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維新の剣  作者: 才谷草太
避けられぬ戦へ
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岡田以蔵、復活の序曲

 寺田屋で襲われ、負傷した龍馬は薩摩藩邸に運ばれ、手当てを受けていた。

 薫は逃走先から直接、新撰組屯所へと戻り、何事も無かったかの様に朝を迎えた。しかし、この時に不用意に名乗った事から、歴史は歪みを出し始める。


 朝、目覚めた薫は雑魚寝をしている隊士の間を抜け、庭に出る。そこには寒空の元で上半身裸で稽古している男に会う。

 「浅野? 早いな…外泊すると聞いていたが?」

 「いや、どうにも昔馴染みがバカ騒ぎするので、早々に切り上げて戻って来ました」

 「成る程。浅野は下戸だからな」

 男は大声で笑い、その声で数人の隊士達は目が覚めたらしい。薫の寝ていた部屋から、数名の隊士が姿を現す。

 「原田組長…またそのような格好で稽古を? 見ているこちらが震えますよ」

 寝起きの隊士達は、その姿を見てまた部屋へと戻り、着替えを始めた。

 「全くよぉ…軟弱でいけねぇや。おい浅野、一緒に寒稽古をやらねぇか?」

 「勘弁して下さいよ、私も軟弱者ですよ?」

 そう言いながらも庭へと降りて行き、原田が縁側にばら撒いていた木刀を手に取る。

 「左之助さん、目を閉じたまま、戦う事ができると思いますか?」

 薫は不意にそんな事を聞いた。

 「さぁね。達人の域に達した者は、目を閉じたまま相手を斬るって言うが、オレには真似できねぇ。仮に出来るとすりゃ…総司くらいじゃねぇか?」

 「沖田さんですか…あの人とやり合うと、痛いじゃ済みそうに無いですね」

 薫はそう言って、目を閉じて構えた。

 「何だお前、オレの槍なら痛ぇで済むとでも思ってんのか?」

 原田の質問に対し、薫はニっと笑って見せた。勿論、そんな反応をされれば、短気な原田は本気で向かって来るのを分かっての事だった。


 対峙する二人の時間が静かに流れ、一瞬にして原田の槍が薫の左肩を突く。まるで電気の様に激痛が上半身に走るが、薫はその突きを堪え、居合抜きの態勢を変えない。


 龍馬を守る事で視界が塞がれるのであれば、視界に頼らない方法の一歩として、この修練をしようと思い付いたのだが、現実的に可能かどうかは分からない。薫は激痛を隠しながら、笑みを原田に向けた。

 「この野郎…。そう言う事なら遠慮はしねぇぜ? 何があったか知らねぇが、高みへと昇るつもりなら協力してやるぜ」

 原田もニヤっと笑って、二度、三度と突きを薫に打ち込む。そして、その体罰にも見える光景を、着替えを終えた隊士達が息を殺して見ていた。


 全身に痣ができ、痺れが走る程の突きを体中に喰らっていた時、早朝からどこかに行っていた土方と沖田が戻って来た。

 「原田、浅野! 私闘であれば許さぬぞ!」

 その様を見た土方は二人に叫んだ。

 「おはようございます、副長。これは私が原田組長にお願いした寒稽古です」

 目を閉じたまま、声のした方へと向いて弁明する薫。

 「まぁ良い。浅野、話しがある。副長室に来い」

 土方はそう言って、沖田と共に副長室へと入って行った。薫は昨夜の襲撃に関する事だと悟ったが、平静を保ってその後に続いた。

 その状況を見て、ただ事では無いと察した原田は、こっそりと部屋の外に向かおうとした。

 「組長、マズイですよそれは…」

 「うるせぇな、静かにしろ。何やら面白そうじゃねぇか…」

 悪戯坊主の様に舌をペロっと出し、気配を殺して襖の近くで聞き耳を立てる。


 「伏見奉行所に行っていた」

 口を開いたのは土方。薫はへぇ、そうですかと素っ気なく答えるが、土方は言葉を続けた。

 「伏見の寺田屋で、薩摩藩士が企て事をする気配がある、との報告を新撰組が奉行所へと届け、縛吏が張り込んで居たのだ。そこへ三人の男が現れ、一騒動あったようだが、その内一人は手傷を負い、血の跡を追うと材木置場の屋根で消えていたそうだ」

