Ⅹ.「元最弱勇者」は新たな旅へ出る
前回のあらすじって結構まとめるのムズイのよ?
魔王軍との戦いも佳境、それぞれの争いが終わりを迎えていた。そんな中、謎の声を聞き、アル・ラサルハグが突如暴走し始める。分身体を一撃で屠り、咆哮を轟かせる彼女。一体物語は、どのような展開を迎えるのか。第1章、ここに終幕。
帝城襲撃から、1週間が経った。
あの後、暴走したアルは即座に気を失い、元のアルに戻った。魔王・王は、生死不明として扱われている。
前皇帝、ゼエロ・デンタリアが殺された為、後継者の決定も行われた。第一王女、アンクラウス・デンタリアは、皇帝直属の騎士団の団長を務めている為これを放棄。よって、第二王女であるドゥナリア・デンタリアが王位を継承することが決定した。前皇帝の政治は悪評も多く、新たな女王に大きな期待が寄せられている。
勇者やクランマスターは、襲撃事件の後始末。各自で報告書を作ったり、情報を合わせて状況を解析したりなどが行われた。当然、正体に気付かれることもなく、無事に終了した。
今俺は、数日前に目が覚めたアルの見舞いに行っていた。ドゥナリア女帝の厚意で、帝城の一室で治療を受けているのだ。部屋に近づき、扉をノックする。
「はーい!どうぞー!」
普段通りの、活気に満ちた返事が返ってくる。扉を開き、よっ、と声をかける。
「エンプティ!やっと来てくれた〜。」
「悪い、クランマスターの後処理が忙しくてな。」
そう言い、城下町で買ってきた果物を置いてやる。
「…本当に、何も覚えて無いんだな?」
うん、とアルは首肯する。当然といえば当然だろうが、アルは先日の件のことを一切覚えていなかった。
「まぁ、気分の良い物じゃないからな。覚えてなければ良い。…一通り仕事が終わったら、デンタリア帝国を離れようと思う。しばらくは混乱のせいでまともに動けんだろうからな。」
「確かにそうだね〜。次はどこに向かうの?」
「そうだな…例の魔王についての調査もしたいし、隣のサピエノス共和国連邦にでも行こうか。」
サピエノス共和国連邦。約450年前に崩壊寸前の弱小国家が融合し誕生した。それぞれの国の書物が寄せ集まり、脅威の情報量を誇っているため、通称「知恵の国」とも呼ばれている。
魔王も今までに数人いた履歴があるようだし、調べておいて損はないだろう。
「お前が回復し次第出発する。できるだけ早めに準備進めとけよ。」
「りょーかーい!…私はまだ回復しなさそうだし、皆にも挨拶してきたら?ほら、勇者様とか。」
アルは気を遣ったのか、俺にそんなことを言ってきた。確かに、襲撃もあってまだしっかりとは話せていなかったな。
「まぁ、まだ近くにいるだろうしな。わかった。少し探してくる。」
扉を開き、部屋を出る。街をフワフワと歩き、何となく知っている顔を探す。そうして最初に見つけたのが…
「久しぶり…ではないか。仕事では会ってるもんな。…陰華さん。」
「ん、びっくり、した。」
「ホントかよ。」
勇者でありクラスメート、陰華影花であった。うちの歩兵と禁忌がボロボロにしてしまった苦無を修復してもらっていた。
{おい貴様、何をサラッt「苦無、直りそうか?」
「うん、ここの店主は、腕が良い。…無事だったんだ。良かった。会長、ずっと心配、してたから。」
「…そうか。悪かったな。」
「会長に、直接言ってあげて。」
「わかったよ。…この件が終わったら、また別の国に移動しようと思う。魔王について調べたいからな。」
「…そう、私に、それを止めることは、できない。」
あまり話したことはなかったが、話してみると随分大人びて見えてた。大して止めるようなこともせず、すぐに送り出してくれた。
「それじゃあ、他のやつにも会いに行くよ。どこにいるか知ってるか?」
「会長は、わからないけど、樹柄だったら、南の方の喫茶店に、行ってると思う。」
ありがとよ、と感謝を述べ、俺は南の方へ向かった。言われた喫茶店に到着すると…
「う〜〜〜〜ん…甘〜〜〜〜い…」
テラス席で、大変幸せそうな表情でケーキを頬張る樹柄黎葉がいた。
「………ハッッ!?」
ようやく気がついた。
「違う。違うんです時針君。僕は別に…」
「樹柄。」
「はい?」
「今度王国のオススメの喫茶店、一緒に行こうな。」
