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維新の剣  作者: 才谷草太
同盟への歩み
32/140

武士として

 大坂の町を歩き回る二人。なかなか目当ての男達は見つからず、桂がイライラして来ている。

 「坂本君、結局四軒とも外れだったが…本当に見当は付いてるのか?」

 「一発で見付けられる程間抜けな連中なら、とうに新撰組が見付けちょる」

 龍馬自身も、土佐の人間が逃げ込みそうな場所を中心に探している。もちろん土佐所縁の商家だけではなく、裏で繋がっている商家、民家も捜索して行く。


 五件目の捜索が終わった時、沖田と薫も合流した。

 「どうじゃった、新撰組の方は?」

 「だめですね…ま、期待はしていませんでしたが」

 「仲間よりも坂本君頼りかい。新撰組も頼りにならないね」

 「桂さん…もうその辺でやめましょうよ」

 薫も面倒臭くなって口喧嘩を止めに入った。


 六件目、普通の酒屋に着いた薫達。先に龍馬が中に入る。

 「御免、主人は居るかいの」

 「お、坂本の。久しぶりやの、どないしててん」

 「あいや、今日は友達を探しに来たがぜよ…土佐の友達が、京から居らんようになってしもうての」

 「ほうか…ま、坂本の旦那ならエエやろの。二階に行ってくれ」

 「二階じゃの。おおきに」

 龍馬はニッと笑って、外の仲間に声を掛けた。そしてその声に誘われて、薫・沖田・桂が入って来る。

 「ちょ…旦那、そりゃ無いで。ワテの商売の邪魔しに来たんか」

 「大丈夫ちゃ。主人に迷惑はかけんき」

 そう言いながら奥の階段を上がって行った。

 「六件目で当たりか…まあまあだね、坂本君の情報網は」

 「見るからに土佐とは縁の無い酒屋…こんな所も潜伏先にするのか。今後は注意しよう」

 「大坂の任には就かないで下さいよ、こんな探し方をされたら、龍さんに迷惑が掛かりますから」

 口々に喋りながら昇る三人を、店の主人は青ざめた顔で見上げる。

 「新撰組に桂…坂本の旦那の交友関係は、いつも謎やな…」


 二階に上がり、一番奥の部屋に向かう龍馬。何も言わず、いきなり襖を開け放つ。

 「おぉ、居った居った」

 「誰ぜよ、おんしゃ!」

 まぎれも無い土佐弁…だが、人数がやたらと多い。

 「四人じゃなかったのか…まあ良い」

 沖田がそう言いながら部屋に入ると、土佐の男達は一斉に身構える。

 「き…貴様は沖田総司! 見つかってしもうたがか…」

 そう言うとゆっくりと抜刀する。室内には8名の浪人が居た。

 「まぁ座れ。今の沖田殿は斬らんがよ」

 「!? おまん土佐藩士か…?」

 「おう、ワシは坂本龍馬言うがじゃ」

 「おまんが…武市先生の言うてた坂本殿か! 土佐にあだたぬお人じゃと、酒を呑む度に…」

 「ほお…ワシの事をか。嬉しいの…」

 「その先生も、今じゃ獄中じゃ…ワシらは何とか先生を助けにゃならんがよ!」

 「それで大坂に火でも着けたら、武市さんが助かるがか?」

 その問いかけに、勤王党の男達は黙る。

 「今、本当に倒さないかんがは、幕府じゃなか。各藩それぞれがバラバラになっちゅう現状じゃ。一つにならんと、あの黒船を操る外国には勝てんぜよ。その為には、おまんらが死んだらいかん」

