Ⅻ.「紅と白黒の剣士」は新たな境地に至る
前回の梗概。サピエノス共和国連邦に向かう時針達一行。その途中で、地図上にない謎の村を発見する。そこで出会ってしまったのは「魔王ベルゼブブ」の配下である蝿王の娘。不意に展開された『不潔の娘』により、時針が重症を負ってしまう。残ったアルは、戦うことを選び…混沌を極める第11話、スタート。
暗闇の中に、意識が深く落ちていく。
果てしなく、深く、深く。
落ちて。
落ちて。
落ちて。
「ぅぐぇっ」
という間抜けた声と同時に、俺は床に激突した。
「ってぇ…何だよ、また円卓かよ、再登場早いっ、て…」
目を開き、俺は言葉を失った。薄暗い円卓とは違う汚れ一つない純白の部屋。そこに「何か」がいる。外見はよくわからないが、一つだけわかる、というより、察した事がある。
▽やっほ。▽
どこかフランクに話しかけてくるそれに。
(あっ…ヤベェ、勝てねぇ……)
と、言葉すら交わさず確信するのだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「乱弾蟲」
飛来する弾幕を、とにかく弾き続ける。延々と続く攻撃に押され、距離を詰められない。
「凝熱の弧斬!」
熱の斬撃を放つが、それも蝿に軽々と防がれる。
「空圧の衝突」
その式句を聞き、咄嗟に剣を縦に構える。やがて不可視の衝撃が訪れ、私の体は吹き飛ばされた。
「ホンっトに、きりが無い…!」
このまま戦えば、確実に私が先に力尽きる。ここから私が勝つ方法は、一つしか存在しない。
「………」
私は無言で、手元に視線を移す。…正確には、そこに握られている、一振りの魔剣に。
______『胡蝶の魔剣』。
つい先日、帝国のドゥナリア・デンタリア女帝より賜った、私の為の魔剣。
まだ握ってすぐのこの剣の力を、今回の戦いで、僅かにでも解放しなければならない。本来なら、数年単位で習得する物だ。死の危機に晒されたこの状況で、起死回生の覚醒を果たす。それしか、私に勝算はない。何とも馬鹿げた話である。
大きく息を吸って、短く吐く。剣と一つになれ。武器ではなく、自身の一部と思い込め。
「………剛強の烈炎。」
熱が身体を通り抜け、煙を発する。それに、身体の輪郭が溶かされる様な感覚を覚える。
「じっくり観察しろ、って、言ったよね。」
熱くなった身体の中、脚に熱が集中していく。瞼を閉じ、彼の圧倒的最強を思い出す。
「『獣の識字』」
それらしく言ってはみるが、これはあくまで剛強の烈炎を応用し、彼の権能を模倣しただけの技術だ。しかしそれでも、彼の力であるというだけで勇気が湧いてくる。
「テメェ、一体何を…」
「お前に教える意味は無い!!」
どことなく彼に口調を寄せ、強く地を蹴る。途轍もない速度が出るが、焦りも驚きも感じない。
一瞬の隙を突き、蝿王の娘に肉薄する。また剣を振るうが、まだ刃は届かない。何度も剣を振るい続ける。
その悉くが防がれるが、明らかに余裕がなくなっている。
「ッチィ…」
それを自覚してか、蝿王の娘が距離を取る。そして、
「『不潔の娘』!!」
巨大な牙が顕現し、こちらに向け射出される。
「…ッ、」
一瞬、先程の凄惨な光景が過るが、今の私はエンプティとは違って十分避けられる位置にいる。眼前に牙が迫ってくる中、私は思い切り地面を蹴る。頭上のスレスレを、牙が素通りする。
「ッチ、見切りやがったか小娘!」
そう言うと、彼女は蝿に乗って浮かびかける。
「させない!」
蝿王の娘の頭上に跳び、会心ともいえる一閃を叩き込む。ガギィ!と、先程よりも鋭い音が鳴る。見てみると、殆ど傷を付けられていなかった『礫壁蟲』に、黒っぽい傷が付いている。
「何だと…!?」
(…これだ。)
私は、心の中で呟く。先のような会心の一撃を、何度も連続で更新し続けなければならない。これが、剣と一つになるということ。……不意に脳裏に、体は剣で出来ている、という言葉が浮かんだが…一体どういう意味だろう?