「だから違いますってぇぇぇぇ!!」
と、荒ぶる樹柄を宥めるのに、10分弱かかった。
「それにしても、いなくなっていたからどうしているのかと心配したんですが、存外元気そうじゃないですか。」
「まぁな。クランマスターにもなったし、かなり充実してるよ。」
と、軽い談笑を交わしていると、やがて樹柄がその話題を切り出した。
「………時針君、僕達と、勇者として戦う気はありませ「丁重にお断りする⭐︎」
「即答!?しかも⭐︎ってなんですか⭐︎って!」
と、過剰にツッコミを入れている。コイツはまだ少し子供らしいな。
「今さら勇者の地位を用意するのにも時間と労力がかかるし、個人で活動している方がやりやすいこともある。」
「…なるほど、確かにそれも一理あります。ですが、勇者であれば色々と融通が効きますし、資金も…」
「それをクランマスターに言うか?」
あ…と、樹柄が言葉に詰まる。ようやく気がついたようだ。
「そういうことだ、諦めろ。じゃ、他にも回らないといけないから。またな。」
席を立ち、その場を離れようとすると…
「キャァァァ!ひったくりよ!!」
と、甲高い悲鳴が聞こえてきた。やれやれ、ささっと捕縛するか、と駆け出そうとした時、
「紅王の英雄譚!!」
赤色の閃光が駆けていった。その閃光は犯人にぐんと迫り、やがてその身を拘束した。やがて閃光が消え、その姿が露わになる。
「……流石と言う他ないですね、アンクラウス騎士長閣下。」
「ふむ、剣士クランのクランマスター殿と、勇者様もいらっしゃったか。これは邪魔をしてしまったかな?」
デンタリア帝国第一王女兼皇帝直属騎士団の団長、アンクラウス・デンタリアであった。
「まさか、今回も助かりました。襲撃の際も、貴族の避難誘導と安全確保をしてくださったとか。感謝しています。」
そう、この王女、貴族の護衛をしていたのだ。お陰で被害が最小限に減らされてしまった。皇帝賛成派は極力潰したかったのだが…
「感謝は結構。騎士として当然の務めだ。」
「ははは、随分と男前でいらっしゃる。」
「…あぁ、よく言われる。」
すると、彼女はどこか物憂げな笑みを浮かべた。…これは調べておくべきか。
「禁忌。」
{わかっている。騎士長ともなると、相当役に立つだろう。}
「…今、何か申したか?」
訝しげに目を細め、こちらを見てくる。騎士長閣下の勘を舐めてはいけないか。
「いえ、何も。…それでは、自分は用事が残っておりますので。失礼します」
そう言い、軽く騎士流の礼をし、その場を去る。あと残っているのは理璃さんだけだが、彼女だけは本当に行き場所に心当たりが無い。
「ま、探すだけ探してみるか。」
そして、また街に駆り出す。街のあちこちを探し回り、彼女を見つけたのは、もう日が暮れかけている時間だった。
「……よっ。理璃さん。」
「…時針君。よくここがわかったね。」
「一日中街を駆け回ってようやくさ。」
互いに顔を見合わせ、笑い合う。
「まず、最初に言わせて。…ありがとう、無事でいてくれて。……約束を、守っていてくれて。」
一瞬、俺は約束が何かわからなかったが、異世界に来る直前に理璃さんに言ったことを思い出した。
「…あぁ、約束だからな。」
そう言い、俺は微笑みを浮かべた。とても心地良い時間だ。けれど、この時間は永遠には続かない。
「………理璃さん。アルが回復したら、俺はまた別の国に行こうと思う。王国には、戻らずに。」
刹那の沈黙。重く、暗い空気が満ちる。だけど、理璃さんは。
「…そうだよね。何となく、そんな気はしてた。今の時針君は、勇者達とは別の方法で、魔王を追っている。この世界で、新しい人生を歩みながら。…その人生を否定することなんて、出来るわけがない。」
俺のことを肯定するものの、その顔には、悲しみが見え隠れしていた。
「きっと、俺だけの力じゃ乗り越えられない事もある。その時は、頼って良いか?」
「もちろん!私達は、いつでも時針君の味方だよ!君が困ったときには、いつでも助けに行くからね!」
満面の笑みで、理璃さんは言い切った。
「いつでも…ね………なぁ、理璃さ」
言いかけたとこで、大きな鐘の音が、俺の声を掻き消した。
「ごめん時針君!今なんて言った?」