 「ほいたら、ワシらはどうすればエエがじゃ! 先生も投獄され、指導者を失のうてしもうたがじゃぞ」

 「自分で考えるっちゅう事をせんがか、おまんらは」

 龍馬はそこまで言うと、薫に目を移した。

 「斬り合う事が全てじゃ無いき。とにかく、この浅野殿の話しを聞け」

 「田中、大橋、池田、石蔵屋殿はおられるか」

 「おう」「ここに居る」「何じゃ」「…」

 それぞれが薫の呼びかけに応える。

 「ぜんざい屋襲撃の生き残りですね。あなた方はこれから薩摩に向かって貰います。その先は、薩摩の西郷殿に匿って貰って下さい」

 「何ですって? 引き渡しは…」

 沖田が口を挟むと、桂がそれを制する。

 「新撰組に渡すと、間違いなく切り捨てられるだろうからね…」

 その言葉に、沖田も言葉を殺した。斬らずに丸く納める方法…それを確かめるのだ。

 「あなた方は大坂から薩摩に向かいます。その後、薩摩と長州の同盟の手助けをして頂きます」

 「薩摩と長州じゃと? 何を言うがかおんしゃ…こうなったのも、その両藩が巻き起こした事が発端じゃぞ。犬猿の仲のそれらが同盟など結ぶ筈はなかろうが!」

 田中光顕が笑いながら薫に吐き捨てる。

 「そうかの…既に長州は興味を持っちょるがぞ? なあ、桂殿」

 今度は桂を見ると、コクっと頷く。

 「おまん…長州の桂かや!」

 今度は池田応輔が驚きを隠せずに呆気に取られる。

 「新撰組に長州に…土佐の郷士が一緒に何をしちゅう…」

 相容れる筈の無い組み合わせに、勤王党全員が我が目を疑う。

 「これこそが、これからワシらがやろうとしちょる事ぜよ。身分も藩も関係無い、ワシら一人ひとりが国なんじゃ」

 龍馬がガバっと大きく腕を広げ、天を仰ぐ。


 暫くその龍馬の姿に呆気に取られるが、薫がその空気を元に戻す。

 「とにかく今は急ぎましょう。早く港で船に乗って逃げないと…」

 「そうじゃの。ここから先はワシが送って行くき、薫殿達は京に戻るとエエがよ」

 「分かりました。助かります。では沖田さん、しばらく大坂見物でもして、適当に京に戻りましょう」

 そう言いながら沖田に視線を移すが、どうにも釈然としていない。

 「このまま帰って良いのか…敵を前にして…」

 沖田は鯉口を切った。

 「いかん、みんな早う行くぜよ!」

 龍馬は勤王党全員を促し、酒屋から出て行く…が、一人残っている勤王党の男が居た。

 「ワシは唐山陽之助。同士を斬った新撰組を目の前にして、逃げるなどできん!」

 「だめだ、二人とも刀を納めて!」

 薫が叫ぶが、沖田は抜刀をして構える。

 「龍さん、他の人達を連れて行って下さい!」

 騒ぎが大きくなると、新撰組もここに駆け付けて来る。この人はもう逃げられない…そう判断した。

 そして、その事を察した龍馬も、下から声を掛ける。

 「分かった! 薫殿、後は任せたがよ!」

 大勢の足音は、酒屋から遠ざかった。

 「沖田殿、それがやっぱり君の正体だね」

 桂が構えを取る沖田に言う。

 「私は新撰組…やはり逃がす訳にはいきません。これが私の武士としての判断です」

 唐山と沖田は、狭い室内で切先を合わせる。その瞬間、沖田の突きが唐山の太刀を横に弾き、左肩を貫く。

 「沖田さん!!」

 薫は悲痛な叫びを上げた。そして桂はその光景を見た後、目を瞑る。

 左肩に刺さった太刀を引き抜き、再び構える。そして、唐山も右腕だけで構える。

 「止めろと言ってるのが…」

 薫は鯉口を斬ると同時に、沖田と唐山の太刀を斬り上げ、上方に弾いた。

 「分からんのか!」

 腹の底から声を絞り出す薫。その声は沖田も聞いた事の無い、殺気の籠った声であり、その斬撃も今までの薫とは比べ物にならない重さと早さがあった。

 「お前らが斬り合った所で、この国の何が変わると言うんだ! 

新撰組?勤王党? そんなちっぽけな物の為に、何人の人を斬り殺した! それでこの国がどう変わった!」

 これには流石に桂も驚いた。沖田も同様に驚き、また同時に心に刺さった。


 薫の怒号の後、静寂に包まれていたが、唐山が口を開く。

 「せっかくのご厚意に水を差してしもうたの…。沖田殿、ワシを屯所に連れて行ってくれんか」

 「唐山殿…?」

 「こうなったのも、思慮の足らぬ行動のせいじゃ。せめてもの、武士の一分を通させてくれんか」

 沖田は黙って俯いている。無理も無い。自分が四人で打ち合わせをした事を裏切り、こうして一人の男を犠牲にしてしまったのだ。

誰も切る事の無い世の中を作る。それを自らが挫いてしまったのだから。

 「まぁ…お主が犠牲になったら、他の勤王党の連中が逃げても、沖田君の責任にはならないね」

 桂の言葉に、唐山は微笑んだ。


 「一人の死で、仲間と敵を救う…死ななくても、事は解決したんだ…」

 薫は絞り出すように言い放った。


 こうして、龍馬は勤王党残党を引き連れ、大坂の港から薩摩に向けて出立した。彼等は後に西郷を説得、庇護を受けた後に、龍馬が設立する集団の一員となる。



 犠牲者一名となった酒屋の前に、真っ黒に汚れた浪人が一人、怪しい笑いを浮かべていた。その男は、ゆっくりと踵を返し、酒屋の陰へと消えた。

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