「テメェ、この魔力…」
と、私の意識は蝿王の娘の声で呼び戻された。
「私の魔剣の権能。文句ある?」
「理由がそんだけなんてことあるか。テメェ、もしかして同族か?」
「…どういう意味?」
「だから、テメェも遺された側なのかっつってんだ。」
…?話の内容が読めない。何か重要なことなのかもしれないが、目の前の少女とエンプティ以上に大切な物ではないだろう。
「私は何も知らないよ。勘違いじゃない?」
「…まぁ良い、やるこたぁ変わんねぇからな。」
そう言い合い、私達は再び死合いを再開した。
▽おぉ、まおう(仮)よ、しんでしまうとはなさけない。▽
「…なんでそのネタ知ってるんだよ。」
何かが戯けている中で禁忌に呼びかけをするが、まぁ当然のように反応しない。
「で、お前は何者だ?そんなヤバいナリして…変質者か?」
▽おっと、心は硝子だぞ。…っと、そういえば、名乗りがまだだったね。そうだね、まぁ、分かりやすく言うと、うーん……神様がお考えになってることを教えてくれるお兄さん、かな?▽
「お巡りさん、この人(?)です。」
▽ちょっと待って、ストップストップ。話をしよう。…まぁつまりは神側ってこと。それだけ覚えといて。▽
「…で?その天使様が俺に何の用だ?俺の所業が目に余るってか?」
▽んー、部分的にはい。今回は神の命により〜〜…時針零司くん!君に限定的ながら魔王の称号を与えることとなりました〜!イェェェェェイ!!▽
「えっ俺魔王じゃなかったの!?」
▽イエース。しかし今回めでたく、君は魔王に任命されたのです!おめでとう!▽
「…で、それだけか?」
▽「それだけ」!?なんてことを言うの、この人でなし!魔王の恩恵も知らずに!▽
「魔王って認められたら一体どうなるんだよ。」
▽その辺は円卓ズの管轄だから、そっちによろしく。▽
「あ、知り合いなんだ。」
▽うん。バリバリ敵対関係。▽
「おぉっとちょっと待t/
▽あぁ〜っ。もう時間げんかいだなぁ〜。(棒)じゃ、あばよ!▽
「おい待てコラ!!」
そう言ったが最後、視界がどんどん白く染まり、
▽そうだ、最後に。……大いなる力には、大いなる代償が伴うものだ。さぁさぁ、時針零司。▽
君はこの力で何を得、何を失う?
一閃。蟲の壁に隙間が生まれる。
一閃。壁が四散し、蝿王の娘が露わになる。
斬り伏せる度に蝿は湧き上がり、それが迫るたび一閃は重く、鋭くなる。一見すれば、拮抗して見えるかもしれない。しかし、それは間違いだ。アル・ラサルハグという名の剣士は、この死闘の中で目まぐるしい速度で急成長している。
「シィッ…!」
「…っクソがっ!!」
叫びすら発さない、極度の集中。その点に於いても又、蝿王の娘は遅れていた。
「氷河の激槍!!」
降りかかる氷片の雨を、最低限の動きで躱す。その際に、僅かに氷片が肉を抉るが、そんなこと意に介さずに、アルはただひたすらに攻撃を続ける。
一閃。蟲が完全に払われる。
一閃。避けようとしたことで、蝿王の娘が躓く。
その瞳に、恐怖を煽る深淵の如し青色が灯る。洗礼された魔力が、一筋に収束する。
「や、やめっ……!」
その刀身は、龍のように蝿王の娘に降りかかり…
は、しなかった。
「……………惜しかったなぁ……」
『獣の識字』の効果が切れ、血が不足した身体が動かなくなる。
「…は…はは…ははははは…!」
頭上から、何やら高笑いが聞こえてくる。蝿王の娘だろう。
「一回俺を死の淵に追い詰めたヤツの姿かこれがぁ!?何とも脆いなぁ、人間!!嗚呼、ホンッとひっさびさに肝冷やしたぜ!」
詩を歌うように、物語を語るように、揚々と蝿王の娘は話す。
「……祝えよ。お前は今日、人間の域を超えた。だが、相手が相手だったな。」
気づかないうちに、周辺に蝿が集っている。
「終われ、アル・ラサルハグ。」
自身の最期を悟り、私は静かに目を閉ざす。
(…ごめんね、エンプティ。負けちゃった。力になれなくて、本当にごめん…)
「ℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵ_____________!!!」
突如として、人とも獣とも言い難い咆哮が、その場を埋め尽くした。次の瞬間、地面から醜く黒い触手が出現し、場を蹂躙した。