「…いや、なんでもない。もう遅いし、そろそろ戻ろうか。」
理璃さんは不思議そうな顔をしながら、俺の後ろをついてきた。
***
その日の夜に見たのは、随分と奇妙な夢…かどうかすらわからなかったが、それらしいものを見た。
巨大な円卓に、九人の人間が座り、何かを話している。辺りは暗く、顔は見えない。
〘彼が魔王になって、一体どれくらい経った?〙
〘確か、2ヶ月と少しだったはずですよ。〙
〘わー!すっごく早いのだー!!〙
〘僅か2ヶ月で…世界を傾きかねんか…〙
〘まぁまぁ〜、魔王である以上、私達と意思は同じでしょ〜?〙
円卓を囲んだ者達が、思い思いに言葉を発する。恐らく、話しているのは俺についてだ。しかし、なぜこいつらは俺のことを知ってる?その上、俺が魔王であることも当然のように話している。こいつらは一体…
〘皆、落ち着きたまえ。〙
丁度、俺の対面の位置にある席から、落ち着いた口調の男の声が響く。
〘近い内に、彼と正式に話す日が来るはずだ。……なんせ、すでに此処に至ったのだからね。〙
気付かれた。男の顔が、こちら側に向く。ちらと、その暗い紺色の瞳がこちらを覗く。
〘いずれまた逢おう、時針零司。此度は、安寧の中に帰りたまえ。〙
突如後ろから、何かに引っ張られる感覚がして…
***
そこで、俺は目を覚ました。
「………禁忌、見てたか?今の。」
{は?貴様、急に何を言い出すのだ。寝ている間に頭でも打ったか?}
「…念の為、記憶を漁っておいてくれ。危機になり得るかもしれん。」
{…?了解した。夕方までには終わらせる。}
そう言うと同時、禁忌の気配がすっと薄れた。…不明なことは多いが、とりあえず、今できることをしておこう。
さっさと自分の準備を整え、アルを迎えに行く。扉をノックし、部屋に向かって語りかける。
「おい、アル。起きてるか?」
「…………」
「おい、アル!!!」
「…………」
………………
「空圧の衝…」
「ちょおぉぉっと待ったぁぁぁ!!」
寝間着姿のアルが、勢い良く扉を開け放った。
「よぉ、素晴らしい朝だな。」
「最悪だよぉ!気持ち良く寝てたら部屋ごと吹き飛ばされるところだったんだから!」
と、すっかり目が覚めた様子でアルが言う。
「さっさと準備しろよ。ドゥナリア女帝の謁見もあるからな。ちゃんと礼しとけよ?」
「む…わかってるよ〜」
そう言い、アルが部屋へ戻っていく。
そして、準備を終えたアルを引き連れ、俺らは謁見の間に来ていた。荘厳な空気に包まれた部屋、その最奥に鎮座する玉座に、新たな女帝であるドゥナリア・デンタリアが腰掛けていた。
「本日帝国を発たれると聞き及びましたので、失礼ながら呼ばせていただきました。」
「いえ。こちらこそ、連れの治療をしていただいたにも関わらず、礼もできずに立ち去ることになってしまい申し訳ありません。」
「礼であれば、魔王の軍勢を退けていただいた件で十分です。私共としても、帝国を救ってくださった英雄に無作法者といった印象はつけたくありません。」
やはり、この上なくお人好しな女帝だ。ま、そういう人間が王をするべきなのだろうが。
「…ところで、アルさん。」
「ひゃぁい!!」
今までじっとしていたアルが、急に名前を呼ばれてか、素っ頓狂な声を出した。
「アルさんが使っていた剣を見させていただきましたが、今回の戦いですっかりボロボロになってしまったようです。宝物殿も襲撃されてしまったので、最上級のもの、とはきませんが、魔剣をお送りいたしましょう。」
「えぇっ!?いやいや受け取れませんよあだっ!」
断ろうとしていたアルの頭をスパァン!!!と引っ叩く。
「女帝直々に送ろうとしてくださってるんだ。黙って受け取れ。逆に無礼だぞ。」
アルが緊張した面持ちで、一歩前へ出る。満足そうな表情で、女帝が言う。
「残っているもので、目ぼしい物をいくつかご用意いたしました。お持ちしなさい。」
隣に控えていた騎士達が、5本の魔剣を持ってきて、横に並べた。
「お好きな物を1つ、持っていってください。」
最上級ではないと言っておきながら、どれもが相当な圧を纏っていた。アルは魔剣をそれぞれ吟味する様に見つめ、やがて、一つの魔剣を手に取った。
「……これにします。」
