〇.「最弱勇者」は禁忌に誓う
初めまして。杉野凪でございます。特に得意、と言う訳でも無いのですが、チャレンジの一環として、小説を書いてみました!ぜひぜひ、お楽しみください!
ーーー言え。貴様は何を欲する。
ーーー僕は…僕は…
ーーーーー俺は。
目を覚ます。
「……夢か」
異世界転移、という言葉を、君は知っているだろうか。
僕、高校生・時針零司とそのクラスメイトは、勇者として異世界の、神聖シュヴァルツ王国に召喚された。
勇者とは、予言された厄災を討つために召喚される、特殊で、強力な《英雄》と呼ばれる力を与えられた少年・少女である。
今回召喚された者達も、漏れなく強力なオラクルを持っていた。
例えば…
僕達の学校の生徒会長である、理璃些為。彼女の持つ『裁定聖剣』は相手の罪に反応して、スペックが大幅に強化される剣型の《英雄》である。彼女自信が剣道部であったこともあり、その実力はクラス内でトップレベルである。
虎崎大河。クラスの不良であり、喧嘩大将。《英雄》は大きな鉤爪の『灰塵軍旗』。クラス内最高火力の黄金に輝く雷を操作し攻撃する、単騎独行タイプである。
と、言うように、生徒達はチート能力を手にしていた。
………僕を除いて。
そう、僕は、僕だけが弱かった。僕、時針零司の《英雄》『刻時計』。腕時計型の《英雄》で、能力は範囲内の生命・物質の速度を少し速くしたり、遅くしたりするだけ。
この能力は、この世界で誰もが使用できる、「魔術」で応用が効いてしまう代物なのだ。故に、僕のあだ名は【最弱勇者】。安直かつ、的確に僕のことを貶していた。
最初は、王国の人間からの視線や態度が冷たかったり、一部のクラスメイトから馬鹿にされている程度だった。その頃の僕は、「こんな力でも、努力すればいつか役に立つはずだ。」などと、夢物語を思い描き、体術や魔術を極めた。しかし、圧倒的な力相手に、僕は一度も勝つことができなかった。僕に対する態度も日に日に酷くなり、悪戯や暴言などのいじめもエスカレートしていった。僕の心は、限界を迎えかけていた。
心が半ば折れかけていた時、その事件が追い打ちをかけてきた。
魔獣退治から帰ってきた僕を含めた勇者の小隊。その日、僕はとある人物に呼び出されていた。
ーーー虎崎大河。
彼と、その取り巻き達が、人目の無い場所で僕を待っていた。忘れられるわけが無いーーー
***「ッチ…遅っせぇぞ愚図が。相手誰かわかってんのか?」
「…すいません、虎崎君「さんをつけやがれ【最弱】が!!」取り巻きの1人が喚き、殴り掛かってくる。
「よせ。これからボコすンだからキレーにしとけよォ?」虎崎が制止するが、その時の僕はそんな事に構っていられる余裕は無かった。
「虎崎…さん。ボコす…と言うのは、殴られる、と言う事であっていますか?僕が何か、粗相をしたでしょうか…?」
「テメェ、イライラすんだよ。」
「え?」
「テメェは【最弱勇者】だろうが!一丁前に努力なんてしやがって、鬱陶しいンだよ!」
虎崎の拳が、頬に突き刺さる。地面に倒れる。痛い。歯が抜ける。口腔に鉄の味が広がる。
「いい加減理解しやがれ!テメェみてぇな雑魚は!俺らみてぇな!【最強】には!敵わねぇンだよ!」
何度も、何度も、何度も。拳が飛んでくる。足が突き刺さる。全身が痛い。血が止まらない。しかし、この時はまだ動けた。『刻時計』で自身を加速し、その場から逃げ出そうとする。
「おっと、逃がさねぇよ!」
取り巻きの1人に頭を掴まれ、地面に叩きつけられる。
「痛っ…!」
思考が濁る。体の自由が奪われる。絶望が脳を埋め尽くす。
「そろそろ、だな。」
(何の、事だ…?僕に、僕は、一体、どう…)
