刻の旅人
以蔵は勝海舟の元で、護衛として世話になり始めた。その間は勝の屋敷で寝食を共にし、いかなる時も勝の前を歩いていた。勝自身幕臣ではあったが、着飾るような男では無く、質素な生活と身形をしており、護衛も以蔵と高松新之助という男二人のみだった。
この高松新之助という男は変わり者で、勝を斬る為に近付き、隙を窺っている間に護衛を勤め出していたらしい。龍馬とはまた違い、何かの目的の為というよりも面白そうだから…という理由で護衛を
務めている。
「なあ、以蔵。お前は随分剣の腕がたつようだな」
勝が寄った団子屋の表で、新之助が話しかけて来る。
「そうだな…みんなそう言うが、俺はよく分からん。斬り合いになると自然に体が動くだけだ」
「自慢かよ、俺なんて斬り合いになると、どうやって斬られないようにするか、それしか考えないぞ」
「それで護衛が務まるのか?」
以蔵は懐に両腕を突っ込んだまま、新之助を軽く睨んだ。
「おぉ、怖い。活人剣以蔵に斬られるわ」
そう茶化しながら、新之助は話しを続けた。
「俺が護衛を始め、二人が先生を斬りに来たが…何とか斬られずに済んでるぞ。大声で脅せば、大抵の男は逃げる。それで金をくれるなら安いもんだろ」
以蔵は少々呆れて開く。
「逃げずに斬り掛かって来たら、どうする?」
「斬られれば、それで終わりだ。だけどな、俺が斬られてる間に先生は逃げられるだろう?」
「自分の死と引き換えに、先生を逃がすのか」
「俺は死なないぜ、逃げ通すさ。そうやって今、護衛にまでついて生き延びてるんだからな」
どうやら、生き延びる術は誰よりも持っているらしい。勝もまた、そんな所を面白がり護衛に付けたのだろう。
「以蔵、どうやらお前は俺と同じだ」
以蔵は、この時の新之助の言葉の意味が分からなかった。
「俺はお主とは違う。流れに身を任せているだけは嫌だ」
「刻の穴を抜けた者は、使命を探す旅を繰り返す。一度刻の穴を見た者は、二度と抜けられない」
以蔵は、その言葉を聞き、全身が凍り付いた。自分と同じ状況の男が他にも居た…?
驚愕する以蔵を見て、ニヤリと笑う新之助。
「やはり、お前も刻の旅人か」
確信を得た新之助は、一つ大きく息を吐き、小声で以蔵に語りかける。
「俺は過去から来た…。織田家に仕えていた小兵だったが、安土に城を築いてる最中に、最初の穴をくぐってしまった」
「最初…だと? 何度も刻を超えてるのか?」
「いや、正確には3度目でここに居る。最初は未来に飛んだ…世界大戦だった」
「太平洋戦争か!」
「お? 知ってるとは…お前は未来人か。そこで敵に突っ込んで果てた…ハズだったんだが、お次は更に未来に行ってしまったよ。そこじゃ犯罪人になってしまったがな」
「犯罪人だと? お前、歴史を変えたのか!?」
「さあな…変えたかどうかなんて、その先を知らない俺が分かる訳無いだろ」
以蔵は、その事を知りたくどんな犯罪を犯したのかを問い質した。
「3億を盗んだ。まぁ、その時代に居る筈の無い男が盗んだんだ。俺が犯人だって分かる訳無いよな」
クックと笑いを押し殺しているが、その時は愉快だったんだろう…以蔵は何気なく話しを聞いていたが、3億という額が記憶を呼び覚ます。
「お前、バイクで警官に変装してなかったか?」
「お、知ってるのか、それは俺だ!」
「何て事だ…迷宮入りした事件の犯人が、刻を超えたなら捕まる訳無いじゃないか…」
「でも、あの金を盗ったのはちゃんとした理由もあった。犯罪には違いないが…盗るしか無かったんだ。その時代の若者に命を狙われている女性を助ける為に…」
「…その若者は…?」
「さぁな…金を盗った直後に俺は死に、今ここに来てる」
歴史は変わらない…いや、今居る事が本当の歴史となり、自分は歴史の一部として動かされてる。刻の流れは偉大だ。どう足掻いても、そこから出る事なんかできる訳が無い。
「何だ、以蔵。やけに晴々してるな」
「新之助…俺はここで生きて行く」
「ああ、そうしな。力一杯生き、死んだ時にどこかまた穴に入って飛ばされるさ」
「どこに行くかは…運次第か」
「何だい、殆ど話しをしなかった君達が、昔馴染みの様に笑い合ってるなんて無気味じゃないか」
団子屋から出て来た勝は、二人の様子を見ながら顔を引きつらせて笑った。
偶然か必然か、2名の刻の旅人は出会い、歴史を動かし出す。