それは、薄い紫色の剣だった。流麗な曲線を描いた装飾が施されており、どこか、蝶を思わせる姿をしている。
「『胡蝶の魔剣』、ですか。これは珍しい物をお選びになりましたね。」
「『胡蝶の魔剣』?」
「えぇ、その魔剣の銘です。それは、非常に珍しい特異属性の魔剣なのですよ。その力も未知数。あなたと共に旅をすれば、きっと何かが目覚めるのでしょう。」
そう言い、ドゥナリア女帝は玉座から立ち上がる。
「話は以上となります。…あなた達の冒険に、幸多からんことを。」
そして、俺達は謁見の間を去った。
そして、俺達は用意していた馬車に向かったのだが…
「…何してんだ、お前ら。」
見事に、クランマスターと勇者が全員集結していた。
「皆、この時間は空いてるから見送ろうということになりまして。」
「迷惑だなんて言うなよ、小僧!全員お前さんのために集まったんだ。」
「…全く、大袈裟なやつらだな。」
そう言い、俺は馬車に乗り込む。
「…ま、ゴタゴタしていたが、楽しかったよ。次会うときは、もっとゆっくり話そうぜ。」
「えっと、今回はお世話になりました!次もまたお願いします!」
元気に挨拶し、アルも馬車に乗る。
「……理璃さん。今回、ちゃんと会って、話せてよかった。俺は違う道を進むが、理璃さんも、信じた道を突き進んでくれ。」
「うん。とき…エンプティ君も、行き詰まったら、いつでも王国に来てね。私達勇者がすぐに助けるから。」
「…あぁ。」
そして、馬車はデンタリア帝国を出発した。
ゆったりと、ゆったりと、雲が流れていく。何の変哲もない、しかし美しい風景。
「…あぁ、本当に始まっちまったな…」
{そうだな。国の政治体制を変えたのだ、もう後戻りはできんぞ。}
「おぉ、禁忌。1800字ぶりくらいじゃないか?」
{何故かは解らんがそれ以上言及するな。去ぬことになるぞ。}
と、意味がよくわからない会話を交わす。
「そういえば、例の記憶の方はどうだ?なんか見れたか?」
{まだ不明瞭だが、少なくともあの中に見知った者はいなかったぞ。}
「そりゃそうか。古代魔法だもんな、お前。」
アルの暴走の件といい、謎は増えていくばかりだ。
「エンプティ〜!なんか見えてきたよ〜!」
と、丁度そのアルが呼びかけてきた。
「何?連邦まではまだあるぞ?」
「でもさ、あれ見て。どう見てもあそこに…」
言われたとおりに視線を動かす。たしかにそこには、小さな村があるようだった。不思議に思い、地図を広げてみるが、やはり何も描いていない。
「…不自然極まりないな。アル、少し寄って調査してみよう。」
わかった!といって、アルが御者に馬を止めるように言う。
「うわー…なんか不気味な場所だね…」
その村は、とても暗い雰囲気が立ち込めていた。建物には苔が生え、畑は野草が生えたままになっており、そして…
「…人の気配がないな。」
{そうなると、廃村だろうな。我の時代ではそう珍しいものではなかったぞ。魔物の生息数が異常に多かったっからな。}
そうとなれば、特にすることもないだろう。
「特に何もないだろうし、一通り見たら馬車に…」
と、そこで俺は言葉を止めた。なぜなら、
小柄な少女が、こちらに向かって歩いてきたのだから。
病的に白い肌。焼けた炭のような、薄い灰色の髪。凶器を孕んだ深緑の眼。その身に纏った可憐なワンピースが、その異質さを引き立てている。
『渇望の剣』と『胡蝶の魔剣』の柄をそれぞれ握り、俺とアルはその少女を睨みつける。しかし少女は、特に物怖じするわけでもなく、淡々とこちらに歩いてくる。
やがて俺達の眼前に迫ると、その少女は。
「いらっしゃい、お兄ちゃん達。…蝿王の娘の狩場へ。」
と、意味のわからない言葉を吐いたのだった。
………Continued in Chapter2
皆さんどうも、ありがとうございます。杉野凪でございます。皆様のおかげで、ついに第1章を終わらせることができました。よっしゃぁ!!近い内に第2章も上げたい(個人の感想)。次の章では、魔王軍をもっと栄えさせていきたいです。正直、ここまで続けられて安心しています。ここまで来れば簡単には辞められん!と、いうことで、これからも精進して参ります。何卒よろしくお願いします!