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維新の剣  作者: 才谷草太
同盟への歩み
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二つの盟約

 「つまりは、昨年の暮れに起こした長州の改変により、幕府軍が長州討伐に至ると言う事ですね?」

 薫は桂・高杉の熱を帯びた弁論をまとめ、山南の顔を見る。薫の視線を感じた山南は、小さく頷いた。

 「ああ、まだ事は動いちゃいないが…大規模な戦になるだろうよ。長引けば長州は必ず負ける。しかし短期決戦でも、我が藩にも勝ち目は無い。何せ紀州・松山・宇和島・薩摩が一挙に攻めて来る事が予想されるからな…」

 高杉がキセルでぷぅっと煙を吹きながら話す。それを見た桂が後に続き、

 「武器が足りないんだよ、我が藩は半ば孤島と化してるからね…改変の成功は、藩内での事変だったからこそ成功したが、諸藩に攻められては…」

 そう言いながら、腕組みをする。

 そんな二人を見ながら、薫はぐっと背筋を伸ばして、爽やかな顔をして言い放つ。

 「恐らく薩摩藩は挙兵しませんよ。薩摩が挙兵しないとなると、それに伴い出兵を拒否する藩もあるでしょう」

 「佐賀藩・津和野藩は敵に回らないと言う事か…」

 高杉が口にすると、ようやく山南が参加して来た。

 「佐賀は異国との交易で武器が豊富に手に入る。そこを抑えると、事が不利になる要素が減る、という訳だね…。薩摩は坂本という男が抑えているらしいが、その力は信用できるのかい?」

 「龍さん…坂本殿なら大丈夫でしょう。最も、今はどこに居るのか見当も付きませんが…恐らく、薩摩にとって、長州は命綱ともなるべき藩になりますからね」

 薫の言葉に、三人は目を丸くした。

 「同盟を進めているとは聞いているが、薩摩にとって我が藩にそれ程の魅力があるのか?」

 高杉が薫に疑問を投げかける。というのも、倒幕意思では同じくしていても、犬猿の仲である両藩。その両藩が手を組む上に、現在の薩摩藩は表向きは中立から幕府寄りになっている、と言っても良い。その薩摩が長州と結ぶ事は想像し難い。

 「開港に伴う輸出、政情不安定による備蓄等で、米価が上昇しています。そこに追い打ちをかける各藩の内乱、一揆。そして今後起こり得る第二次長州征伐戦争…米価は天井知らずに上がるでしょうね。従来米不足の薩摩藩にとっては、これ程の痛手は無いと思います」

 薫が桂に向かい、以前話した薩長同盟を諭す。

 「分かってる。毛利殿にも進言して了承を得ているが…この先起こる戦で、その同盟価値も更に上がるという訳か」

 「薩摩と同盟を結べば、兵糧に不自由しない長州は激戦に堪え、佐賀藩・薩摩藩の援護の無い九州勢は弱る一方。さらに追い打ちをかける兵糧の不足…。戦が長引けば長引くほど、長州有利となるでしょう」

 薫がそこまで語ると、山南が疑問を投げかけた。

 「幕府軍はどうなるんだい? 確かに各藩の力が弱まるが、裏には幕府軍も進軍してくるだろう?」

 その質問には高杉が応えた。

 「山南さん…だったね。江戸から長州まで来るのに、どれだけの兵糧が必要だい? 今の幕府は、先駆けを任せるのは諸藩で恐らくは周辺各藩のみ。大群が江戸方面から来る事は無い。同盟が先に結ばれれば、これは倒幕派の勝ち戦になるさ」

