3-3 弱い人の気持ちを理解できる人は、強いんだよ。間違いない
「ただいま……」
「…………」
日南田の声に反応する様子はない。
だが、人の気配がすることから、陽花里が部屋にいることは明らかだった。……もっとも彼女が日中に部屋から出ることなど、滅多なことではないのだが。
日南田は陽花里の部屋にそっと手を当て、声をかける。
「ねえ、陽花里……」
「なんだよ、クソ兄貴!」
いつものように罵倒が帰ってきたが、構わずに続ける。
「今更……許してくれるなんて思ってないけど……僕もいじめに遭って分かった……! だから言わせて!」
「え……?」
「ごめん……! ……陽花里の気持ちに……僕は全然向き合ってなかった……!」
「兄貴……?」
そこからは、堰を切ったように自分の思いがそのまま口から流れるように出てきた。
「学校で無視されて、嫌がらせされて……!
被害者になって、時には加害者になって……!
そんな関係が続くの、嫌だったんだよね!
なのに僕は『学校に行け』『頑張れ』って、『陽花里のため』なんてことを言い訳に、自分の価値観を押し付けて……!」
そういいながら、声が涙でかすれながらも、日南田は叫ぶのをやめない。
「だから……もう、僕は学校に行けなんて言わない!
けど……僕は絶対に、陽花里の味方でいる!
これは絶対に約束する!」
「お兄ちゃん……」
彼の本心からの叫びを聴いて、ドアの向こうで陽花里も涙をこぼしながらうずくまった。
「母さんも、父さんが怒ったとしても、僕が説得する!
学校以外にやりたいことがあったら、僕がバイトしてでもお金を出す!」
さらに、歯を食いしばるように、日南田は涙を流して叫ぶ。
「もし陽花里が……加害者に復讐したいなら……とことん付き合う!
僕が逮捕されてもいい!
陽花里が望むなら僕になにしたって構わない! だから……」
そして最後に、ぽつりと絞り出すような声でつぶやいた。
「だから……僕と一緒に生きて……?」
そして、ドアの向こうから陽花里も同じようにか細い声で、つぶやく。
「やだ……」
その言葉を聴いて、残念そうな表情で「そうか……」とつぶやく日南田。
だが、振り向いた直後、ドアが『かちゃ』と開く音が聞こえた。
「けど今夜……。エビフライ作ってくれたら、考えてもいいかな……?」
「え……?」
振り向くと、そこには陽花里がいた。
もうずいぶん散髪に言っていないのだろう、その髪は表情を隠すほどに伸びており、陽花里は顔を赤らめながらつぶやく。
「ゴメンね、日南田。こんな見た目で……」
だが、そんな見た目は日南田にとってはどうでもよかった。
日南田は、今度は泣き笑いの表情を浮かべながら、
「う……うん、分かった! 最高のエビフライ、作るからね!」
「うん。……あと、日南田。その……」
「……え?」
陽花里はそうつぶやくと、日南田に歩み寄り、突然彼を抱きしめた。
「……陽花里?」
「ありがとう……これから……本当に日南田は……私とずっと一緒にいてくれる?」
「……絶対に、約束する……。あと……まだ、許さなくていいよ、僕のことは……」
誤解する人が多いが、相手が謝罪を受け入れても、それは単に『チャンスを貰った』だけだ。
たかが一回の謝罪で今までの積み重ねが免罪などされるわけがない。それに気づかないのは、謝罪する際の号泣時に感じるカタルシスに酔っている当人だけだ。
そのことは日南田も理解しているのだろう、どこかそういう冷めた視点は捨てていなかった。
「今まで陽花里を追い詰めた分は……これから何に代えても、返すから……」
……日南田はそういいながら決意をこめた目で、そっと陽花里を抱き返した。