考え終える前に、口を覆うように顔を掴まれ、持ち上げられる。
「…『灰塵軍旗』。」
手が、鋭い鉤爪を持つ獣のモノに変貌する。爪が浅く、頬に刺さる。
「喚け、泣け。この【最弱勇者】が。2度と下らねぇこと考えンじゃねぇぞ?」
瞬間、鋭い形の「死」が、全身を駆け巡る。濁っていた思考が叩き起こされ、深い恐怖と苦痛に染められる。
「ッがぁッ!あ゛、かはァッ、!ぅ、がァアッ!」
とても人の声、いや、獣の啼き声にしても奇妙な、気色の悪い音が出た。虎崎が、心底楽しそうに嗤う。
「ッハハハハハハ!いいねぇ!最っ高だァ!ほらほら!もっと啼きやがれ!」
「ッカッぁあ゛ぁぁあ゛!」
最早、僕には思考をする程の力は残っていなかった。ただ、痛い、苦しい、そういった情報のみが入ってくる。すでに、人が耐え得る限界はとうに超えていたのだ。遂に僕の意識…いや、「僕」が希薄化し、潰えるーーーーー
「あなた達!今すぐに彼を離しなさい!さもなくば、『裁く』!」
所で、一つの声が割って入った。
虚ろな目を開き、その方向を見る。
「私立藍籠高等学校、生徒会です!抵抗はやめなさい!」
生徒会長・理璃些為である。
「クッソ…会長かよ!オメェら、ずらかるぞ!」
雷が大地を撃ち、大きく砂が舞い上がり、彼らは消えた。
「…大丈夫?生きてる?」
何故?と、そう思った。何故、あの場所にいたのか。何故、自分のことを助けたのか、何故…
「何故、あなたは笑っているんですか。完全に戦力外、存在する意味もなく、ただそこにいるだけの、【最弱勇者】に。何故、そんなに優しく笑いかけるのですか…?」
思わず、口から溢れてしまった疑問。彼女は一瞬驚いたような顔して、でも、すぐに笑顔に戻ってこう言った。
「誰かを助けるのに、理由って必要かな?だって、私達は勇者なんだよ?」
私情を挟まない、純粋な善意。あぁ、この人は、真に「勇者」なのだな、と、そう感じた。
きっとその言葉は、僕にとって嬉しいものだったのだろう。けれどその言葉は、僕も、彼女にとって守るべき対象なのだ、という風にも聞こえてしまった。たくさん努力した。たくさん考えた。
だけど…それでも…僕は、彼女達には届かない。
その日、時針零司の情熱は、かけらも残らず燃え尽きたーーー
***…朝から、嫌な事を思い出してしまった。
「…早く準備しよう。」
今日は、勇者としての、最大の責務を果たす日。 そう、予言されていた厄災が観測されたのだ。今日はその厄災に攻撃を仕掛けるのだ。
色がくすんだ紺色のロングコートを羽織り、外見は立派な宝剣、《ヒスタプート》を背中に掛ける。王城の大広間へ向かうと、クラスメイトの半分程度が集まっていた。ざわついていた声が、一気に静まる。冷め切った視線が飛んでくる。…そんな中で、
「おはよう!時針君!昨日は良く眠れた?」
理璃些為だけは、いつも僕に話しかけてくる。
「おはよう、理璃さん。…いつも言ってるけど、あんまり僕と関わらない方がいいですよ。君まで白い目で見られることになる。」
「だ・か・ら〜!私はどうでもいいって言ってるでしょ!」
…それでいいのか生徒会長。と、そんな事を考えていると、大広間に彼が入ってくる。
「よォ、【最弱】ゥ。今日も死んだみてぇに大人しいなぁ。実に宜しい。」
「ちょっと!時針君を【最弱】って呼ばないで!」
うるせぇなぁ…と、虎崎大河は理璃さんの言葉に反駁する。
「理璃さん、大丈夫だから。」
「だけど…!」
と、言いかけた所で、大広間に声が響き渡る。
「勇者諸君!此度はお集まりいただき感謝する!」
…神聖シュバルツ王国、36代国王のダイン・シュバルツである。
