2-2 登下校の思い出は「男子生徒側」の中でだけ輝いている
それから少しの後。
昇降口で、日南田は影李がいるのを見つけた。
「あれ、影李さん?」
「ひ、日南田君?」
少し驚いたような表情を見せながら影李はこちらを見つめてきた。
「その……さっきはありがとう」
「気にしないでよ」
申し訳なさそうに誤る影李を見て、日南田は少し嬉しそうな表情で尋ねた。
「あ、あ、あのさ。もしよかったら、一緒に帰らない?」
「え? ……うん、いいよ」
明るい表情をしていない影李には気づかず、日南田は嬉しそうに外に向けて歩き出していった。
夕暮れの街の中を歩きながら、日南田は影李のほうを時折見つめながら、思った。
(フフフ……。高校時代に、女の子と一緒に下校するのは……。僕が前世で出来なかった『心残り』だったからなあ……)
そう考えて笑みを浮かべている日南田の数歩後ろを影李は歩く。
時折会話をするが、いわゆる「コミュ障」である日南田はあまり気の利いた話題が出ず、一問一答式の会話ばかりやっていた。
だが、その中で共通の話題として見つかったのが、漫画についてだった。
「へえ、影李さんが漫画を好きだってちょっと意外だったな」
「そう? けど驚いたな。日南田君は漫画を描く側だったんだね?」
「うん……。凄い下手だから恥ずかしいけどね……」
少し照れる様子の日南田に対して、影李は答える。
「それじゃあさ、日南田君が知っているお勧めの漫画って知ってる?」
「うん! やっぱり最近流行なのは『殺し屋とご令嬢』だね。あまり有名な作品じゃないから知らない人も多いけど」
「それってどんな漫画?」
「ああ、殺し屋に一目ぼれしたお金持ちのご令嬢がさ。権力の力で悪を倒す物語だよ?」
「ご令嬢?」
漫画の話になると、つい早口になってしまう日南田は、思わずまくしたてるように言う。
「うん! そのご令嬢がさ、実は凄いぶっ飛んだキャラでね! ギャグっぽいんだけど、時々シリアスに人を始末したりするシーンもあるんだよね。『ギャグ漫画』のはずなのに、急にリアルな描写を混ぜたりすると不自然で嫌われることも多いんだけど、この漫画はそうじゃなくて……」
「ああ、それは分かるな。ギャグで悪人を殺すような漫画だと思ってたのに、急に『殺された相手の悲しい過去』や『被害者家族が困窮と憎悪に苦しむ描写』とか出てきたりすると、やるせなくなるものね……」
少し引き気味の表情を見せながらも、貪欲にその内容を理解しようとする影李。
このあたりには前世で『歌い手』として活躍していた才能の片鱗が伺えた。
しばらく話して、影李が少し困惑していることに気が付いた日南田は思わず頭を下げる。
「あ、ごめんね、熱くなっちゃって……」
「ううん。けど、今度読んでみるよ。作詞の参考になりそうだし」
「作詞? それって先のノートのこと?」
聴くまでもなく分かっていたが、一応日南田は尋ねた。
「うん」
「ひょっとして、歌い手デビューを目指しているとか、ある?」
もしかしたら、自分が介入したとしても彼女は歌い手になる可能性がある。そう考えて日南田は尋ねたが、影李は首を振る。
「ううん、別に考えてはないかな。……私にとって、作詞なんてただの現実逃避だから」
それについては日南田も心の中で同意した。
彼女が先ほど作詞をしていた時、はっきり言って楽しそうには見えなかった。また、彼女が『現在の情景』ではなく、明らかに家にいるときのことを歌っていたことからも、
「この場にいたくない」
と思っていたように日南田は感じた。
さらに影李は続けた。
「だからさ。学校で楽しく過ごせるなら……私は作詞なんてしないと思うから」
「そ、そうなんだ……」
もしも友達や仲間に恵まれた青春時代を送ることが出来たら、生まれることがなかった芸術がどれほどあっただろう。
或いは友達や仲間に『恵まれてしまった』ことによって埋もれてしまった才能も、どれほどあったのかは分からない。
だが、それを聴いて日南田は嫌な予感がした。
そしてちょうどそこで、分かれ道に到着した。
影李とは路線が違うので、ここでお別れとなる。
「それじゃ、また明日!」
「うん!」
とても嬉しそうな表情で手を振る影李を見ながらも、日南田は思った。
(もしも、彼女がいじめに遭わないなら……陽花里はひきこもったまま復学しないんじゃ……もし、そうなったら陽花里は将来どうなるの……?)
だが、日南田は翌日以降、それどころではない事態になる。