議が始まる。
「まず、厄災についてだ。俺たちは、お前の復活という厄災に向けて召喚された。だが、今お前は日本にいる。つまり、異世界に厄災の種は無いわけだ。なら、俺らは召喚さるないんじゃないか?」
{残念ながらそうはいかん。厄災は、王国の聖女が神々から神託として知らせられることは知ってるな?}
あぁ、と相槌を打つ。
{我自身が言うのも可笑しいが、我は神々にとって、最大の脅威であると自負している。故に、神側としては、早く我を討ちたいと言うわけだ。ならば、我が日本にいようが我を討つ力として、勇者を呼ぶだろう。…そして、今回貴様は厄災側だ。}
「…そうか。となると、早いこと王城から逃げてぇな。正体も隠したい。…あっちにカツラってあるか?」
{いや、そんなものは知らんな。2000年の間にできているかもしれんが。}
「そっかお前古代人…いや、古代魔法だったな。…はぁ、買いに行っか…」
日が沈みかけているのを尻目に、俺は繁華街へと向かった。
「えー…っと…洗えるタイプのカツラ(白)…クッソ見つかんねぇな。あ、カラコン(1month)あった。いくつか買っとこ。」
来たるべき時に向け、俺は場違い感が半端じゃない美容品コーナーに来ていた。周りから飛んでくる、以前の冷めきった目とは異なるたっぷりと嫌悪感の乗った視線に耐えながら、復讐の要を探す。
「…時針君。」
声が、聞こえた。今、一番聞きたくなかった声が。
「待て、理璃さん。これは違う本当に違う。言い訳じゃない頼む信じてくれ」
「…人の趣味に口は出さない方がいいよね。ごめんね、邪魔しちゃって。」
「待ってくれぇぇぇぇ!」
俺の情けない叫びが、ショッピングモールに響き渡った。
「…それで?何で時針君がこんな所にいるの?女性用の物しか置いてないでしょ?」
「えっと…それは…」
まずい。流石に「正体を隠すため」、とは言えるわけがない。何か言い訳を…
「…まぁいいや、時針君なら悪用する訳もないだろうし。」
と、彼女はあっさり尋問をやめた。
「え、いいのか?」
「うん。私、結構君のこと信用してるんだよ?」
そう、なのか…特に何かをした覚えはないが…
「で、何探してたの?」
「あぁ、白のカツラをな。あ、洗えるタイプ。」
「洗えるタイプのカツラね。オッケーついてきて!」
そう言って、彼女はとてとてと走っていく。
「…理璃さん。」
「ん?どうしたの?」
「…ありがとう。」
「なになに〜?急にどうしたの?」
そして、俺は最後の幸福を享受した。
そして、その日はやって来た。
{全て持ったな。いいか、妥協は許されない。これから我々が敵にするのは世界だ。}
「あぁ、分かっている。」
そして、俺は家の扉を開ける。いつも通りの道を、いつも通りの時間に歩く。何気ない日常の風景。だが、俺は知っている。この平和が、今日崩壊することを。
「到着。…7:47。あと20分。」
今日、2023/02/28の8:07に、藍籠高校2年3組の全生徒が異世界に転移する。
「おはよう、時針君!」
「おはよう、理璃さん。」
いつものように理璃さんが挨拶をしてくる。微笑を顔に貼り付け、返事をする。
{7:52。あと15分だ。}
生徒たちがゾロゾロと入っ来て話を始める。
「…7:57。あと10分。」
いつもと同じ様に、時間が流れていく。
{…8:02あと5分}
覚悟を固めて、その時を待つ…つもりだったのだが。
「時針君?どうしたの?…なんか、怖い顔してるよ?」
「…え?」
不意にそんなことを言われ、つい動揺してしまう。
{あと2分だ。さっさとしろ。}
「いや、何でも無い。気の所為だ。」
「いや、ホントにホント。なんか…悲しそう。」
{あと1分。}
「…昨日、ドラマ見ただけだよ。」
「嘘。そもそも時針君ドラマ見ないでしょ。」
{あと30秒だ。急げ。}
「…理璃さん。1つ、言っといてもいいか。」
「?どうしたの?」
{10、9、8…}
「…俺は、これから理璃さんに暫く会えなくなる。」
{7、6、5、4…}
「でも、1つだけ覚えてほしい。」
「俺は、絶対に死なない」
{3、2、1…}
{……0。}
教室の床に、巨大で複雑な魔法陣が出現する。
「禁忌!!」
俺の周辺だけ、魔法陣の形が僅かに変化する。やがて、強い風が吹いて………
俺達は、異世界に召喚された。
はい、旅は始まりませんでした。杉野凪でございます。今回のお話は、最後の幸福な時間、そして準備の回でした。次回以降は、あんなに優しかった理璃さんと敵対していくつもりです。さぁさぁ、ここからが復讐のお話。ぜひぜひ、お楽しみに!