「今回お呼び出しした理由は、皆様もご存知であろう!そう、遂に、厄災を討ち果たす時が来たのだ!!此度の厄災は、2000年前に王国封印された、邪悪な意思を持った、禁忌の魔術である!」
クラスメイトが大きくどよめく。それもそのはずだ。魔術というのは、おおよそ君が想像しているような、魔力を事象に変換する術なのだ。過去には動物の肉体から意識を切り離す魔術もあったそうだが、切り取った意識は自然消滅する。故に、魔術に意思が宿ることは万に一つも無い…はずなのだ。
「かの禁忌は今は朽ちた旧王城に我が物顔で居座り、骸を従えているのだ!これは、世界を揺るがしかねない厄災である!勇者よ!今、諸君らの背には、世界が乗っている!世界の命運は其方らに託された!さぁ行くのだ!!勇気ある者よ!!!」
ウォォォォォ!!!、と歓声が上がる。その時の僕は、闘いの中で、きっと死ぬだろう、と思っていた。
ーーーしかし、まさかあんな事になろうとは、一体だれが予想できただろう?
そうして、僕達はその旧王城…廃城とでも呼ぼう。そこへ向かった。遂に廃城が見えてきたが、そこには、想像を絶する数の《不死族》が蔓延っていた。通常なら、ここで引き返すのだろうが…何しろ僕らは勇者。圧倒的な《英雄》を持っている。それぞれが武器や《英雄》を構える。そして…
「…総員、突撃ィィィ!!」
理璃さんの声が響き渡る。それに呼応するように、全員が雄叫びをあげる。
「…『刻時計』」
自身を加速する。極力敵の視界に入りながら、戦場を走る。この通り、自分の役割は「囮」だ。【最弱】であるならば、いくらでも代役は効くだろう。大量の敵を切り捨てていくが、やがて対処が間に合わなくなり、脇腹を剣で裂かれる。
「…ッッッ!」
敵を切る。痛いが、まだ動ける。走る。誘導する。敵を切る。走る。誘導する。敵を切る。走る………はずだったが、不意に視界が暗くなる。力が抜け、倒れ込む。
(…もう限界かな)
眼前に屍の兵士達が迫る。意識が霞む…やがて、振り上げられた剣が、自身の首に落ちてくる。
「…き…くん!と…はく…!」
声が、聞こえた気がした。
そして僕は、そのテントの中で目を覚ました。
(…目を覚ました?何故?僕は確実に切り殺されただろう?まずここはどこだ?何故自分はここに…)
などと、頭を回すが、答えが出てこない。すると、「時針君!よかった…!起きたんだ…!」
「……理璃さん。」
答えは、すぐに現れた。理璃些為が、僕のことを助けてくれたらしい。
「…理璃さん。ここは一体?先程までの《不死族》はどうなりましたか?それに…」
「まぁまぁ、落ち着いて。そんなにいっぱい聞かれても答えられないよ。…ここは廃城からちょっと離れた場所に建てたテント。《不死族》は片付いたんだけど、皆んな結構消耗しちゃったみたいだから、撤退して回復してるの。」
「なるほど…」
状況は大方把握できた。と、考えていると、理璃さんの話しかけられた。
「…ねぇ、時針君…」
彼女は、沈んだ暗い声で、僕にこういった。
「なんで、あんな無茶したの?なんで、あんなにボロボロになるまで、逃げなかったの…?」
少々不思議な質問だ。分かりきっているだろうに、何故だろうと思いつつ、僕はこう言った。
「僕には、『僕である必要性』がありません。速度を僅かに操る『刻時計』…これは、魔術でも代用できます。つまり、僕が死んでも、その辺の魔術剣士でも雇えばは部隊は正常に動くんです。ですから、死んだとしても、より多くの利益が出るように僕は…」
「もうやめて!!」
普段の彼女からは想像できない、悲痛な声に、僕は少し驚いた。
