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維新の剣  作者: 才谷草太
不戦と合戦と
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 以蔵は山南の遺品とも言える鞘に刀を納め、違和感の原因を探る為に土方に問う。

 「私にこの鞘を与える真意はどちらに?」


 以蔵のその言葉に、土方は表情を厳しくする。

 「何故そのような事を聞く?」


 その言葉だけで十分だった。新撰組内に何かしらの動きがあった事は明らかだ。


 「今この時点で私が受け取る事に、意味があると察します。内部の事かも知れませんが、万が一にも刻を狂わす可能性を感じては動けません」


 以蔵のその言葉には、流石に隠すには重大な事かも知れぬと、土方は口を開いた。


 「三月、予てより危険視をしろと忠告されていた伊東が新撰組を脱退した」

 そこまで言うと、土方はチラリと左之助に目をやり、顎で座れと指示をする。そして、ゆっくりと言葉を続けた。

 「御陵衛士…天皇の御陵警護という拝命を受けての事だが、何かしらの策謀を感じる」

 「討幕派であり、天皇警護となると自然ではありますが…」

 「至極当然。そこを咎める訳にはいかぬ。しかし…間諜として送り込んだ者からの情報では、薩摩に近付く動きがあると…」

 「…武力討幕の先鋒、だった薩摩ですね」


 「…だった、だと?」

 左之助が食い付く。無論土方も反応したが、それを意味する事は瞬時に理解した。

 「だった、って、どういう事だ?」

 理解できていない左之助は、執拗に喰い付こうとするが、土方はまるで無視を決め込み話を続ける。


 「武力をもって徳川を制圧、政権を帝へ返上する。手段は違うが坂本と目的は同じ。だが、坂本と唯一違う点は武力をもって江戸を制圧しようと言う点だ」

 「だが軍隊は無い。江戸を攻め落とせはできない」

 「その通りだ。しかし薩摩に近付いているとなると、その軍隊も解決できる…が、どうやら一足遅かったようだな、伊東は」


 「坂本が…薩摩を抱き込んだって事ですか?」

 鈍い左之助もようやく理解ができた。


 「岡田、私は個人として山南が好きだった。思想の違いはあれど、奴はこの国を血で染める事は望んではいなかった。今、それが出来るのは坂本だけかも知れん…」

 「いや…」

 以蔵は土方の言葉を止める。

 「伊東は武力討幕など狙ってはいない」


 以蔵のその言葉に、土方と左之助は…いや、左之助は元より困惑しているが、土方もその感情を抱かざるを得ない。


 「どういう事だ? 先の暗殺も然り、新撰組脱退も然り、お主の睨んだ通りでは無いのか?」

 「暗殺が目的であれば、我々を引っ張り出すなどという危険を冒しますか?」

 「それはお主への挑戦と…」

 「そう、そう思っていました。しかしまだ裏があると感じます」

 「裏だと…?」

 「大坂に赴いた時の事を覚えていますか?」

 「総司と…お主で行った件か」

 「その時、桂…木戸と坂本も同行していました」

 「何だと!? そのような事は聞いておらんぞ!」

 「今更蒸し返すつもりはありませんし、本題はその先にあります。私は大坂で自身の闇と会いました」

 「岡田の…闇だと?」

 「本来であれば、その男こそ『岡田以蔵』と呼ばれ、人斬りとなっていた男です。その男が言った言葉の意味が、ここまで来て漠然と形になりつつあるようです」


 あまりの衝撃に、以蔵の目の前に居る二人は眉間にシワを刻み、目をカッと見開いて動かない。


 「ワシはおまんの闇。いずれ全てを呑みこむ」


 背筋に冷たい風が吹き付ける。その時既に伊東甲子太郎は新撰組に入っていた。全てはその時点から動いていたとなると、山南の死すら必然に思える。


 「屯所移転問題で勤王党が騒ぐのは、伊東自身宜しくなかったが、屯所移転後に新撰組を操作することができれば、形勢は逆転する。そこで帝をたて、幕府に政権の返上を…そう考えれば、山南さんの死も奴の掌での策略となります」

 「武力を望まぬ山南に、背後の武力を感じさせた上で意のままに操ったと?」

 「更に闇の以蔵と、高松と…既に繋がっていたとすれば、公武合体への近道も思い描けた筈です。しかも可能な限り戦を起こさず、可能な限り軍力を減らすこと無く」


 記す必要は無いだろうが、左之助はこの会話には加わらない。何を語っているか理解できる範疇を超えていたのだ。既に蔵の隅をひたすら睨みつけ、会話が終わるのをただ待っていた。

 その隣で土方は神妙な表情のまま、その話を聞いていた。


 「奴は軍隊を欲しているのか…」


 『大政奉還後、自らが軍隊を率いて立てる地位に就く為に、今から御陵衛士となった…そう考えるのが現状では理屈が通る。となると、その軍隊を率いるべき者を暗殺…自らがその地位に就く事で軍備を増強、国を操る、と言う訳か』

 流石にこれを口に出してしまう訳にはいかない。大政奉還が成るという前提がある事であり、それを話すと歴史を語る事になってしまう。


 以蔵も土方も…土蔵の隅に気を惹かれている左之助は論外だが、言葉を失う。


 以蔵が新撰組に入った事も必然的に刻の意思、という事になり、未だに高松の野望は潰えていないのだ。そして、歴史を変えぬようにと奔走した以蔵もまた、伊東や高松の意のままに操られていた。


 歴史が変わりつつある中で、目眩がしない理由…。それは伊東という、この時代の男により変革が起きようとしているからだった。


 それに気付いた以蔵は、自らが腹立たしかった。



 「副長、御陵衛士の間諜は誰ですか?」

 突然の質問に、土方は我に返り、暫くの間があった後に答える。

 「斎藤…、斎藤一だ」

 「伊東が次に狙う暗殺こそ、本当の標的となる可能性が高くなりました。情報を集めて下さい」

 「また暗殺か…承知した。理由は聞かぬが斎藤に指示を出しておく」



 高杉・桂(現木戸)・西郷・勝は誰しもが軍部の中枢を担える存在。再び襲いかかる事があるなら、誰が中枢と成り得るか…。答えは以蔵には分かっている。



 生きるか、死ぬか…そこに関与はできないし、可能であればしたくない人。この先は歴史の自己修復能力と、この時代に生きる者達の意思の強さに頼る他無かった。

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