Ⅺ.「蝿王の娘」は集いし餌を喰らう
前回の粗筋。帝国での襲撃を終え、サピエノス共和国連邦に向かう時針とアル。その道中、地図上に存在しない謎の村を発見する。そこにいた謎の少女は、自らを蝿王の娘と名乗り…第二章、開幕。
「いらっしゃい、お兄ちゃん達。…蝿王の娘の狩場へ。」
いきなり現れた灰色髪の少女…蝿王の娘は、俺達に向け、そんな事を言ってきた。
「宣戦布告か。ならば死ね。」
50%の『魔王の豪脚』で地を蹴り、瞬時に少女の首元へ『渇望の剣』を振り翳す。しかし…
「うわお!速いね、お兄ちゃん!」
空中に突如として現れた牙に、俺の剣は咥えて止められた。
「ッチ…流石は蝿王の娘、と言ったところか。」
「ん?エンプティ、べるぜぶぶって何?」
「…頼む、気にしないでくれ。」
{………}
何か脳内で笑い堪えてる声聞こえた気がするんだけど。なぁ、おい。と、しょうもないことを考えていると、
「あれれ?何でお母ちゃんの名前、知ってるの?」
「……ん…?」
{ほぅ…?}
「え?どゆこと?」
…アルが困惑しているようなので、敢えて聞いておいてやろう。
「なるほど、お前んとこの親玉女の名前は『ベルゼブブ』って言うんだな?なら、痛い目に合わないうちにその女の首を差し出せ。」
「ん~?お母ちゃんならもう死んじゃったよ?」
……
「…因みに、何年前ぐらいに?」
「えぇっとね、にー、よん、ろく、はち…………1600年前くらい!」
「…………」
「…………」
「………?」
{…………}
…………
「アル!!全力で逃げろ!!!あれはマズイ!!マジでマズい!!」
「え!?何!?結局何なのあの子!?」
{どんな運をしていたらあんな輩と鉢合わせるのだ!貴様!}
「あ~!待て待て~!!」
そんなこんなで、俺達と蝿王の娘との戦いが幕を開けてしまった。
「ふぅ…一旦撒けたか。」
それから約5分後、全力の逃走により、俺達は蝿王の娘を撒くことに成功していた。
「ハァ、ハァッ…エンプティ、結局、あの子って、何なの…?」
アルが、息を切らしながら俺に聞く。
「……多分、ではあるが…あいつは、過去の魔王が作り出した、いわば魔王の配下だ。」
そう、魔王の配下。魔王が自らの手足として従える、強靭な鉾である。今の俺なら、倒すことは出来るだろう。しかし…
「ま、魔王の配下!?昔の魔王軍って、皆死んじゃったんじゃないの!?」
そう、この場には、アル・ラサルハグがいるのだ。…つまり、俺は《狂刻時塔》を使わずに、あの蝿王の娘に勝たなくてはならないのだ。
「倒されたのは魔王のみ。その残党が、こうして人を狩っている事もあるだろう。」
何しろ、相手の実力が分からないまま戦うのは上手くないな。
「ここは一旦撤退して…」
と、言ったところで、俺はその違和感に気づいた。空を覆うように、魔力が膜を張っているのである。
「エンプティ、これは…!」
「あぁ、覆空の嘯風に、鏡水の牢も同時展開しているのか。」
{たかだか作られただけの存在が、ここまで高度な魔術を扱えるとは思えんな。}
確かにそうだ。となると、第三者の支援か、或いは…とりあえず、逃げれない事はわかった。となると…
「………倒すしかねぇかぁ……」
「えっ!?戦うの!?…ちなみに、勝てる算段はついてるの?」
「…まぁ、無くもないが、正直上手くいくかはわからん。何しろ情報が足りないからな、何とか能力を洗い出したい。1番手っ取り早いのは…」
「…戦って、相手の能力を引っ張り出す。」
「その通りだ。さて、アル。俺が何を言いたいかわかるか?」
「え?わ、わかんないけど…」
「つまり」
「うん」
「戦わなければ生き残れない!!!」
「あっちょっと待って!!あとそれ、色々ダメな気がする!!」
そうして俺達は、蝿王の娘の元へ駆け出した。
「…お!お兄ちゃん達、みーっけ!」
「来てやったんだよ。こっちがな。」
蝿王の娘に、『渇望の剣』の切先を向ける。
「本気だねぇ、お兄ちゃん。いいよ、相手してあげる。」
「アル、下がってろ。俺が持ち堪えてる間、相手の能力を分析しておいてくれ。」
了解、と返事が返ってくるのを聞き、俺は蝿王の娘に突撃した。
「『魔王の豪脚』・50%!!」
地を蹴り、先程と同じように接近する。しかし、同じ轍は踏まない。
「氷河の激槍!」
近距離からの魔術攻撃。あの牙に止められないよう、今度は複数の氷の槍で同時に攻撃する。だが、
「転移の燐光!」
途端、蝿王の娘は光と共に僅か後ろに転移した。
「風属性に水属性、それに特異属性か。やっぱりお前、魔導超越体だろ。」
「あ、やっぱりわかっちゃう?」
説明しよう!魔導超越体!人やエルフなどの類人種の中でごく稀に誕生する、全ての魔術属性に適応できる、魔術の申し子のことである!
