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維新の剣  作者: 才谷草太
刻の歪
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修羅vs.人斬り

 薩摩での暗殺阻止に以蔵が奔走していた頃、幕長戦争は遂に小倉の陸上戦に突入していた。

 そこでは兵糧庫・武器庫を襲撃していた奇兵隊の姿があり、海上から援護していた高杉晋作もまた、上陸していた。

 しかし幕府軍も必死の抵抗を見せる。連戦連敗を重ねていた幕軍は、小倉城を死守する意気込みでいたのだ。


 そして、膠着状態となったこの戦地の情報が、長州で指揮を執る桂の耳にも入っていた。


 「晋作は無事なんだな? それでいて小倉を攻略できないとなると…長期戦になるな」

 それまでの戦闘は策略通りの短期決戦で集結していたが、小倉では流石に幕軍も必死に応戦していた。

 「どちらも決め手に欠けているようです。これまで通り武器庫や兵糧米を削る作戦も、半ばで阻止されている様子で…」

 「同じ作戦は、そう何度も通じないさ。最も、それが出来なくなった状態で膠着してるって事は、相手の備蓄が切れた時こそが狙い目だ」

 桂と話しをしているのは、河上彦斎。一見女性にも見えるその外見は、背が低く色白であった。

 「しかし河上…なぜこの度の戦の前線を拒否した? 君ほどの力があれば、前線で活躍できただろうに、興味は無かったのか?」


 12畳はある広い部屋に、ただ二人で飯を食っている部屋は、夕暮れを迎えていた。


 「ある人から桂殿の傍を離れぬように、との忠告を受けまして」

 「ある人?」


 しばらくの無言の後、河上はゆっくりと話し出した。

 「あの八月十八日以降、拙者は三条実美公の護衛を務める為、長州に参りました。尊王の為、公武合体派の佐久間象山も斬りました。しかしそれらは、全てある人の助言の上。そして今、まさにその人の言う世の中になりつつある」

 「…どういう事だ?」

 「公武合体の為、尊王の為…そのような動きは、やがて大きな戦へと繋がる。今必要なのは、幕府に変わる大きな権力で諸藩を纏め、諸藩の動きを封じ、諸外国と対等に渡り合える力と知恵」

 「権力で諸藩を抑えると? 今までの幕府と何が違う!」

 「幕府の力は落ちている…それ故諸藩の動乱を抑え切れておりません」

 「幕府に変わり、より強大な権力を欲すると言うのか!?」

 「朝廷をも凌駕する権力は、国の為に必要。いえ、朝廷を取り込む事こそが、それすら凌駕します」


 再び無言が支配する空間となる。この時、桂は自らの命を狙われていた事を悟る。


 「成る程。この戦を長引かせ、幕軍・反幕府軍の衰退を狙っていたか…。第三の勢力が、その機会を狙い、戦を納めて朝廷へと進出。権力の薄れている今こそ、野望を結ぶ好機だと…」

 その言葉が終わるのを待たず、河上は桂に向けて抜刀をし、低空の逆袈裟を放った。

 しかし、桂はその斬撃を横に転がり回避する。

 「居合か…君の居合は噂に聞いていたが、達人の域には遠いな」

 「桂小五郎。お主を斬る事が我等の志に従う事。命を頂く」

 「僕の命の値段は、君が手に入れられる程安くは無いさ」

 桂は平常心を保とうと必死で焦る気持ちを抑えていた。言葉遣いすらも変わり、動揺を隠そうと自らに言い聞かせていた。


 「僕は居合の達人と認めた男の刃筋を見た事がある。君の刃筋は、その人の刃筋とは比べ物にならない…」

 「しかしお主を斬るには不便は無い」

 河上は即座に納刀し、右膝を立てて抜刀態勢に入る。

 河上の言う通りだった。桂は以蔵の抜刀術を見た事はあるが、戦った事など無い上に、然程目に焼き付いている訳でもない。河上の動揺を誘う為の言葉に過ぎなかった。


 「ここで斬られるのも、僕の運命かもね」

 桂の太刀は、河上の抜刀を交わす際に置いて来ている。取りに行くには河上の刃圏に入らなければならない。

 次の瞬間、河上は再び低空の抜刀を仕掛け、桂の太股を横一文字に浅く斬り抜き、返す刀で逆袈裟を仕掛けた。桂は右股と左胸に浅い傷を負った。


 「流石に達人の刃筋を見ただけあって、交わすのは上手いですね」

 河上は余裕の笑みを浮かべ、再度納刀しつつジリジリと間合いを詰める。

 その時、河上の目の前に桂の隣にあった障子が飛んで来た。

 慌てた河上は右手で障子を払い除け、後方に飛び去る。


 「お待たせしましたかね、桂殿」

 そこに居たのは沖田総司だった。

 「ああ、君か…。僕は浅野君が来てくれると思っていたんだが、まさか新撰組に救われるとはね」

 緊張していた桂は、敵でもある筈の沖田の出現に、複雑にも安堵をしていた。

 「救う? 私は敵ですよ?」

 「いや、今は違う。大坂で見た顔だよ、今の君は」


 「どういう事だ…。何故に新撰組が倒幕派を守る!」

 「貴方達が第三の勢力だからですよ。我々は、道は違えど目指す物が同じ。されどあなた方は目指す物が違い過ぎる」

 「幕府と倒幕派が共闘だと…?」

 河上は目の前の光景が受け入れられていない。そして、次の沖田の言葉が、更なる混乱を河上に叩き付け、桂には大きな糧となった。


 「幕府・倒幕…。今はどちらでもありません。私の友の為、ここに居ます」

 沖田は抜刀をして中段の構えを取った。


 「江戸から駆け付けて、即座に戦闘とは…新撰組の仕事以上に酷使されますよ、あの人には」


 志士の力で、今正に歴史が戻ろうとしている。

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