3-2 漫画の名言は『いじめ加害者」が口にすると汚れるんだよ
「な……」
そこには、聖正と影李がいた。
影李は聖正に媚びるような、それでいて誰かを見下すような歪んだ表情で聖正に尋ねる。
「あいつのアカウント、聖正の友達に頼んで荒らさせたの?」
「ああ。僕や影李のアカウントは使っていないから安心してよ!」
「その友達たちは平気なの?」
「うん、僕にはそういう得意なダチが沢山いるからさ」
「流石聖正! ワルだね!」
そう影李が言うと、聖正は自身の膝の上を叩いた。
……ここに座れということだろう。
それを見て、少し渋るような表情をしながらも影李は横に座る。
「影李ちゃんもさ。日南田をうざいって思ってたろ?」
聖正は影李の膝を撫でながら尋ねると、影李はすこし不快そうな表情をしながら答える。
「う……うん! 『あいつなら、僕でもいけそう』って感じの下心が丸出しでさ、マジウザかったんだよね……しかも、肩まで触ろうとしてきたし……」
「うわ、ウザいな、非モテって気持ち悪いな……」
そういう聖正は、影李のブレザーの中に腕を突っ込んで、胸元をまさぐりながらそう答える(ただし、日南田の側からだと聖正は影李を『優しく抱きしめている』ようにしか見えていない)。
(そんな……)
その彼女の発言を聴いて、ドアの外で日南田は絶望的な表情を見せた。
そして彼女の胸をひとしきり堪能したためか、聖正は『爽やかな』笑顔を見せて答える。
「ま、あいつにはバッチリと復讐してやったからさ! 安心しなよ、影李ちゃん!」
「あ、ありがと……」
そういいながら、影李は聖正を抱きしめながらつぶやく。
「けどさ、聖正……。私と付き合ってくれてありがと……」
「はは、そんなに嬉しかった?」
「おかげで私のことバカにしてた奴らも、みんな私に遠慮するようになってくれたんだ」
「ああ。もしまた君が虐げられるようなことがあったら、僕に相談してね?」
そういう彼女の唇に強引にキスをした後、今度は彼女の臀部に手を回しながら聖正は答える(これも、椅子の影に隠れて日南田には見えていない)。
影李はその聖正のまさぐり方に嫌そうな表情を一瞬見せたが、それを悟られないように笑顔になって、聖正に尋ねる。
「けど、いいの? 私、顔も性格も悪いのに……」
「ははは、何言ってんだよ!」
それを聴いて、聖正は急に漫画キャラの顔真似をするようにして、答える。
『僕は君の優しいところも、残酷なところも、全部好きなんだ!』
『それなら嬉しいな……。なら私も、あなたのためなら、どんな悪事だってしてあげる! だから、ずっと彼女でいさせてね?』
『ああ!』
(……このやり取りは……)
それを聴いていた日南田は、ぐっと歯噛みした。
……彼らのやり取りは、自身が影李に進めた漫画『殺し屋とご令嬢』のワンシーンだったからだ。
(そして、この言葉の続きは……)
聖正はそっと机の上に影李を寝かせた後、自身のネクタイを緩めながら、日南田が想定した通りの言葉を口にする。
「辛い思い出は、全部僕が上書きさせてあげる!」
(……やっぱり……)
日南田にとって幸いだったのは、聖正が影李を机に寝かせたタイミングでちょうど振り向き、その場を去ったことだろう。
それだけ彼にとっては、
「好きな作品のワンフレーズを『いじめの正当化』に使われたこと」
が苦痛だったということなのだが。
そして、日南田は泣きながら学校を後にした。
だが、本人にとっても不思議だったのは、彼らに対する怒りや憎しみが湧いてこなかったことだった。
(下心があって、彼女に優しくしたのは僕も同じだ……! だから、これは卑しい僕への罰なんだ……!)
無論これは本心だ。
だが、もう一つの理由として、
「自分がいじめられる辛さを知ったことで『いじめられないために、いじめる側に回る』ものたちの気持ち」
これを理解できたためだ。
そして日南田の関心は陽花里に映っていった。
(それより、どうしよう……。これじゃ、陽花里は立ち直れない……)
勘が鈍い上に間も悪い日南田の目には、聖正やギャルのクラスメイトと影李がつるんでいる姿は、
「大切な恋人や、素敵な仲間たちと仲睦まじく青春を謳歌している姿」
にしか見えていない。
そのため、彼女が現在幸福に過ごしていると信じて疑っていないのである。
(影李さんは、もう歌い手にならないかもしれない……。どうしたら、陽花里の不登校を辞めさせることが出来るんだろう……?)
だが、そこまで考えたところで日南田は自身の考えを変えた。
(……ハハハ、何言ってるんだ、僕は……。不登校を『辞めさせる』んじゃないよね?)
そう思いながら、日南田はある決心とともに、自宅に到着した。