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維新の剣  作者: 才谷草太
避けられぬ戦へ
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三条制札事件(2) ~脱退~

 薫が左之助の元に駆け付けた時、8人いた不逞浪士達は4人になっていた。どうやら半数は逃げたらしい。最も、その内の一人は薫が逃がした訳だが。

 「浅野! 何をしてやがった!」

 囲もうとしている新撰組に対し、不逞浪士4人は奮闘しており徐々に包囲網が崩れて行く。薫はそのまま戦いに参戦するが、乱闘騒ぎとなってしまっている為、刀を振り回せる状況では無かった。

 そこに左之助の部下に呼ばれた大石鍬次郎が到着。強引に集団へと突入して行った為に、作りあげている包囲網が崩壊。そこから一人の浪士が飛び出し逃走した。

 薫はその穴を埋め、ようやく3人を包囲した。


 「浅野…お前、大石を連れて来る役割を忘れたって言うんじゃねぇだろうな」

 3人を捕縛し、一息ついている左之助が薫を睨む。

 「お前が噂通りの男なら、怯えたって訳じゃねぇよな…。むしろ、わざと浪士達を逃がそうとしたとしか思えねぇが?」

 確かに、偶然とはいえ大石を呼びに行く途中で高松新之助に出会い、それが元で浪士達を逃がしてしまった事は事実。薫の失態である。

 「弁明のしようがありません。乱闘を恐れ、大石殿への伝達が遅れました」

 「その乱闘ってのは、自らが傷付く事を恐れてか? それとも、こいつらか?」

 左之助は、捕えた不逞浪士達を蹴り付けた。言葉を失った薫は、目を閉じてふぅっとゆっくり息を吐く。寺田屋での一件以降…いや、正確に言えば薩長の盟約以降の流れは、極端に倒幕へと傾いており、何をしても倒幕派に有利に流れて行く。この流れは変わらず、急激に進んで行くだろう。そう感じた薫は覚悟を決めた。

 「私の処分は、土方副長・近藤局長にお任せします」

 「覚悟の上でって事か。良いじゃねぇか、その胆の座り様。オレと来い。副長の前に突き出してやる」

 左之助は捕まえるでもなく薫と屯所に向かって歩いた。その道中、ただ一言も声を出さず、槍を担いだ左之助の背中は妙に楽しそうに見えた。


 先に屯所に着いた二人は、土方の元へと向かい、事の説明をした。土方は薫の素性を知っている事からの驚きは少なかったが、確かに怒りは感じ取れた。

 「逃がすというつもりは無く、何らかの事故により大石への通達が遅れたと言う訳でも無いのだな」

 「弁明を聞いて頂けるのですか? 私は結果、倒幕派への協力をしてしまった身。可能な限り、大事変には関わらぬように生きて参りましたが、どうやら時勢が大きく畝って参りました。新撰組参加時より私の正体を存じておられる副長ですから、いずれこの時が来る事はご理解頂いていたと思われます。新撰組に対しても、過去の失態を今更蒸し返す程の余裕は幕府には無いでしょう」

 薫は一息に喋り倒した。その言葉の量に土方も驚いてはいるが、薫に続いて口を開く。

 「確かにお主のお陰で、あの件の咎めは一切受けていない。しかしこの状況でお主を許せと言われて、今の新撰組が納得できるとお思いか?」

 「許せぬと言うのであれば、私は『岡田以蔵』として行動するまでです」

 「この場で大立ち回りを繰り広げるとでも言うのか? 今や新撰組は百名を超える組織。それを相手に貴様一人で何ができると言うのだ」

 「かの宮本武蔵は、七十名を一人で斬り伏せたと言います。そして現時点で屯所に居るのは数十名。この屯所を抜けてしまえば、我が名の元に何人の志士が集まるか…。よもや、この私には剣術しか無いと思っておられる訳では無いでしょう?」

 土方と薫の駆け引きが続く中、左之助はイライラしていた。そんな左之助の様子を薫は見逃さず、

 「原田組長、世話になりました。たった今、私は除名・脱退させて頂きます」

 そう言って一礼をした。

 その様な薫を見て、気の短い原田が許す訳も無い。

 「何を言ってやがる! てめぇはオレがこの場で突き殺してやる!」

 そう叫んで槍を構えた。ここで左之助を倒す事ができれば逃走への道が開ける。が、最悪はこの場で新撰組との全面闘争。斬り殺される事になれば…恐らく刻を超える。龍馬という友を残して…。

 薫は覚悟を決めていた。暴れるだけ暴れ、歴史の真意を確かめる。不必要であればそれを受け止めるだけ。

 「全てを受け入れるような目をしやがって…。それが修羅の目かよ。新撰組を敵に回した事を後悔しやがれ」

 「どこにでも転がっている様な口上は良い。土方歳三、今この瞬間に、新撰組は再び俺の敵となったと見て良いな?」

 表情を崩さず左之助を見据え、居合腰になりつつ土方に声を掛ける。


 「原田、槍を下ろせ」

 土方が無念の表情を浮かべ、左之助に指示する。

 「副長! 黙って脱退させるつもりですか!?」

 「言う通りにしろ! 命令だ!」

 土方の怒号が左之助に振りかけられる。命令と言われれば従うしか無く、ゆっくりと槍を下ろした。

 「岡田以蔵、貴様は根っからの策士だな。仮にここで貴様を斬り殺せたとしても岡田以蔵の名は独り歩きをする。まるで生きているかの様にな。仮に斬り殺したと公表すれば、志士全体は新撰組を目掛けて攻撃を開始するだろう」

 「しかし生かしておれば、新撰組の敵として…」

 左之助が口を挟む。しかし土方は首を振り、

 「お前は岡田以蔵の事を分かっていない。いや、私とて忘れていた。岡田、我等は人斬り集団と言われている。しかしそれは、主君の御為と思い、いずれ来るべき平和の為と思い集まった集団。お主と道は違えども目標は同じ。それは多くの志士達にも言える事だが、ここ京の治安と将軍御身警護の為なら、この身を投げ出し戦う。それがお主であってもな」

 「敵は人では無い、という事ですね。では、私はこれで失礼します。沖田殿に宜しくとお伝え下さい」

 薫はそう言うと一礼をし、屯所から出て行った。


 「数年…寝食を共にし、稽古で汗を流し、浅野薫という男を見た。いや、本当の名は何と言うか聞きそびれたが、岡田以蔵という名も本来の名では無いだろう。総司と互角に渡り歩く剣を持ち、その智略も先を見通す程の策士。どこかに就き従う訳でも無く、ただ飄々と流れゆく雲の如く…なあ、総司」

 土方は空を見上げたまま呟いた。

 すると、背後の障子がすっと開き、沖田が出て来た。

 「総司! お前居たのか!!」

 「ええ、先程からずっと…。土方さん、あの人を囲う事はできません。雲はただ流れゆき、そして大きく広がる物です。あの人は、この混乱を治める為にこの世界に来たように思えてなりません」

 「山南の事か…。そうだな、奴は一つの指針を持ち、そこに誘う様に行動をしていた様にも見える。いつか、その時代が来れば、奴と友になれる日が来れば良いな、総司」


 土方と沖田は、懐かしい物を感じる表情で空を見ているが、左之助は何の事か理解できぬまま、口を開けて空を眺めていた。



 薫…いや、既に岡田以蔵へと戻った男は、寺田屋へと向かう。その先に、本当の敵がある事を知らずに。

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