「……っが…!」
アルは無事であったが、蝿王の娘が大きく吹き飛ばされる。かろうじて動く頭で、周囲を一瞥する。そこに立っていた者の姿を見て、アルは絶句した。
風に靡く、絹のような月白色の髪。妖しく輝く、深緑の瞳。野生的な小麦色の肌が、霊獣のような印象を思わせる。
しかし、アルが絶句したのはその美しさのみではなく、その人物の顔にあった。
「_____エンプティ?」
腕が完治し、姿があまりにも変貌した彼に、思わず問う。しかし、その言葉は彼に届いていないようで。
「ℵℵℵℵℵ!!ℵℵℵℵℵℵℵ_____!!!」
彼が一際大きく咆哮すると、ドス黒い魔力が彼を飲み込んだ。魔力が凝固し、その形を作っていく。出来上がったのは、仰々しい漆黒の甲冑、そして幾本もの歪な剣である。それは形も大きさもバラバラな上、刃こぼれをしており、とても実戦仕様は不可能そうだ。
「……ハッ、そんな鈍で何ができる?」
先程の攻撃から立ち直った蝿王の娘が言葉を吐く。気に食わないが、その点についてはアルも同意見だった。ただしそれは、
剣が突如地面から抜け、浮遊するまでのことだったが。
「……!?」
「何じゃぁっそりゃあ!?」
それぞれが、驚愕の反応を示す。それすら意に介さず、エンプティ…否、黒騎士が、ゆっくりと腕を上げると、剣の先端は蝿王の娘に向いた。
「…おいおい、ちょっと待てよ。」
腕が振り下ろされると同時、剣の雨が降り注いだ。
「ウォォォォォ!!マジかよ!!」
蝿王の娘が、『礫壁蟲』と『不潔の娘』で降り注ぐ剣を受け流す。着弾した剣はその場で砕け散っているが、黒騎士が即座に魔力で剣を創り出す。それだけではない。創り出した双剣を握り、剣の雨の対処に当たっている蝿王の娘に突撃したのだ。
「…!ダメ…!」
並々ならぬ殺意から黒騎士の行動を予測し、アルは掠れ声を発した。
「ℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵ!!!!」
その圧倒的膂力により、少女の肉体に刃が振り下ろされようとして、思わずアルは目を瞑った。
___ふと、赤色の光が迸った。
「ℵ、ℵℵאאא、א…!!」
目を開いてみると、壊れた玩具のように黒騎士が剣を掲げたまま震えていた。
{……おい、そこの小娘!}
頭の中に響き渡った声に、アルは思わず声を発した。
「うわっ!え、誰…?」
{今その事はどうでも良い!魔力は回復してるか!?}
「う、うん。少しだけだけど…」
{それで構わん。剛強の烈炎を使え。体を動かせる筈だ。}
「…剛強の烈炎。」
訝しみつつも、アルは言われた通りに魔術を発動させる。激しく痛むが、確かに体は多少動くようにはなった。それを実感しつつ、アルはゆっくりと立ち上がる。
「それで、私は何をすれば良いの?」
{蝿王の娘をあの娘の肉体に留めている依代がある、と我は読んでいる。あの蛆虫が、戦場に自身の核を持ち込むとは到底思えん。}
確かに、あの激しい戦闘を行うに向け、重要な物を隠しておくのは納得だ。
「それを探せ、ってこと?」
{そういう事だ。それまで我が時間を稼ぐ。絶対にあの女は殺させん。この男に誓う。}
…姿も見えない謎の声など、本来ならそう安々と信じる訳にはいかない。しかし、今回ばかりは事情があまりに特殊だ。
「…………分かった。エンプティを、お願い。」
そう言うと、アルは辿々しい足取りで、その場を離れていった。
ふぅ、と、禁忌は心中で息を吐いた。何とか現状打破の光明が見えてきた。しかし…
「……… ℵℵℵℵℵℵℵ!!!」
雄叫びを上げながら、黒騎士は禁忌の拘束を無理矢理振り解いた。事前に離れていた蝿王の娘には、勿論攻撃は当たらない。
「……良く分かんねぇが、誰か居んだろ?こいつが死ぬのはテメェらとしても上手くねぇ。ここは大人しく協力といこうぜ。」
{……ッチ…}
舌打ちをしながら、禁忌はその術式を発動する。
{皇装術式・拘束具!!}
装束を魔力を使用し変形させる、禁忌の少し便利な能力。であるが、
{ただの芸すら活用してこそ、真に勍き者であろう?}
四肢を真っ直ぐに伸ばした状態で、関節部を融合させ固定。黒騎士が、短く呻き声を上げる。
「埋獣の霊岩!!」