「僕である必要がない…?その辺の魔術剣士で良い…?そんなわけがない!!確かに、君の『刻時計』は強い能力とは言えないよ!でもね!君はそんな事実にも屈さず、努力し続けてきたでしょ!誰かの為になればって、人のために戦ったでしょ!そんなことができる人はそうそういない!君は、人として、十二分に優れているんだよ!それに……」
と、彼女は少し口籠もり、やがて少し頬を赤らめながら、
「……私は、君の事を、大切な友達だと思ってる。大切な人が目の前で死ぬのは、嫌だし悲しいよ…」
と、その言葉を言った。その言葉は、今の僕に最も必要な言葉だった。
自分の事を、友達だと、大切だと思ってくれている。自分が死ぬことを悲しんでくれる。そんな、僅かな心の拠り所となってくれる存在。
僕には、それが必要だった。
涙が溢れ出る。何度も拭うが、止まらない。
「えっ!?とっ、時針君!?どうしたの!?」
理璃さんが、慌てた様子で心配してくれる。
「…大丈夫……ありがとう、理璃さん。」
「?」といった様子で首を傾げる理璃さん。
「僕のことを、大切だと言ってくれて。僕が死ぬのを、悲しいと言ってくれて。」
彼女は、少し恥ずかしそうにはにかみながら、
「うん、どういたしまして。」
と優しい声色で返答した。
やがて、回復し切った僕達勇者一行は、廃城へ足を踏み入れた。廃城の中にも僅かに《不死族》はいたが、最初程多くなく、かと言って強いわけでも無い。禁忌がいるとは思えない警備の薄さだった。
「ンだよつまんねぇなぁ。雑魚の配置ミスってんじゃねえか?」
と、呑気にボヤいたのは虎崎大河。
「油断しないで。厄災1体を倒すために、私達全員が召喚されたの。簡単に倒せるわけがない。」
と、生徒会長理璃些為が鋭く指摘する。へいへいと気の抜けた返事をしながら、虎崎達は歩く。
やがて僕達は、目立つ大扉を見つけた。
「…ここね。」
その扉自体は錆びていたり、蔓が付いていたりと、普通の朽ちた扉なのだが……言葉にし難い、強いて言うなら深淵を覗いているような、虚無感と不安感がある。間違いなく、この先に「禁忌」がいる。
「全員、戦闘準備。」
理璃さんの指示で、全員が完全な警戒態勢に入る。
「……10、9、8、7…」
カウントダウンが開始する。
「…5、4、3、2…」
「…1…0。」
扉が蹴られ、大きく開く。と、同時に全員が部屋に突入し、そして…そして…
僕達は、直感的に、その事実を悟った。
{蜈ィ縺丈ココ髢薙→縺ッ鬨偵′縺励>}
圧倒的な魔力を出しているそれは、人の男の形をしていたが、生物の物とは思えない音を出していた。それは、恐らく言葉だろう。
{縺ゅ=縺薙l縺ァ縺ッ繧上°繧峨〓縺ェ}
それは、何かを言うと、
{縺輔※ 縺ゅ=繝シ、連ゅ=間シ、あー、…よし。これでどうだ?}
それは、唐突に人の言葉を話し始めた。圧倒的な力、人を凌駕する知性、僕達程度の人間が束になった程度で敵う相手ではなかった。逃げようとすることすら許されない威圧感。
{さて、貴様らは我を殺しにきたのだな?}
その通りであるが、誰もそんな事を言えるわけがなかった。それは呆れた口調で言った。
{…そうか。手始めに、我と貴様らの差がいかほどか、明確にしておこう…《θ》。}
相手が攻撃した、と認識したと同時に、僕達とあれの間の地面が大きく抉れた…いや。削られた。
{さて…向かってくるか?}
誰も動けない。その中で、理璃さんが小声で指示した。
「私がなんとか時間を稼ぐ。そしたら、皆んなは急いで逃げーーー」
視界が、赤一色に染まった。
何が起きたか、分からなかった。真っ赤になった手を見つめ、顔を上げる。
「……理璃さん!!!!!!」
その場に倒れた理璃さんに、僕は駆け寄った。理璃些為の胸部は、誰かの腕が貫通していた。理璃些為を刺したのは………
虎崎大河。
