4-2 苦痛から逃れるための恋愛は、悲惨な末路になるもんだよ
結局一時間目の授業にはだいぶ遅れたが、教師にはとくに咎められることはなかった。
これは、教師の目線では日南田のことを「いじめられたショックから、まだ立ち直れていないことが原因で、登校が遅れがちになっている」と映っているためである。
また、日南田の学校の教師陣は能力こそ高くないが、決して教師としての矜持までは失っていなかった。
彼らは、いじめ問題に対して尽力自体はしていた。
……だが、いじめ根絶に関する有力な対策を行うことは、出来なかった。そんな負い目もあるためだろう。
学校側は日南田に色々と便宜を図ってくれている。
特に何も言われずに授業を受けられた日南田は、1時間目の授業が終わったあと「とっくん」に声をかけた。
幸い、彼とはまた同じクラスになった。
「おはよ、とっくん」
「ああ、おはよう、日南田。今日は遅かったな」
「あはは、ごめんね。ちょっと朝色々あって……」
因みに、進級した際に日南田に対するいじめはぴったりと止まった。
……無論その理由は、周囲が『いじめの愚かさに気づいたから』などでは、断じてない。
そして、とっくんは少し嫌そうな表情で言う。
「ああ、そういやさ。午後にある数学の授業だけど、噂じゃ抜き打ちテストがあるらしいぜ?」
「ええ、まずいな……」
日南田は最近は陽花里と一緒にゲームをしたり、外出に付き合ったりと四六時中一緒にいる。
そのこともあり、家での予習復習は少しサボりがちになっていたため、嫌そうな顔をした。
だが、事情を知っているとっくんは、ノートを彼に渡した。
「俺さ、一応ノート取ってるからお前に貸してやるよ」
「え、いいの?」
「ああ。大事なところは赤丸付けといたから、覚えておけよ」
「ありがとう、とっくん?」
そう日南田がお礼を言うと、とっくんは罰が悪そうにつぶやく。
「気にすんなよ……。その……2年の時、お前がいじめられていたのを助けられなかったことの、お詫びにならないのは分かってるけどさ」
彼は、そのことを今も引きずっていたが、日南田は苦笑しながら答える。
「ううん、気にしないでよ。……僕はさ、誰も恨まないから……。影李さんも聖正君も……もちろん、とっくんも」
「強いんだな、お前は……」
そういってノートを開く。
よく整ったそのノートを読みながら、思い出したように日南田は尋ねた。
「そういえばさ。今の話で思い出したけど……。最近影李さんと聖正君を見ないね。どうしたの?」
「え? ああ、あいつらはな」
とっくんは、眉一つ動かさずに続けた。
「聖正の奴、影李を妊娠させたんだよ。それで影李が中絶して、二人は自主退学したんだ」
「……え……?」
「ああ、表向きは両親の仕事の都合ってことになってるから、周りには言うなよ?」
(もしそれが本当なら、なんでとっくんはそんな重大な情報を知ってるんだ?)
……と言う考えが一瞬日南田の頭をよぎったが、今はそれについて考える状況じゃない。
「そんな……! 影李さん! 聖正君!」
そう思いながら日南田はスマホを取り出すが、彼の行動を理解できないと言わんばかりにとっくんは手を振る。
「おいおい、退学も中絶も、あいつらが選んだことだぜ? きっと二人とも納得ずくだって!」
「それでも放っておけないよ! ……番号を残しておいてよかった。早速連絡を……!」
だが、そこで日南田の手は止まった。




