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維新の剣  作者: 才谷草太
避けられぬ戦へ
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薩長盟約、成立

 幕軍の宣戦布告から年が明け、慶応二年。

 京にある小松帯刀の屋敷に、西郷隆盛・桂小五郎の会談が執り行われた。一月八日から始まった会談は難航し、長期間に渡り互いが譲らぬ展開となっていた。水火の如く関係にあった両藩が、互いに歩み寄る事は困難を極め、既に盟約は不可能に近くなっていた。


 一月二十日。未だに盟約は進展せず、もはや反故…と成りかけたこの日、龍馬は下関より駆け付けて小松邸に居た。


 「桂さん、まだ盟約が成っちょらんとはどう言う事ぜよ!?」

 流石に驚いた龍馬は、桂に問い質した。

 「聞きたいか? 聞きたいか坂本君!」

 桂は悔しさを顔全体に刻み込み、龍馬の両肩を掴み、身体を揺する。

 「盟約は、全て長州に有利に働き、薩摩に利点が無いとの一点張りだ! 今、この時、攻め込まれるは長州一藩! 我関せずとでも言いたそうなあの西郷の傲慢さに、この桂はこれ以上下げる頭は持ってない!」


 盟約の内容は以下の様になっていた…

一、戦いと相成候時は、すぐさま二千余の兵を急速差登し、只今在京の兵と合し浪華へも一千程は差置き、京阪両所相固め候事


一、戦、自然も我が勝利と相成り候気鋒相見え候とき、其節朝廷へ申上げきっと尽力の次第これあり候との事


一、万一敗色に相成り候とも、一年や半年に決して潰滅致し候と申す事はこれなき事に付き其間には必ず尽力の次第これあり候との事


一、是なりにて幕兵東帰せし時は、きっと朝廷へ申上げすぐさま冤罪は朝廷より御免に相成り候都合にきっと尽力との事


一、兵士をも上国の土、橋、会、桑も只今の如き次第にて、勿体なくも朝廷を擁し奉り、正義を抗し、周旋尽力の道を相遮り候時は、終に決戦に及ぶほかこれなくとの事


一、冤罪も御免の上は、双方とも誠心を以て相合し、皇国の御為に砕身尽力仕り候事は申すに及ばず、いづれの道にしても、今日より双方皇国の御為め皇威相輝き、御回復に立ち至り候を目途に誠しを尽くして尽力して致すべくとの事なり


 そう、戦になれば、その戦後処理に置いても運命を共にし、尽力せよ。との内容である。確かに現時点では長州がその危機に陥っている以上、薩摩には利点が無い。

 しかし、龍馬はその事に激怒する。

 すぐさまその場を立ち去り、今度は西郷と小松の居る部屋へと乗り込み、事情を聞き出そうとする。


 「どういう事ぜよ、西郷さん、小松さん…」

 眼光鋭く両名を睨みつける。

 「どうもこうも、薩摩に利点の無か盟約。長州を救えの一点張りでは、薩摩に滅べと申しておるとしか思えもはん」

 西郷は龍馬を睨み返すが、龍馬は一向に怯まない。イチ浪士である龍馬が、事実上薩摩藩を動かしている西郷に対して一歩も引かない光景は、まさに異様な世界である。

 「まだ西郷さんは自分かの。どこを切っても自分、自分。我が藩が、他の藩が。小松さんまで揃って、保身に走るがか…。正直がっかりぜよ」

 「無理を言うな。我等は薩摩を預かる身ですたい…。民を迷わす訳に行きもはん」

 小松が龍馬の言葉に反抗する。

 「長州藩の民は、どうなってもエエ言うがか!? おまんらぁの唱える倒幕ち、薩摩を救う事だけかいの!? この先の戦も、不戦を訴えたら終わり…後は長州が滅んでもエエっちゅう事かいの?」

 「仮に長州が敗れた時、我が薩摩藩すら立場が危うく成り申す! 両藩共倒れとなった暁には、倒幕を唱える藩は無くなってしまい申す」

 「敗れる為に戦をするがやないがぞ! 仮に長州が敗れれば、幕府は更に暴走するっちゅう事が分からんかの! そうなれば倒幕派は一気に根絶やしにされるがぞ! 武力の脅しで出た勅命とは言え、その戦で長州が負けるっちゅう事は、倒幕派には最後の大戦になるがじゃぞ!」

 龍馬の怒号が西郷達を包み込む。流石に返す言葉が無く、二人は無言になる。


 「長州は、長州の為だけに命を賭けちょる訳では無いがぞ…。他藩の被害を最小限に抑える為、中岡が調べ上げた兵糧庫への奇襲作戦も練り上がっちょる。協力してくれる薩摩への兵糧米も、確保しちゅう。ワシ等亀山社中も船を以って海より攻撃する算段も立っちゅう…。西郷さんも小松さんも、今、この時、動かにゃこの国の未来は無いがぞ」


 西郷は腕を組み、目を伏せ、暫くの間考え込んだ。そしてそれを見る龍馬は、答えを導き出す西郷の答えを待った。

 まだ寒さが厳しい夜、火鉢にある炭が僅かな朱色を覗かせている。


 「坂本さぁ…明日の夜でも良かですか…。薩摩の無礼を詫びる為、他の者も同席をさせ、盟約を結ばせて頂き申す」

 「西郷さん、小松さん…分かった! 桂さんにはそう伝えるき、今度こそ頼むがよ!!」

 龍馬は額を畳に押し付けるように頭を下げ、西郷と小松に礼を言い、部屋を飛び出した。


 「西郷どん。坂本さぁは不思議な男でおいますな…。土佐藩浪士という事に囚われず、我らよりも国を想う…」

 「坂本さぁは脱藩の身。藩士として動いてはおいもはん。日本人として、この国を救う為に奔走しておい申す」



 翌日一月二十一日の深夜から、二十二日の明け方にかけて会談は行われ、その盟約はなった。そして、その会談の出席者は、薩摩藩側に西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀、島津伊勢、桂久武、吉井友実、奈良原繁という顔ぶれに対し、長州側は桂小五郎、という異例の会談となった。



 会談を終え、一旦長州に戻る桂はこの後、龍馬に盟約書の裏書きを依頼している。

 一介の浪士に過ぎない龍馬が、薩摩・長州両藩に寄せられている信頼は計り知れない。


表に御記入しなされ候六条は小・西両氏および老兄龍等も御同席にて談合せし所にて、毛も相違これなく候。従来といえども決して変わり候事はこれなきは神明の知る所に御座候。



 倒幕派の先頭を走る両藩の深い信頼を得ている半面、龍馬には既に巨大な敵も存在していた。

 時の流れは加速し、滑り始める。

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