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維新の剣  作者: 才谷草太
刻の歪
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勝海舟暗殺指令

 千葉道場に戻った以蔵は、久しぶりの佐那の隣で布団に入った。


 しかしその頭にあるのは京で高松新之助の残した言葉『江戸に待つ影』。新之助は幕末の動乱を戦で彩るつもりだと言っていた。ならば、江戸でその動乱を引き起こすつもりなのか…。

 いや、それは考え難い。実力者としてこの時代に生きていたのであればまだしも、彼は土佐の倒幕派として潜んでいた。もし自分が動乱を引き起こすのであれば…。以蔵は無意識に声を出した。

 「誰かを斬れば、この先戦火が広がる…のか…」

 溜息にも似た言葉を、寝ていた筈の佐那が聞き逃さなかった。

 「戦いを止めようとしている重鎮を斬れば、戦は止まりませぬ」


 それは以蔵に背中を向けたまま、寝言の様に発せられた。その言葉に、以蔵はハっとした。

 この先の戦に関して、今はまだ謹慎中のあの人が鍵を握っている事を思い出した。

 「無血開城…西郷殿や高杉さん達に影響力を持つ人…。あの人が斬られると、未来は無くなる…!」

 その人の名は『勝海舟』。かつて龍馬と共に弟子入りし、神戸海軍操練所の開設を行った人物。日本に海軍を創るという志を持っていたが、戦は望んでいなかった。恐らく新之助自身の身に問題が無ければ、護衛と称してそのまま時期を待ち、暗殺でも企てていたのかも知れない。

 それが新撰組と以蔵の介入で計画が崩れ、先延ばしになっていた…。しかし今、幕長戦争が起ころうとしている。こんな好機は他を置いて無い。ここで勝海舟を暗殺してしまえば、この後に薩摩軍が江戸に赴いた時、その攻撃を止める程の男は居なくなる。いや…策を講じれば、その暗殺を長州か薩摩に擦り付ける事さえできる。


 「畜生! それが狙いか!! 佐那、出掛ける!」

 以蔵はそう言いながら着替え出した。佐那も起き出し、着替えを手伝う。

 「すまない…戻って早々だが、行かなくてはならない」

 以蔵はそう言いながら刀を腰に差した。

 「分かっています。あなたは何か大きなお役目をお持ちの方。今日はここでお帰りをお待ちしております」

 「用が片付き次第、今度はすぐに戻る」

 以蔵は佐那にそう言い軽く頭を下げ、屋敷を飛び出して行った。向かうは赤坂にある勝海舟の屋敷。月明かりの薄れた江戸の町を、ただひたすらに走り抜ける。



 暗闇の中、屋敷は平和な夜に寝静まっていた。殺気も無く、普段と変わった所は無い。

 以蔵はひと目、勝海舟の無事を確認しておこうと思い、垣根を超えて庭に降りた。そして勝の部屋に向かい、言葉を失う。

 勝の部屋に、確かに勝は生きて…そこに居る。いや、真夜中である時間帯に、不自然に縁側に座って目を閉じている。そして、その隣に居るのは闇の以蔵…。


 「何をしている」

 以蔵は闇の以蔵に向かい声を発する。

 「高松殿に聞いたがやろ? ワシがその計略の先鋒になっちょる訳じゃ…最も、ここに来るがは高松殿の筈じゃが、来てないっちゅう事はお主が斬ったがか…。まぁ、それもエエちゃ」

 闇の以蔵はそう言うと、奥に入って声を掛けた。

 「何をしちょるが? 早ぅこっちに来んか」

 その言葉に反応して勝も目を開ける。勝の眼は以蔵を真っ直ぐに見つめている。

 「高松新之助が死ぬ事も、予想していたというのか」

 以蔵はそのままの状態で闇に問いかける。

 「全部話しちゃるき、入って来い」


 以蔵はその言葉の後、鯉口を切った状態でゆっくりと勝の部屋へと入って行く。

 「怖いのぉ…いつでも斬りかかれるっちゅう訳かいの。まぁ、そこに座れ」

 闇は二枚の座布団を放り投げ、勝と以蔵に渡した。

 「高松殿は、この国を軍隊国家にするっちゅうがよ。細かい話しはワシには良く分からんかったが、幕長戦争が起こると同時に幕府首脳陣を斬り殺し、長州に擦り付けたら戦は止まる事無く弾けるっちゅうが…この勝先生に問うても、それが真実かどうか教えてくれんがじゃ」

