1-3 不登校は悪なのかい、ひきこもりは罪なのかい、クソ兄貴?
陽花里はこの時期は自分のことを「俺」と呼び、日南田のことを「兄貴」と呼んでいた。
ドン! とノックに対する返答とばかりにドアを叩いてきた陽花里に対して日南田は思わずひるみながらも思った。
(やっぱり、このころの陽花里は……ひきこもっていたんだよね……)
そして日南田はその様子を見ながらも、ひきこもりの「末路」について想いをはせた。
ひきこもりのまま学校を中退してしまった場合、その後どのような社会的なハンディキャップを背負うのか。
それが自身や母親にどれほどの迷惑をかけることになるのか。
そのようなことを考えながら日南田は『一刻も早く、陽花里を復学させなければ』という焦燥感を感じていた。
「陽花里……? いじめに遭っていたのは分かるよ。けどさ、いつまで逃げてるのさ?」
いじめというのは、弱い奴が被害に遭うのだ。
毅然とした態度で強さを身に着ければ、いじめられることなんかあるわけがない。
また、いじめ加害者から『逃げる』ことはある種の敗北だ。
思い切って反撃してしまえば、相手はきっといじめなんかしなくなるに違いない。
……日南田はそのような考えを持っている。そして、少し強い口調で尋ねる。
「出席日数が足りなくなるでしょ? それで将来苦労するのは陽花里でしょ?」
「お前には関係ないだろ!?」
だが、そのように自身の『真摯なアドバイス』を聞き入れようとしない陽花里に対して、日南田は少し腹を立てたような口調で尋ねる。
「あのさ、僕は陽花里のために言ってるんだよ? ……どうして分からないのかな?」
だが、その発言は陽花里に対して一番腹を立てる発言だったようだ。
ひときわ強いドン! と壁を叩く音とともに叫び声が聞こえてきた。
「うるせえよ、バカ! 何もわかってねえくせに偉そうに説教垂れんな!」
そういうとともに、乱暴な動作で椅子に座り、PCの操作を始めるような音が聞こえてきた。
こうなった陽花里は、もうこちらの発言に耳を傾けることはない。
「今日もダメか……。どうやったら陽花里にひきこもりを辞めさせることが出来るんだろうな……?」
だが、そう思っていると、部屋の奥から母親の声が聞こえてきた。
「何やってんの、日南田! 早く学校に行きなさい!」
「わかったよ、行ってくる!」
因みに日南田の父親は激務で朝早くに出勤しているため、基本的に顔を合わせることはない。
日南田は母親の発言に少し焦りながらも学校に向かって走っていった。
(少し懐かしいな、この学校に通うのも……)
日南田は高校につくなりそう思いながら、学校の廊下を歩いていく。
(やっぱり、まるで何もなかったみたいだな……。こんなことなら、宝くじの番号とか控えておけば良かったよ……)
そう、少し残念そうにつぶやいた。
……まあ、仮に番号を控えていたとしても目当ての番号の宝くじが『どこに売っているのか』がわからなければ殆ど意味がないのだが。
そんな風に考えていると、隣から声をかけてきた男がいた。
「おはよ、日南田!」
「え? ……おはよ、とっくん」
その男は、地毛とは思えないほど鮮やかな茶髪に、奇妙な色の瞳をしている。
彼とは前世で同じ大学に通っていたこともあり、日南田もよく覚えていた。
(彼は……前世と見た目が全然変わらないな……。なんか、違和感があるけど……まあいいか……)
日南田はそう思いながら挨拶を返す。
「久しぶりだね? 元気だった?」
「はあ? こないだあったばかりだろ?」
『とっくん』はそう訝しげに答えた。
日南田はその発言に『自分が転移してきた存在だった』ということを改めて思い出しながらも「ああ、そうだったね」とごまかすと彼もあまり気にしていない様子で尋ねてきた。
「そういやさ、陽花里は元気か? 相変わらずひきこもってるんだろ?」
「うん……。早く復学してほしいんだけどね」
「そうか? そういうけどさ。お前、陽花里を独り占めしたいんじゃないのか? 復学してイケメンの彼氏に取られたらどうすんだ?」
「…………」
とっくんは基本的に気のいいやつで、頼まれたことは何でもやってくれる。
悪口を言っていることもないし、一緒に遊んでいるときには楽しい。
……だが、彼は致命的なまでに『人の気持ち』を理解することが出来ていない。
特に『恋愛感情』というものを理解しておらず、友情や兄弟愛をすべて『異性愛』と同列に考えてしまうきらいがある。
もっとも日南田は「そういうやつもいるよね」とそこまで気にしてはいないのだが。
「あはは、まあいいや! それじゃ、今日も勉強楽しもうな!」
そういうと『とっくん』は教室に入っていった。
(相変わらず、とっくんは変な奴だな……まあ、いいや……)
それからしばらく、クラスメイトの様子を見て日南田は確信した。
(けど、みんな普通に暮らしている……。つまり僕だけが4年前にタイムリープしたのは間違いないよね……ということは当然……影李さんも……)
そう思いながら教室に入ると、クラスメイト達が嫌味な口調で聞こえよがしにつぶやいていた。
「なんかさ。この教室臭くね?」
「ああ、分かる! 一人腐ったやつがいると、教室全体が臭うよねえ……」
そういう二人の視線の先には……影李が暗い表情で座っていた。