空中に巨岩が出現し、黒騎士に目掛けて落下していく。『乱弾蟲』では、黒騎士の防御を突破出来ないと考えたのだろう。少しずつ速度を上げ、黒騎士に迫る。
「………… ℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵ________!!!」
ギギギギギ、不愉快な音が響き渡る。そして、
「…はぁぁっ!?」
{狂気に堕ちようとも、やはり魔王か…!}
固定されていた関節部に魔力が集中し、やがて金属の鎧は砕け散った。
その後即座に、砕け散った部位が元の形に修復される。
{あの剣雨と同類のものか。厄介な事だ…しかし、今の貴様は、その鎧を解除出来ない。そうだろう?}
鎧を外せば、剣では捌ききれない程の『乱弾蟲』の群れに呑まれる。鎧を装備していれば、拘束具で動きを阻害され続ける。二つに一つである。
黒騎士は、即座に後者を選択した。固定される度に、膂力でもって瞬時にそれを粉砕する。
「オイオイオイ、どうにかしろよ!」
{ええい、黙っておれ!}
届きもしない暴言を吐き、禁忌はつい先程住居の外壁に仕掛けた術式の陣を、死角から発動する。
▶גן השכחה◀!!
樹柄に使用した、肉体の操作権を一時的に停止する古代魔術。術式が光も音もなく迫る。完全に知覚不可能な一撃、なのだが。
術の発動と同時、勢いよく身を捻り、魔術を回避。その後、魔術陣にの中央に向かって、片手剣を生成して射出し、術式を破壊した。
発動と同時に回避。
死角からの攻撃を、見ること無く防いだのだ。しかし、禁忌は対して驚愕しなかった。寧ろ、納得したような様子である。
{…なるほど、貴様、敵意に反応しているな?それであれば、あの小娘にだけ触手の攻撃が当たらなかったことも、見ずとも魔術を防げたことも納得だ。なんせ、敵意のある方向に攻撃すれば良いだけだからな。}
「ℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵ!!!!」
真実を暴かれたことに憤慨するように、黒騎士が一際大きく咆哮する。
『……ぇ、ねぇ!それっぽい像見つけたよ!聞こえてる!?』
来た。決めるならここでしかない。
{…あぁ、よくやった。まさかこんな簡単に騙される阿呆とは。}
『っな…お前…!!』
アルが、禁忌に対して敵意を向ける。
それ即ち、その器である黒騎士に敵意を向けることである。
「ℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵℵ!!!!」
遠くから向けられた確かな敵意に、黒騎士が咆哮し、魔力を手元に魔力を収束する。その手には、他の物とは異なる輝きを持つ、漆黒の魔剣が握られている。
{今すぐに全員伏せろ!!}
「えっ!?あ、はい!」
「うぉっ!話せんなら話せよ!」
今度は蝿王の娘にも向け、気迫を込めた警告をする。やがて、周囲にあった剣も、身に纏っていた甲冑も、全てが魔力に戻る。その全てが、ただ一点へ集う。凝縮されてた魔力が、ただの一振りで解放される。
【■■の___■】!!!
よく聞き取れない式句と共に、込められた魔力の全てが一方向に放たれる。ただの魔力の奔流が、建物を砕き、木々を薙ぎ倒し、空中を疾走する。熱線が空気を焼き、一直線に迫り来る。
抵抗などできるはずもなく、魔力は容易く蝿王の娘の核を穿った。
▽ヒュゥ、お見事!仲間との絆、ってヤツ?そういうのガラじゃなくない?君。▽
▽何はともあれ、無事に乗り越えられて何よりだねぇ、零司くん?▽
▽君には悪いけど、こっちも仕事だからね、君にはもっと苦しい思いをしてもらうよ。▽
▽さぁ、君の剣はどこまで届くかな、新米魔王。▽
皆さんどうも、夏から秋へ急転直下し、おっかなびっくりしている作者、杉野凪でございます。今回は大変筆が乗りまして、序章までとはいかずとも、少し多めに文章を書けました。わっしょい。さて、ネットの中では自由奔放な私、つい最近新しい物語の構成を思いついてしまいました。そちらの執筆も進めたいと考えておりますので、こちらの更新は遅れてしまうかと思われます。何卒、ご理解の程よろしくお願いします。さて、長くなるとアレなので、今回はここらへんで失礼します。では、サヨナラ!