 高杉は既に勝利の要素があった事に満足し、桂を睨みつける。

 「なあ桂。今こそ長州に凱旋し、同盟を含む計略を計ってはくれないか。今こそ、お主が必要なのだ。機は熟した…という事だ」

 その高杉の言葉を聞き、桂も目を伏せたまま頷いた。

 「よし…では、早速出立だ。桂よ、藩に戻るぞ」

 「ちょっと待って下さい。こちらの…」

 山南が高杉を制する。もちろん、長州の藩政相談でわざわざ来た訳では無い。山南にとっては、ここからの交渉が命を掛けるべき事なのである。

 「あぁ、そうだったな…。申し訳ない、お話を伺おう」

 桂は落ち着き、山南の話しを聞こうとする。高杉もそこに再度落ち着き、囲炉裏にキセルを置く。


 山南は咳払いを一つ、仕切り直して話し出す。

 「新撰組屯所を、西本願寺に移す計画をご存知ですよね?」

 「あぁ、毛利様と所縁のある寺だ。いずれそこにも…」

 高杉が口を挟む。

 「まぁまぁ、最後まで話しを聞いて下さい。新撰組隊士の中にも倒幕派が居ます。しかし、それを束ねようとする男が新撰組の乗っ取りを計画している恐れがあります」

 「大歓迎じゃないか。人斬り集団が丸々こちら側に移って来るなら、京での形勢も一気に塗り替えられる」

 「高杉さん、落ち着いて最後まで聞いて下さい」

 今度は薫が高杉を止める。

 しばらく時間を開け、山南はやれやれ、という表情で話し出した。


 「新撰組は人斬り集団ではありません。京の治安維持として組織されているのです。最も、今では佐幕派が中心となり、勤王思想を敵視し、無駄な血を流している事も事実です。ですが、その集団が幕府に反旗を翻し、過激な勤王思想集団になった後に残るのは何でしょう」

 「まぁ、想像に難くないな。手当たり次第に佐幕派を斬りまくるだろう。そうなれば幕府の力も弱まるって事だ」

 「ええ、京の町は地獄となります」

 「今と変わりはしないだろう。現に我々は新撰組に斬られ、殴られ、地獄を生き延びて来た」

 「ならば、新撰組が屯所を移した後、勤王集団とするにはどうなると思いますか?」

 「勤王思想の中心人物と計り、近藤・土方を斬る…だろうな」

 山南と高杉は、互いに言葉を交わす。その内容は避けて通れない、と思わせるような会話を続けている。

 「ならば禁門の変にて御宸翰ごしんかんを賜っている会津藩は元より、孝明天皇をも敵に回しかねない、と御承知の上での戦をなさられるか? 朝廷を敵に回し、何が勤王ですか」

 「聞いて呆れる。朝廷に気に入られる集団が、勤王の志士を斬り捨てているのだぞ」


 相容れぬ言葉の応酬。互いの言葉に間違いは無く、この時代を象徴するかの如く混乱していた。

 この応酬を一掃したのは、薫の一言だった。


 「勤王・佐幕などと聞き飽きた。どちらに転んでも恨みしか出ないじゃないか。それに慌てて動いてどうする? ここで長州が知らぬ存ぜぬを通せば、いずれ過激勤王思想を持つ人は新撰組を離れるとは考えないのですか? もちろん、彼が抜けても過激佐幕思想の新撰組が残りますが、恐らく今予想されている長州征伐が終わった頃には、その論争も終わりに近付くと思いますよ? ですが、今動けば朝敵となり得、薩摩との連盟も廃棄案。長州に明日は無くなります。大局を見抜けぬ程の男は、ここには居ませんよね…桂さん」

 「藩・思想ではなく、国をみよ…と言う事ですね」

 桂はニヤリと笑って立ち上がった。

 「高杉、長州に戻りましょう。脱走まで試みて、我等に危機を教えてくれたのです。山南さん、西本願寺、一時新撰組にお預けいたします。願わくば、貴方から平和に西本願寺をお返し頂きたいが…」

 脱走という行為の後、山南の身がどうなるかを感じた上での言葉だった。


 そして、その言葉を聞いた高杉は座ったまま桂に問いかける。

 「長州がこの戦で勝てば、流れが来る、というのだな?」

 「いや、流れが来るのは薩摩藩と同盟を結べた時だ」

 そう言うと、さっさと農家を出て行った。


 「軍を率いた策略の方が簡単で良い…。政治は分からんよ」

 山南と薫に軽く頭を下げ、高杉も農家を出る。



 農家に残された山南は、薫に安堵の息と共に語りかける。

 「伊東の野望は阻止できたのかね?」

 「新撰組を我がものとする野望は潰えました。そして、長州征伐戦が終わった後、恐らく急激に情勢は変わると思います。できれば血を流す事無く、平和が来れば良いのですが…この時代、そうもいかない様ですね…」

 「最小限の血で済むならば、後悔はありません」

 山南の脱走は、結果として新撰組と京の町…そして長州と朝廷をも守る結果となった。

 死を受け入れた山南の隣で、刻を巡る前兆が消えた裏で、その人の死が絶対条件だという事を改めて知った薫が、言い切れぬ気持ちを抱いていた。

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