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維新の剣  作者: 才谷草太
京の狼
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天狼の入隊

 以蔵と安藤の斬り合いを見届けた後、部屋に戻った土方と近藤は、体に沸き起こる剣士としての血を抑えていた。

 「正しく修羅の業だな…噂に轟く神速、いやそれ以上だ」

 「ここしばらくはその噂も途絶えていたが、軍艦奉行の護衛をしていたとは驚きましたね」

 二人は座る事無く話している。

 「軍艦奉行随行の者を斬ったとなると、池田屋でようやく認められた我等も賊軍になる所だ…規律をもっと厳しくせねば、後々末端の者達の中から狼藉者が出る可能性もあるな」

 「以蔵殿が居なければ、我等新撰組は解散、下手をすれば全員が打首となっていたでしょうね」

 「全くだ。しかし、あの剣は新撰組に欲しいな。これからは更に倒幕派の動きも過激になるだろうからな」

 「以蔵殿は沖田に任せています。奴ならあれ程の腕を見せられ、外に逃がすような事はしませんよ」

 「天才は天才を欲する…か?」


 以蔵の太刀・脇差を持った沖田は、困惑の表情をしたまま縁側で以蔵を見つめている。

 「沖田殿、私をお斬りになられますか?」

 以蔵は爽やかな表情で沖田に問う。覚悟を決めた、という表情では無い事は、沖田にも分かる。

 「斬られるなんて、思ってもいないでしょう。意地悪な事を言うのですね」

 以蔵は両腕を広げる。その両腕は、わずかに震えている。それは武者震いなのか恐怖なのか、以蔵自信にも分からない。

 「軍艦奉行随行の者への暴行の罪は無くなりました。主犯格の暴走だったという事になるでしょう。坂本という男も、恐らく私の考えを理解してくれると思います」

 「罪は我々側に在り…という事ですね。そして、震える両腕を見せつけ反抗の意思が無い事を現し、自分の処分は新撰組に任せる…。しかし、我らがここで岡田殿を斬れば、益々我等に分が悪くなる」

 沖田はそう言いながら、刀を以蔵に返す。

 「全く意地が悪い。我等に選択の余地を残す事無く、事を納める方法を既に持っているとでも言いたそうな顔…」

 以蔵は口元を緩めながら、沖田に言及する。

 「安藤殿を斬った者が、新撰組の者であったなら…勘違いによる暴走を、隊士が粛清したとなれば、事は済みます」

 「あくまで新撰組としての責任を取ったと?」

 「はい。恐らく土方様達も、結果としてそうなる事が希望と感じます」

 「面白い人だ。しかし、その策は気に入りました。何よりあなたの剣術をもっと見てみたい」

 沖田はそう言いながら、自分の羽織を手渡した。

 「ダンダラ模様…本物か…」

 新撰組の象徴ともいえる薄い水色に、山形の染め抜き。あまりにも有名な羽織。しかも沖田総司が今まで着ていた羽織である。

 「岡田殿は体躯も立派なので、合わないと思いますが…後ほど採寸し、仕立てさせます」

 「有難い。今はお借りして寺田屋に向かいます」

 「私も同行します。参りましょう」


 事の成り行きとは言え、新撰組に入隊してしまった以蔵。もう既に歴史の中に巻き込まれ、抜け出す事が出来ないのは覚悟をしていたが、あまりにも唐突で、あまりにも多きな変化に少し混乱していた。


 沖田を連れた以蔵は、新撰組の羽織を纏い、今度は大通りを歩く。池田屋騒動で新撰組は京でも有名になっており、中でも土方歳三、沖田総司は現代で言う所のアイドル的存在となっていた。土方は男らしく二枚目であり、沖田は色白で美形。しかも副長と一番隊隊長と言うほどの人物。大通りを歩く時は羨望の眼差しで見られる事も多かった。

 事実、この時の視線も沖田には相当注がれていた。以蔵自信、これがただの時間旅行であれば悲鳴を上げる程の連中の中で生きているのだ。


 寺田屋までの道中、以蔵と沖田は剣術の話ししかしていない。天才剣士と言われる沖田は、眼前で見た神速の居合術に惚れ込み、自分の物にしようと以蔵に心得を聞き、以蔵も沖田という型にはまらない男に惹かれていた。龍馬とはまた違う天才を友にしたのだ。