「そうそう、私ってば魔導超越体なの。生まれながらの魔術の天才!もっと褒めたって良いんだよ〜?」
「嘘だな。」
と、俺は一瞬で断言した。
「へ?何言ってんの〜お兄ちゃん。さっき自分で言ってたじゃん。」
と、いうふうに疑問を持つのも仕方がないだろう。
「確かにお前は魔導超越体だ。しかし、魔術の使い方が余りにも杜撰すぎる。さっきの転移もそうだ。あの程度の攻撃であれば、同等の威力の炎属性をぶつければ何とかなった。それなのにお前は、燃費の悪い特異属性を選んだ。お前の戦い方は魔力量でただ殴るだけ、三流未満なんだよ。」
と、時間をかけて、たっぷりと説明をしてやる。
「……ところで、思ってたことがあるんだが、言っても良いか?」
「…何?言ってみなよ。」
僅かながらに、語気が強くなっている。それも含め、俺は宣言する。
「これ以上奪った体で、その薄汚い声を発するな、蛆虫めが。」
「…………あ゛?」
まさか気づかれるとは思わなかったのだろう。蝿王の娘は、素の態度で、俺を睨みつけてきた。
「お前…何故気づいた?」
「さっきも言っただろ。お前のヘッタクソな演技を見破ったってだけだ。」
「……絶対にぶっ殺す。」
そう言うと、蝿王の娘は俺から距離をとり、宣言した。
「正真正銘、オレの持つ全力だ。精々足掻けや、小童が。」
「第二眷属-承認。…【阿房】」
体を奪った云々から混乱していたが、目の前で起きている事象に、私の頭は完全に停止した。
豹変した蝿王の娘の影から、途轍もない量の蝿が湧き出たのだから、仕方がないのではないだろうか。
「いぃぃぃぃいッ!!気持ち悪ッ!!」
いくら冒険者だとしても、私だって女の子。虫がえげつない量群れていたら、耐え難いものを感じるのだ。
「…ッ!エンプティ!」
今まさに、その少女と戦っている青年の名を呼ぶ。
「自分の身は自分で守れ!守りながらは戦えない!!」
そう言うと、彼は蝿王の娘に向かって駆け出した。私の方にも、何百匹もの蝿が迫ってくる。
「勘弁してよっ…!剛強の烈炎!」
自身を強化し、私は、襲い来る蝿達の殲滅を開始した。
蝿王の娘が謎の術式で蝿を召喚した瞬間、俺は蝿王の娘に向かって『渇望の剣』を振り下ろした。
「『礫壁蟲』」
蝿が集まり、壁の様に蝿王の娘を覆う。刀身が蝿にぶつかる際に固い音がなり、軽々と斬撃を受け止めてみせた。
「蝿共に魔術を仕込んでいるのか。」
「ご名答。ま、その代わりに使い捨てだけどな。他にもこんな感じで使えるんだ…ぜっ!」
そう言うと同時、蝿達の何匹かの体が、燃えるように赤く輝きだした。
「『乱弾蟲』!」
パン!と小気味よい音を立てながら、蝿が弾丸の如く突進してきた。
「うぉっ!何でファンタジー世界でガトリングガン使ってんだよ!」
{主兵装が銃の人間が何を言っている。}
迫りくる閃光を、なんとか剣で捌く。
「『魔王の豪脚』・75%!!」
空中で、思い切り蹴りを放つ。凝縮された魔力が蝿達を蹴散らし、やがて、蝿王の娘の右腕を軽く抉る。
「うし、ちゃんとダメージは通…」
「『癒傷蟲』」
蝿が傷口に集り、何やら蠢く。やがて蝿が離れると、
「あら不思議、傷が全治しました!じゃねぇんだよ!!」
{しかし厄介だな。回復手段を持っているとなると、一撃で屠るか、弱点を潰すかしかなくなる。}
それしかあるまい。そう思い、俺は再び『魔王の豪脚』を展開しようとし…
「エンプティ!!」
と、いきなり声が聞こえてきた。どうやら、余裕が生まれたアルが話しかけてきたようだ。
「よくわかんないけど、その子、乗っ取られてるんだよね!?だったら、絶対に助けないと!私はこっち全部倒してから行くから、お願い!!」
…全く、本当にどこまでもお人好しだな、こいつは。
「禁忌。魔力改変フルで回せ。対処法を考える。」
{結局そうなるか。まぁ、想定はしていたがな。}
「悪いな。頼む。」
そこから先の戦いに、会話はなかった。
「『翔空蟲』!」
「『魔王の豪脚』、浮遊の扇風ッ!!」
やがて、戦場は空に移る。この瞬間も、彼の思考は最速で回っていた。
(まず、蝿王の娘はどうやってあの少女を操っている?洗脳をしてどこかで操作しているか、体のどこかに隠れて寄生しているか、あるいは…)
「殲滅の焔弾!」
「…ッ、飽和の透水!」
捌ききれない炎の弾を、魔術で何とかいなす。緊迫した状況の中、それでも彼は冷静な分析を続けた。
(何か、何かあるはずだ。魔王から生まれたのなら、きっとヒントは出ている。何を使ってあの少女を操っている!?せめて解析できれば…!)
