元治二年四月
元治二年4月上旬。京に滞在している龍馬の元に、長崎から知らせが入る。
『グラバーからの武器購入、到着が8月となる』という物。新式銃4千挺を当てにしていた薩長盟約が、俄かに揺れ動いた。龍馬は、すぐさま長崎に遣いの者を走らせ、自身は長州へと向かった。
「夏だと!? 薩摩はここに来て、惜しくなったのか! 長州では既に戦の準備に入っている所だぞ」
激昂する高杉。新式銃を当てにしての軍備であったので無理も無い。
「高杉さん、これは薩摩の仕業じゃないがよ。恐らくグラバーっちゅう男の駆け引きじゃ。買い叩いたからのぉ…。値を上げようとしちゅうがよ」
「そんな商人の算段に呑み込まれては、この先戦なぞ始められぬ!」
「分かっちゅう、分かっちゅう。今からじゃと5月下旬には間に会わんが、ワシも直ぐに交渉に向かうき、鎮めてくれんかいのぉ」
激昂する高杉を鎮める龍馬、それを冷静に見ている桂。と、今度は冷静な桂が、眼光鋭く龍馬に問う。
「薩摩がここに来て、我々を裏切るつもりじゃないだろうね?」
「西郷さんがそんな事を考える筈無いがやろ。これはワシの落ち度じゃき、薩摩は関係無いがよ」
「キミは自分の落ち度で、長州が滅ぶかも知れないと分かって言っているのか?」
変わらず冷静に、鋭い眼光で龍馬に問いかける。
「薫殿…知っちょるがやろ? 新撰組の浅野薫じゃ」
高杉と桂は、小さく頷く。余りに冷静な龍馬の態度に、二人は違和感を感じていたのだ。
「夏以降に、幕府は動くようじゃ。それまでは薩摩藩が幕府の動きを抑え込む手筈になっちゅう。必ず武器は間に合わせるき、少し待ってつかぁさい」
暫く問答はあったが、新撰組内部の人間の情報であれば、間違いないだろう…と、二人は納得した。が、薩摩への不信感は消えず、近々西郷との面会を望んで来た。こうなってしまっては、龍馬に断る事も出来ず、5月下旬辺りでの面会を約束させられた。
そして、それと同時に薩摩からの情報として『幕府からの出兵命令拒否』を、諸藩に説いて回る事、万が一出兵した場合に、その藩の兵糧庫の位置、武器の場所などを密偵を使い洗い出す。という事を伝えた。その内容だけで高杉と桂は、作戦の全貌を把握でき、奇兵隊による奇襲攻撃を展開できる訓練に切り替えた。更に、後の亀山社中が、軍艦を使い海から援護する、との確約もしていた。
龍馬はそのまま長崎に渡り、小松帯刀に依頼し同行してグラバーとの商談に向かう。
契約違反を旨にした交渉は龍馬達が優位に進め、新式銃四千三百挺、旧式銃三千挺という要求を、薩長への謝罪を含めて了承させた。
そして交渉が終わると、直ぐに京へ向かい西郷と再会し、長州との面会を迫った。
事の重大さを汲み取った西郷は、六月一日の面会を約束。その事を龍馬は、遣いの者を走らせて長州へと知らせた。
物々交換を中心に盟約を謀る以上、物が無くては互いに不信感が芽生え、この先の争いに繋がる事は間違いない。西郷自身も良く納得していた。
何とか今回のグラバーとの商談から生まれた軋轢を納める事に成功した…と、安堵した龍馬は、西郷と共に薩摩へと向かい、まずは薩摩藩への説得に入ったのだった。
しかし、水火の如き関係にある両藩に、この先も度々問題は巻き起こる。その都度龍馬と中岡は、西日本を走り回り事を鎮める事になる。この行動力無くして、薩長同盟は成り立たない。
そのもう一人の立役者である中岡慎太郎はこの間、長州周辺の諸藩を歩き、対海戦用の砲台の場所、兵糧庫の場所などを探っていた。
薩摩と長州は、まだ交わる事が無い。