お前か。またお前は、僕の世界を踏み躙るのか。
「こいつが!こいつが俺らのリーダーだ!俺が!俺が、殺した!俺はお前に敵対しない!だから、どうか!どうか逃がしてくれ!」
理璃さんを殺して、敵じゃないから生かせ?ふざけているのか?と、腹の裡から怒りが沸き立つが、今はそんなこともどうでも良くなる程、僕は焦燥していた。
{…実に下らん。我は何も求めていないであろうが。…もう良い。一刻も早く視界から消え去れ。…《ζ》。}
僕と理璃さんを除いた、そこにいたクラスメイトが全員消えた。否、廃城の外へ飛ばされた。
「理璃さん…!理璃さん!!」
「………時針君…」
「理璃さん!!!今治療します!安静にして…」
「もう、無理だよ。」
そんなことを、彼女は呟く。
「ッ…!なんでそんなこと言うんですか…!まだ、君は生きている!まだ助かる可能性があるんです!」
「ないよ。私はもう助からない。自分のことだから、なんとなくわかるんだ…」
涙が滲む。頬を伝って、彼女に涙が落ちる。
「なんで…何故、君が死なないといけないんだ…!」
涙を拭いながら、彼女は言った。
「何故、ねぇ……君、いっつもそう言ってる。私が君を助けた日から、ずっと。」
「覚えていたんですか?」
少し苦笑いをしつつ、言葉を返す。
「覚えてるよ、君とのことは何でも。……私はもう、君の近くにいられない。君がいくら聞いても、答えてあげられない。だから、これからは君が考えるんだ。君が考えて、寄り添って、人のことを分かってあげられる人になって欲しい。」
「……はい、分かりました。」
「………あぁ、もうそろそろだね。」
「…………」
「……最期に、もう一つだけ。いいかな?」
「………はい。」
「…ごめんね。私が、悲しいって言ったのに。……そして、
ありがとう。私にただの友達として接してくれて。
「……はい、どういたしまして。」
そう言葉を返し、僕は立ち上がる。ゆっくりと振り向き、それに話しかける。
「感謝します。長く待っていただきすいません。」
{別に構わん。}
禁忌は、そう言葉を返す。何も変わらないはずなのに、恐怖も威圧感も、僅かにも感じなかった。
{…それで?貴様はどうする?《ζ》で送り返そうか?}
「…いえ、結構です。勝てるとは思っていないので、どうぞ一思いに殺してください。」
{さっきの女が話していたことは良いのか?}
「えぇ。きっと僕には無理でしょうから。僕は、もう全てを失った。復讐を遂げる力もない。僕にはもう、何も無い。真っ白な空白だ。ですから、来世にでも託しますよ、彼女の願いは。」
{…そうか……我はこれまで、多くの人間を見てきた。白い部分も、黒い部分も。だからこそ、人間らしい感情は知っているつもりだ。だから、貴様の感情も理解できる。…憎い。復讐したい。しかし自身にその力は無い。そこから滲み出る、無力感。だから、次に託し、自分はここでもう眠ろう…}
禁忌は言葉を紡ぐ。
{……しかし。僅かでも、こう考えたこともあったはずだ。「もし、自分がもっと強かったら。大切なものを守れる強さがあったなら。」、と。}
言葉は、やがて結末に到着する。
{だからこそ、我は貴様にこう提案してやろう。}
{全てをやり直せる力をくれてやる、と。}
「……は?」
{我は魔術だ。その能力は、人に宿り、宿主が死ねばその魔力、技術、体力を奪い、次の宿主に貸す。この肉体は、封印の際に宿主だった体だ。今は我の意思のみが残っている。…今の我には、人間73456人分の力が宿っている。}
(確かに、「凄まじい」程度で収まらない程の力だ。だけど、{それだけではやり直せないだろう、か?}
思考を読まれ、心臓が跳ねる。
