4-1 大切な人と一緒に生きていくって、とても素敵なことだよ
それから数カ月が経過し、日南田は高校3年生になった。
……そして、陽花里は高校を中退した。
本人曰く『もうあの学校には通いたくない』ということだった。
「それじゃ、いってくるね、陽花里?」
「あ、ちょっと待って? 私も一緒に行く!」
そういうと陽花里は慌てて自分の部屋にカーディガンを取りに行った。
(……ああ、今日も学校に遅れそうだな。ま、いいか……)
少し遅刻するのはほぼ確定だが、陽花里と一緒に街を歩けることに比べたら、些事もいいところだ。
そう日南田は思いながら陽花里を待った。
「お待たせ、お兄ちゃん?」
いつものスウェットに黒のカーディガンだけを羽織った格好で、陽花里は後ろに手を組んで、こちらを見つめてきた。
まだ服装に気を遣う余裕はないのだろう。
だが、美容院で髪を切ったこともあり、少しずつだが陽花里も外見に気を配るようになり始めている。
(もっと、服に気を使ったほうがいいよ、とか、もっとお化粧しなよ、とか言ってたよね、昔の僕は……)
そう思いながら、日南田は陽花里に尋ねる。
「それじゃ一緒に行こうか? 今日は『コンビニまで』行くの?」
「うん!」
陽花里は部屋を出た後も、しばらくは家の外に出ることが出来なかった。
だが、最初は家の前まで。
次は庭を出るまで。
そして近所の公園まで。
そうやって少しずつ『歩ける範囲』を増やしていき、最近では駅前のコンビニまで行けるようになっていた。
(父さんも母さんも……。最初は怒っていたよなあ……)
無論「ひきこもりを辞めたなら、学校に行きなさい!」と怒った両親を説得したのは日南田だ。
将来の問題は勿論、今まで払った学費も、学習塾に払った大金もパーになるということもあり、当初は両親も反対した。
だが、日南田が『将来のことなんかより、今、現在目の前にいる陽花里のことを一緒に見てほしい』と涙ながらに説得したことで、ようやく理解して折れてくれたのだ。
「頑張ってるね、陽花里」
「私は……。私に出来ることをやるだけだから……」
少し前の日南田だったら『じゃあ次は、あそこまで行こう』『早く一人で出れるようになるといいね』といった、見当違いな『励まし』をやっていただろう。
だが、少しずつ外出が出来るようになったことを日南田は本心から喜び、そして彼女の努力を賞賛している。
これもまた『人間が変わろうとすること、成長しようとすることがどれほど困難か』を知っているためだ。
(もう僕は、陽花里に『立ち直れ』なんて言うつもりはない。そんなのは傲慢だ。……僕が出来ることは……陽花里の歩幅に合わせて、一緒に歩くことだけだから……)
日南田はそう思いながらゆっくりと歩いていると、
「もっと速く歩いていいよ、お兄ちゃん?」
そう言われた。
「え? ……あ、そうだね……うわ!」
そういうと陽花里は突然腕を組んできた。
「これなら一緒の速さで歩けるよね、日南田?」
「え? ……ああ、そうだね」
顔を赤らめながらぎゅっと腕にしがみつく陽花里は少し震えていた。
やはり、まだ外出するのが怖いのだろうと思いながらも、日南田はそっと陽花里を見つめた。
(それにしても……『前』と違って、この世界の陽花里は人懐っこいな……)
そう思いながらも、日南田は一緒に陽花里と歩きながら空を見上げる。
春風が自身と陽花里の間を吹き抜けるのが最高に気持ちがいい。
空はあいにくの曇天だったが、それでも自分の気持ちは晴れ晴れと澄み渡るような気分だった。
(『復学しなかった陽花里』がこれからどうなるかは分からないけど……。今は、この瞬間を大切にしていきたいな……)
隣に陽花里がいて、一緒に歩いてくれる。
……自分は酷いことを言ったのに、また彼女は自分を一人の家族として、愛してくれている……と少なくとも『思い込む』ことはできている。
そんな今が、たまらなく幸せだ。
そう思いながら日南田は陽花里と見つめ合う。
陽花里は顔を赤らめながらも日南田を見つめ返して尋ねる。
「……少し照れるな。……どうしたの、お兄ちゃん?」
「え? うん……やっぱ僕はさ。陽花里のことが……好きなんだなって思ったんだよ」
「嬉しいな……。私もさ。日南田のこと、大好きだよ? 本当に、好きすぎて、好きすぎて、辛いくらい……」
そう、陽花里は震える手で日南田の腕を強く抱きしめた。




