エピローグ 幸せ者だな、日南田。俺に感謝しろよ?
夜の住宅街の中で、一人の男がピクリ、と体を震わせた。
彼の名前はとっくん。……本名は『土岐渡セドナ』だ。
「別たれて生まれし二つの魂……今、一つに交わった……ってとこか……おめでとう、日南田。ようやくお前も幸せ者になれたな?」
そう、自らの頭に手を当てながらつぶやいた。
……彼、セドナは様々な異能を持っており『過去をやり直せる力』もその一つだ。
だがその力を悪用せずに『他人のために』使っている(と、少なくともセドナ自身は思い込んでいる)ことを本人は誇りに思っている。
彼は、『前の世界線』で日南田と一緒に、大学のカフェテリアでランチをしたときのことを思い出した。
「あいつは……。影李を救えなかったことを後悔していたからな……。『なんで僕は、いじめから彼女を救ってあげられなかったのだろう』……ってずっと悩んでいたもんな……」
そう思いながら、今度は影李のことも思い出した。
「影李も影李で……。『いじめに遭わずに青春を過ごしたかった』なんていうからな。まったく、二人とも世話が焼けるよな……」
そして腕を頭の後ろで組みながら、したり顔でつぶやく。
「そんな二人の願いを『日南田をタイムリープさせること』だけで、同時にかなえてやるなんて、流石は俺だな。二人とも幸せにすることが出来て、肩の荷が降りたよ……」
そういいながら、自販機で缶コーヒーを飲みながら、ふ~……と一息ついた。
「ったく、日南田の奴……。俺のことを『人の心が分からない奴』とかほざきやがってよ……。俺はそんな奴じゃないこと、これで分かっただろ?」
そういいながら、彼はコーヒーの空き缶を『異能』により消し去り、つぶやく。
「あいつ、陽花里は『何より大切な存在』って言ってたもんな? ……今頃、愛する陽花里に抱いてもらえて、うれし泣きでもしてるだろうな……最高の夜だな、おい?」
彼はこれを皮肉ではなく本気で思っている。
「男性にとって最大の幸福は、愛するものと性的関係を結ぶこと」
とだけ脳内にインプットしている彼は、今陽花里に強引に迫られている彼の姿を幸福と信じて疑っていない。
……これは彼は、前述のように異性愛と家族愛や兄妹愛の区別がついていないためだ。
無論日南田はそのことをもって『人の心がとっくんには分からない』と指摘したのだが『愛には複数種類がある』という前提自体を理解できていなかったセドナには、意味が正しく伝わっていなかったのである。
そして今度は『異能』によって虚空からサンドイッチを取り出し、影李のことも思い出しながらそれを口に運ぶ。
「影李も、幸せだったよな? ……いじめから救われて、しかも恋愛も楽しむことが出来たんだ。……ま、俺には感謝しなくていいけどさ」
彼はこれもまた皮肉ではなく本気で思っている。
これも同様に、
「いじめから子どもを解放することより、優先されるべきことなど他にない」
「恋愛は、人間にとって最高の娯楽である」
という考えを鵜呑みにしてしまった結果故である。
……お節介でお人好しかつ利他的で、人に奉仕するのを好むのに、本質的には人の心が理解できていない異能持ち。
一言でいうと土岐渡セドナは、そういうやつだ。
「いいことすると気分がいいな……。次は、誰の願いをかなえてあげよっかな……」
そうつぶやきながらも、セドナはゆったりとした足取りで、夜の街に向けて歩いて行った。




