道中
大坂までの道中、やたらと口喧嘩が多い四人が山道を行く。
幕府要人警護・反倒幕派として名を広めた新撰組一番隊組長、沖田総司。
薩摩藩付き土佐藩士、坂本龍馬。
長州藩士であり藩の中枢に影響力を持つ、桂小五郎。
それぞれがそれぞれを敵対視しても良い関係の三人だが、龍馬は二人と接点を持ち、なだめている。そして、その三人を引き合わせたのが、現在新撰組監査であり一番隊士、浅野薫である。
これだけの男達を抱えては、普通に関所を通る事も困難な為、龍馬の案内でこっそりと大坂に向かう事になった。桂は今で言う所の「指名手配犯」であるから、こうなるのは仕方が無い。
「こんな奴を連れて行くから、獣道なんか通る事になるんですよ」
「こんな奴だと? お前達新撰組が出て来なければ、立場は逆転していた事を忘れるな!」
「まぁまぁ、そげに吠たえんでもエエやろ、犯罪者になってしもうたがは桂さんの意思じゃろう」
「何を言うか坂本君。我等は国の為に…」
そんなやり取りを延々続けている。
「三人とも、そんなに怒鳴り合ってると、関所を避けた意味がなくなりますよ」
薫がそう言った矢先、茂みから男が飛び出してきた。
その男を見るなり、龍馬は桂の顔を見て
「桂さんのお友達かいな?」
「汚い格好で茂みから飛び出すのが、全て私の友達だとでも言うのか? 私は知らないよ」
随分間の抜けた会話の直後、四人の背後にも数人の男が飛び出して来た。
「ちゃちゃちゃ…いかんぜよ、冗談ばかり言うておったから気付かなんだが…」
「全くですよ、沖田さんまで気付かないなんて…」
「いや、面目ないの一言しか出ません」
沖田と龍馬は頭を掻きながら謝った。
「で、物取りですか? 辻斬りですか?」
薫が男達に聞く。見まわした所、どうやら13人のようで、他に隠れてる気配は無い。
「余裕を見せてるつもりやろうが、おどれら幕府のモンやろが。先には行かせへんぞ」
「ほう、関西の訛りですね。しかし、幕府の人間がわざわざこんな道で関所越えをすると思いますか? 思慮が足りませんね」
「な…何やと! おどれら4人で俺らを相手にできる思うてんのか!」
「何ちゃ、面倒な事になって来たのお…。ここは沖田殿に任せるかの」
龍馬は笑いながら沖田の肩を叩いた。
「嫌ですよ、面倒くさい…。龍馬殿も北辰一刀流免許皆伝とお聞きしましたが、御一人で十分ではないですか?」
「ワシは人を斬るのは好かんがじゃ…。桂殿、残念流じゃったかの、免許皆伝とか…」
「君は私をどうしたいんだ? 神道無念流だよ。何だよ無念流って…その時点で負けてるじゃないか」
「あはは、そうじゃったかの。記憶が定かでは無かったき、勘弁してつかぁさい」
賊を前にも口喧嘩を止めない三人は、流石と言えば流石ではある。が、そんな中でも斬り掛からないこの連中は、どうやら大した事は無さそうだ。それは4人が全員感じていた。
「一人3人、沖田殿は4人で割りきれますね」
「さすが桂さん。算術は御手の物じゃの」
「割り切れてませんが…まあ、良いですよ」
イマイチ納得できていない沖田は、不満そうに抜刀すると、他の二人も抜刀した。
「分かってますね。殺さないで下さいよ」
薫が3人に声を掛けると同時に、沖田が二人を打ち倒した。
「峰打ち…で、大丈夫ですね」
その言葉を聞き終わる頃には、桂と龍馬も3人を倒していた。
「ほれ、あと五人じゃ。ワシらはちっくと休んじょるき、頼むの」
「流石に…あっと言う間ですね…しかし、抜刀術でどうやって峰打ちをしましょうか」
薫が鯉口を僅かに切り、正面の3人と向き合う。
沖田は一人の腕を峰打ちで折り、もう一人の水月に強烈な打撃を入れた。
「あら…残るのは私の3人ですか…」
「薫殿、面倒じゃき斬ってしもうたらエエがじゃ」
「そうですね、では…」
そう言いながら足を開き、腰を落として構える。…が、まるで鬼のような剣豪三人を見て、残りの賊は一気に茂みへと逃げて行った。
「ひ…卑怯だぞ薫殿、逃げると分かって抜かなかったな!」
「卑怯とは失敬ですね、これも兵法ですよ」
「全く…薫さんはそうやっていつも抜こうとしないんですから…」
「しかし何じゃの、この四人じゃと道中の心配もせんでエエの」
「この四人だから、この道を選んだんでしょ、龍さんは」
「何? 坂本君、わざと危険な道を選んだのか! 忘れないでく
れ、私は身を隠して但馬へ…」
山道は龍馬の笑い声を引きつれて日が沈む。どうやら道中の心配は無さそうだが、宿も無さそうだ。
今夜は野宿を覚悟した一行だった。