 「真実であれば、お前は斬り続けるのか?」

 「ワシは高松殿に、この国の在り方っちゅうもんを教えて貰ぅたがよ。戦により軍備の向上を図り、戦法を進化させる。成る程理に叶っちょる。それには戦を止める目先の者を排除せにゃいかんっちゅうがよ。戦が無くなってしもうたら、ワシ等侍も用無しになるがやろ」

 「お前さんは、鵜飲みにしてるのかぃ?」

 勝が闇に向かって聞くが、その答えは意外にもすんなりと答えた。

 「ワシにとっちゃ、どうでもエエ事ぜよ。正直、この国がどうなろうと関係無いがじゃ」

 「勝先生を斬らずに俺を待ってた、となると、お前の目的は俺だろう?」

 「流石、武市先生に勝った男じゃ…その程度はすぐに分かるろう。しっかし、問題はその後じゃ」

 「お前には同志が居て、恐らく薩摩や長州にも紛れ込んでいる。そして要人を暗殺して行く」

 「その通りじゃ。ここでワシを斬っても、何も終わりはせんっちゅう事じゃ」

 「新之助の知恵か…。だが、お前は思い違いをしている。俺は躊躇なくお前を斬れる」

 以蔵はそう言いながら、闇に向かって抜刀した。

 「ワシはこれまで暗殺を繰り返したがぞ。腕も上がっちゅう…おまんの抜刀術を瞼に焼き付けて、おまんを斬る為だけに生きて来たがぞ」

 そう言う闇は、以蔵の抜き付けを難無く太刀で受け止めていた。


 「標的全員を一気に斬ってもエエが、ワシの楽しみが無くなってしまう。そこでじゃ…まず長州から事を起こすきの」

 「それを防いでみろ、とでも言うのか?」

 刀を合わせたまま、双方とも動かずに会話を続ける。

 「ワシの待っちょる所まで、おんしが来れれば勝負じゃ。それまで、五人の刺客が先々でおまんの伝説を欲しがっちょるぞ」

 闇はそう言うと、受け止めていた以蔵の太刀を弾き、その場から逃げ去った。




 「どうやら一筋縄では行かない事態の様だね。私に何かできる事はあるかい?」

 「いえ、勝先生は謹慎の身。それが叶わないと理解した上で新之助が立てた計画です。とにかく私は長州へ向かいます」

 以蔵は納刀し、勝に礼をした。

 「勝算はあるのかい?」

 「奴は、私の伝説を欲しがっている連中が暗殺を行うと言っていました。その時点で恐らく、国の将来よりも名声を欲しているのでしょう。無論、新之助もその辺りは計算していたと思いますが、私自信も標的としていた新之助にとって、最終目的は要人暗殺と私の命…奴らがどう感じようとも、その両方が行われた時、歴史が変わります」

 「全く…以蔵殿も厄介な使命を背負ってしまったねぇ…」

 勝は苦笑いをしながら言うと、以蔵も言葉を返す。

 「やっと使命が見えたんです。これを成し遂げ、本来の場所へ帰ります」



 以蔵が屋敷を出た後、勝は一人天井を見上げ、呟く。

 「刻は流れを乱されると、自ら修復する…それが修復出来なければ、天命を人に委ねる。未来は不変という訳か…ならば、我等は何の為に生きているのだ…なぁ、そこの人」

 その勝の声に弾かれた様に襖が蹴り倒され、太刀を握った一人の男が飛び出して来る。


 勝の眉間に向かい、振り下ろされる太刀…。その時、勝海舟はニヤリと笑った。

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