独り立ち
謹慎の後、山南が部屋を出たのは三日後の事だった。
部屋の障子を出た所には、隊士全員が列を作り、皆一様に涙を流していた。その列の中を潜り、山南は東の蔵に連れて行かれた。純白の布を纏った彼は、隊士の間を通りゆっくりと蔵へと移動して行く。
沖田は近藤・土方に付き添い、山南と共に蔵の中へと入って行った。
元治二年2月23日。山南敬助切腹。しかし隊士達はこの一件を語ろうとしない。彼が脱走したと言うのは信じられておらず、何らかの事情があり、『新撰組を頼む』という遺言にも似た一言から、何かしらの陰謀を封じる為だと感じる者も少なくなかったからだ。
薫は沖田達とは逆に廊下・縁側と渡り歩き、西の蔵が見える場所に腰を掛けた。
薫も近藤同様に三日間を泣き続け、涙も出ない程になっていた。黙って京の前川邸から見上げる空を吸い込むように深呼吸をした。春も近付く暖かい日だった。前川邸にある門の外には、界隈から町民が集まり隊士達と同様に泣いている。愛されていたのだろう…皆一様に泣いていた。
そんな中で薫は、『天地が回る』感覚が襲って来ない事に、山南の死が刻の流れに即しているのだと感じ、同時にこの時代から取り残されている疎外感も感じていた。
そんな薫の隣に、一人の男が座る。沖田や山南のような男とは違い、やたらと不躾で、良く言うと男らしい座り方だ。
「浅野よぉ…人ってのは分かんねえな。俺なんて、腹を切っても死ねなかったんだがな…。あんなに愛された人は、あっさり切れちまうもんなんだな」
涙の後でグチャグチャにした男は、腹を擦りながら話しかける。
「そう言えば、浅野とこうやってまともに話す事は初めてだったか、まぁ、よろしくな」
そう言って薫の肩をポンと叩く。
「原田組長…。酔うと腹の傷ばかりしてましたよね。声が大きくて、その声だけは聞こえてましたよ」
「おぉ! こいつはすまねぇ…。どうも癖らしくてな。だが、その話しも暫くはしたくねぇな。なあ、浅野、此処に居ると息が詰まって仕方ねえ。見廻りにでも行かねえか」
「一番隊と十番隊では、見廻る場所が違いますが…」
「お前ぇ…察してくれねえか…」
原田はそう言いながら立ち上がり、奥の部屋へと向かって行った。
『これ以上、この時代と関わりを持ちたくない』という気持ちと、『山南敬助の遺言』の間で揺れ動く気持ちを抱きながら原田を待つ。
「さぁ…行こうか、浅野」
ゆっくりと庭に降りる原田は、自慢の槍を担ぎ直してさっさと門を出て行く。
この場に居たくないのだろうという心境は、痛烈に理解できる。薫もゆっくりと草鞋を取りに行き、原田の後を追う。
京の町は賑やかだ。山南が守ると決めた街並み、町民…。いつもと変わらない風景に、槍を担いだ男が一人。十番隊組長、原田左之助の背中には山南の意思も担いでいる様に思えた。それは、恐らく新撰組隊士全員が同じだろう。薫自身も迷いがあるとは言え、その『遺言』は重く圧し掛かっている。
『見届ける必要がある。この時代が終わるまでは』
薫はこの後、一番隊付きから完全に独立し、監査役としての職務を行う事になる。