 土方は冷静な表情で話している。

 「…役から外されている私に、何をしろと?」

 「まぁ黙って聞け。薩摩藩士の一人は銃を持ち、一人は槍、そしてもう一人は居合術の使い手だったようだ。おかしいと思わないか?」

 薫は以前平静を保っている。

 「薩摩藩士であれば、示現流…。銃に槍、居合なんて珍しいですね」

 「そうだろう? 更に薩摩訛りが無かったと言うのだが、浅野であればどう見る?」

 「恐らく薩摩藩士では無い…と、言う事でしょう。薩摩が匿う必要のある者でしょうか」

 「居合といえば、土佐藩士が怪しくなる…。薩摩と土佐が手を結んだとなると、少々面倒が起きる気がするが…奉行所で少々懐かしい名を聞いてな」

 「懐かしい…?」

 薫が土方に聞き直すと、今度は沖田が口を開いた。

 「岡田以蔵…貴方の名前ですよ。恐ろしい程の早さを持つ居合術で、岡田以蔵の名を口にした者が居たと。そして貴方は、昨夜外泊を届け出ていた」

 その沖田の言葉に、一番驚いたのは襖の外に居た原田だった。

 「岡田以蔵だと??」

 つい言葉を発した原田は、襖を開けて中へと飛び込んだ。

 「左之助! 入って来いとは言って無いぞ、直ぐに出て行き、口外する事は許さん!」

 「副長、ちょっと待ってくれよ。こいつがあの岡田以蔵? ここは新撰組だぜ? 副長達は知ってて入隊させたのか?」

 「左之助! 詮索はするな!」

 鋭い眼光で原田を睨む土方と沖田。原田は渋々事情を聞く事を止めるが、

 「こいつは昨日の内に屯所に戻り、俺と雑魚寝してたぜ。朝もこうやって稽古をしてる。どんな事情があったか知らねぇが、とにかく浅野は俺と居た」

 半分は嘘だ。原田は薫を庇う様に発言をした訳は、岡田以蔵という名を持つ男に興味が出たからだった。この男は子供っぽい一面があり、他の組長連中とはまた違った、型破りな所があった。

 「薫さん、本当ですね? 信用して良いんですね?」

 沖田が寂しげな瞳で聞いて来る。

 「夜に戻り、雑魚寝をして、早朝からの寒稽古をしていた。その事に偽りはありません。外泊を届け出ましたが、事情が変わり戻って参りました」

 嘘はついていない。そして、その言葉を半信半疑のままそこに居る全員が沈黙を続けた。


 「幕長の戦が目前に迫り、倒幕派の情報戦として『岡田以蔵』の名が歩き出したのかも知れません」

 沖田が沈黙を破り、土方に言った。そして、その言葉を噛みしめる様に土方は腕組みをし、しばらく考え込んだ。

 「奉行所は、今回の一件で事を荒立てるのを良くないと判断した。この時期に薩摩を敵に回す事を好ましくないと考え、捕縛できなかった事から闇に葬る、という事だ。しかも『岡田以蔵』の名が出ると、倒幕派の勢いを増し兼ねない。が…、本物がここに居る以上、浅野には行動を慎んで貰わねばならん。よって、監査役を解任する。今後は一番隊士として…」

 「待ってくれ、副長。解任するなら浅野を十番隊にくれ。こいつの剣は面白い…何か企てたなら、オレが浅野を斬るから、十番隊に!」

 「まぁ、良いだろう。しかし、浅野の行動は慎んでもらうぞ」

 土方は、既に浅野を除隊とする決意を固めていた。無論、沖田にもその事を伝えており、時期を見るという条件付きで納得させていた。除隊すれば、最大の敵とも成り兼ねない男…できれば隊士の内に斬首刑にでも処すのが、土方の理想であるが、沖田がそれを許す筈も無い。

 薫は新撰組にありながら、徐々にその立場を無くして行く事になる。



 その三日後…。京の奉行所を始め、新撰組隊士内、諸藩藩邸である噂が広まる。


 『岡田以蔵、復活。倒幕派の筆頭を担い伏見奉行所の縛吏と対峙。今後、倒幕派の戦線に赴く』

 『眠る以蔵、幕府が目覚めさせる。活人以蔵が縛吏を斬る』

 『時勢は倒幕にあり』


 倒幕派が情報戦の一環として流した噂とされていたが、この噂が在京の倒幕派、周辺諸藩の倒幕派の勢いに火を付ける事になる。

 そして、京の町にあの事件が起こる事に繋がって行く…。

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