「…霊巌の巨槍」
大振りな岩の槍が大砲の如く打ち出される。その衝撃で、蝿王の娘の姿勢が僅かに崩れる。
「…!今ッ!!」
その隙を突き、一瞬にして双方の距離が縮まる。
「禁忌、解析…」
{馬鹿、下がれ!!!}
そこで、彼はようやく気がついてしまった。自分の片足が、既にそれの狩場に踏み込んでしまっていたことに。
「やぁっと来やがったな、愚図めが。歯ぁ噛み締めやがれ。」
『不潔の娘』
あの時の牙が突如として出現する。しかし、あの時よりよりその身は巨大で、その牙は鋭利であった。全力で身を捩り、回避を試みる。だが、
(ヤベ…これ、避けられ…)
やがてその牙は、右半身を大きく抉り、消えていった。
「エンプティ!!!!」
喉から、空気を引き裂かんばかりの悲鳴を上げる。早急にエンプティの体を捉え、後ろに大きく退く。「エンプティ、しっかりして!!」
彼の体は、頭部や脚部こそ無事だったが、右腕や胴が抉られ、肉の断面が露わになっている。即座に炎魔術で出血を抑える。しかし彼は、
「アル…ッ…」
「!エンプティ!!」
「オイオイ、その傷で話せっとかテメェの方こそバケモンじゃねぇか。」
思わず、蝿王の娘を睨み付ける。
「よせ…お前じゃ敵わない…」
…悔しいが、その通りだ。今の私じゃ、あいつには敵わない。
「…アル、俺を置いて逃げろ。」
「な、何言ってるの!!?」
「時間稼ぎくらいはしてやる。さっさとしろ。動けなくなったら本当に終わりだ。」
エンプティの提案に、一瞬迷いが生じる。本当なら、仲間を見捨てて逃げ出す、なんて愚行は許されない。しかし、私にはまだ家族がいる。母親が一人、家で帰りを待っているのだ。故に、ここで死ぬわけにはいかない。
でも、それでいいんだろうか?
家を出てから、この赤い髪を見て、初めて優しくしてくれたエンプティを。
色々毒づきながらも、いつも私を助けてくれたエンプティを。
答えは………
「…………ありがとう、エンプティ。…でも、ごめんね。それは出来ない。」
『胡蝶の魔剣』を構え、蝿王の娘に向き直る。
「ほぉん?」
と、蝿王の娘が興味深そうに口の端を歪める。
「…このバカが。」
そう言ったが最後、エンプティは静かに気を失った。
「アル・ラサルハグ!!職業、剣士!!あなたに死闘を申し込む!!」
「ベルゼブブが配下、蝿王の娘。存分に痛めつけてから殺してやんよ。」
かくして、その決戦はやがてその幕を開けた。
皆さんどうもこんにちは!《あらすじってこう書くんだ》杉野凪でございます。うぇい✌︎('ω'✌︎ )ということで、何とか無事に第二章をスタート出来ました。良かったー!今回は一章ラストからキャラが来てますね。蝿王の娘ちゃん及び不良少女・蝿王の娘です。いやー、おもろいキャラですね。立場上、今後の出番が増やしずらいのが難点ですね。いつか存分に役立たてましょう。さて、投稿が遅くなってしまいまして、誠に申し訳ございません。次回はもっと早く!もっと高品質な物を提供したいと思います!以上、作者でした〜。