 随分歩き寺田屋に着いた頃、沖田も以蔵も既に旧知の仲の様になっていた。


 「岡田以蔵、戻りました」

 入り口から二階に声を掛けると、龍馬が慌てて飛び出して来た。

 「なんちゃ! 遅いがよ以蔵殿! 何があったかゆっくり話して聞かせてくれんかの!」

 「新撰組の方が説明しませんでしたか?」

 「いかんちゃ、あいつが言うてる事がよう分からんかったき、追い返したがじゃ」

 階段を降りながら以蔵に話しかけ、以蔵の肩を鷲掴みにする。

 「おまんは大丈夫がか? 新撰組にいじめられちょらんがか?」

 龍馬は以蔵の体をペタペタと触り、無事を確認するが、羽織にはまだ気付いていない。

 「坂本龍馬様、ですね」

 沖田が龍馬に声を掛け、ようやくその存在に気が付いた龍馬。

 「お? おまん誰ぜよ、全く気付かなんだちゃ」

 「拙者、新撰組一番隊隊長、沖田総司と申す」

 「何じゃ、おまん! まだ斬り足りんがか!」

 以蔵の体から手を離し、後ろに跳び退く龍馬。そこでようやく以蔵の羽織に気付く。

 「以蔵殿…、その羽織は何ちゃ!」

 「騒がしいお方ですね…」

 沖田が苦笑いをしながら以蔵に言うと、流石に以蔵も苦笑いをした。


 「詳しく話しますので、2階に行きましょう」

 以蔵が龍馬の袖を取り2階に向かうと、沖田もそれに続き2階へと向かう。


 寺田屋の2階。

 事の発端と顛末を龍馬に説明し、深々と頭を下げる沖田を見て、龍馬はやっと理解した。

 「何じゃ…そんな事じゃったか。つまりアレじゃの、勘違いで暴行受けた新之助殿と、その犯人の粛清、侘び、その粛清の後始末で、以蔵殿は新撰組の立て直しを手伝うっちゅう事か」

 「まぁ…最後はちょっと違いますが、元は勘違いだったので、ここでわだかまりが残らないようにする為です」

 「分かった分かった。勝先生にはワシから伝えておくき」

 「その件でお願いがあるのですが…私が新撰組にお世話になっている事を、書面に残さないようにして頂きたいのです」

 「何故じゃ?」

 「軍艦奉行随行の者が、突然新撰組に入隊すれば後で怪しまれます。今回の事が公になると、お互いに取って良い未来はありません。沖田殿もよろしいですか?」

 「なるほどのぉ…以蔵殿は相変わらず色々考えちゅうのぉ」

 何に事は無い。以蔵が新撰組に入隊した、なんて記録が残ってしまうと、後の歴史が無茶苦茶になってしまうからである。

 「私は岡田殿の剣術を少しでも盗めれば、何も問題ありませんよ」

 沖田は素直に笑った。それを見て龍馬も笑い、

 「いや、沖田殿。お主は気に行ったぜよ。今度逢うた時には、飯でも酒でも共に喰らうがぜよ」

 「こちらこそ、坂本龍馬という男は一生忘れませんよ。こんな突拍子も無い謝罪を受け入れてくれる程の懐の深さ、感謝致します」

 「では沖田殿、そろそろ屯所に戻りましょう。土方殿や近藤殿にも許可を貰わなければ…」

 「そうですね。長居する訳にもいきませんから」

 二人はそう言うと、寺田屋を後にし、新撰組屯所へと向かった。


 …二人が帰った後の寺田屋。その謝罪が行われた隣の部屋から、一人の男が出て来た。

 「勝先生、お聞きの通りじゃが…」

 「うん、困った事をするもんだねぇ、新撰組も」

 「池田屋で名を上げ、のし上がったばかりじゃからのぉ…末端の者が浮足立って、乱暴を働いたのも分かるが、血生臭い集団になりそうじゃの」

 「以蔵さんも、とんでもない所に巻き込まれちまったね」

 「勝先生は黙認してくれるがか?」

 「以蔵さんをつなぎとめる事はできないだろ。元より時の流れからも縛られて無い人だからね」

 「知っちゅうがか…以蔵さんの事」

 「彼が選んだ道を、私達はただ見る事しかできないよ。それが例え血に染まる未来だったとしても」

 「それが未来じゃから…じゃの」


 龍馬と勝は、以蔵の知る未来がどのような未来だったかを案じつつ、この先の新撰組を警戒する事しかできないでいた。

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