{それはその通りだ。そこで必要なのが貴様の……《英雄》…オラクル、だったか?それだ。}
「僕の、『刻時計』が…?」
{そうだ。貴様はそれの能力を、速度を操る、とでも思っているのではないか?}
「何故、僕の《英雄》の能力を…!?」
{何故、か。自分で考えてみたらどうだ?先程言われたばかりであろう。}
「うっ…」
そう言われてしまえば考えるしか無い。
(事前に勇者側の《英雄》を全て調べていた?いや、だとすれば実力差を計ったりはしないはず。だとすると、僕の《英雄》のみが知られている。僕だけを調べた?何故?いや、そもそも禁忌は2000年前の存在だ。となれば、状況の把握で精一杯のはずだ。ならば…)
「……2000年前にも、同じ、或いは似た能力があったのですか?」
{正解だ。考えればわかるじゃないか。…そう。2000年前にも、お前と同じ力を使って、時間を遡行した奴がいた。我の以前の宿主だ。}
「なるほど。でも、僕の能力は速度の操作。これでどう時間遡行を?」
{まず、貴様の認識は、根本から間違っている。貴様の《英雄》の能力は速度の操作では無い。}
「じゃあ、僕の本当の能力は?」
{そのままだ。時間の操作。本来ならば、最強格の力なのだが…貴様の凡才では扱えきれんかったようだな。}
なるほど、話が繋がった。つまり…
「あなたを習得して力を得て、僕の《英雄》の力で最初からやり直す、と。」
{ようやく理解したか、凡夫が。}
…慣れるとイライラしてくるな、こいつ。
{さて、答えはどうだ?}
「そんなもの、勿論YESだ。」
{…うむ、素晴らしい。ならば力をくれてやる。欲せ。誓いにはそれが必要だ。}
ーーー契約者よ。汝は何も求め、何を手にする。
ーーー僕は…………力が欲しい。
ーーー何のための力だ?敵を屠る力か?味方を護る力か?
ーーー僕、が、欲しい、力…
ーーー言え。貴様は何を欲する。
ーーー僕は…僕は…
ーーー俺は。
ーーー俺は、力が欲しい。恨めしくて恨めしくてしょうがない、「邪悪」を刈り取る力が。
ーーーこの力は、全ての人間にとっての、復讐の象徴である。
ーーー復讐を欲し、革命を欲し、平穏を欲す。それこそが、俺の求めるもの。
{…………良いだろう。|《贋神》は只今を以て、時針零司の力である。}
禁忌の肉体が崩壊する。
「あぁ、感謝する。…これで契約は終わりか?」
脳に直接響くかのように、声が聞こえる。
{そうだ。…人が変わったな。時針零司。}
「俺なりの覚悟だと思ってくれ。…あぁ、それと」
{なんだ?まだ何かあるのか?}
「折角だし、《英雄》の名前も変えよう。…いや、もう「英雄」とも呼べないか。そうなると…じゃ、《魔王》とでも呼ぼうか。」
{なかなか良い名では無いか。貴様の力はどう呼ぶ?」
………
…『狂刻時塔』。
「こんなでどうだ?」
{全知の悪魔とは、随分とまぁ誇張したものだ。}
「うっせ。…さぁ、茶番は楽しめたか?禁忌。」
{あぁ、中々に滑稽だったとも。…行こうか。}
覚悟を思い出す。邪悪を全て刈り取る、復讐の覚悟を。
「『狂刻時塔』・《Ⅵ》!!」
巨大な時計が出現する。Ⅵの字が淡く輝く。手に、回転銃が出現する。トリガーに指をかける。
「…さぁ、やり直しを始めよう。」
そして、自身のこめかみを、迷いなく撃った。
どうも。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。杉野凪でございます。お楽しみいただけでしょうか。我が厨二病を総動員してワードを持ってきました!見てられねぇと思った人!すんません!だけどもう止まれねぇ!これからも、こんなテンションで書いてくんで、宜しくお願いします。