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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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16.ユリイラ!

 ナバータはただ一人の敵しか見ていなかった。


 アサト一世を庇うように立つ、ネープ三〇三。

 あの衛星(つき)での戦いの雪辱を果たす、最後のチャンスだ。

 ナバータは、上官ゲイレンの個人戦闘記録に目を通し、彼が三〇三と剣を交えていたのを知った。刹那的な戦闘だったが、ゲイレンは善戦していた。アサト脱出の時間稼ぎという相手の真の目的こそ見逃されたものの、お陰で三〇三の太刀筋からクセまで研究し尽くすことができた。上官の無念も、隊の屈辱もこの場で晴らさせてもらう。

 奴だけは俺の獲物だ。


「アサト、行きます」

 ネープが空里の元を離れ、階段を下りる九人の仲間たちに続こうとした。

 ミマツーもそれにならい、列の端につく。

 わかっている。ネープ全員でかからなければ彼らには勝てない。しかし……。

 クアンタはあたりを見回しながら、何かを探していた。

「くそ、どこかにシールド・ジェネレーターがあるはずだ。内側のどこかに……どこだ?」

 バンシャザムの誰かが持っているのでは?空里は考えたが、もしそうなら階段を上ってくる彼らに合わせてシールドも動くはずだ。

 だが、広範囲に自分たちを包む薄紫色の帷が動く気配はない。あらかじめ大階段のどこかに埋められていて、リモートで起動した?

 そうしている間にも十一人の刺客は迫り、十一人のネープたちとぶつかろうとしている。

 止まれ……止まって……

 空里は激突寸前の戦士たちを見下ろしながら、必死に念じた。

 と、その時──

 空里の左手から光が走った。

「何……?!」

 光を放っているのは、サーレオのブレスレット──〇号玉座機(スロノギア)だった。その光が広がり、あたりの様子が一変した。

 景色は変わらない。だがあたりが不思議ににじんだような色を帯び、全てが止まった。

 いや、止まってはいない。ゆっくりとだが動いている。

 一瞬後、不思議な色は消え、何もかも普通に動き出した。十一人同士の戦士たちはさらに距離を詰めてゆく。

 空里は再度念じた。

 止まれ……止まれ……

 そして再び謎の空間が生まれ、時間の流れはゆっくりと進み出した。

 空里は気づいた。この状況を続けるためには自分の意思の集中が必要なのだ。

 ここは恐らく〈それ以外の者(ダダ)〉の領域。惑星〈鏡夢(カガム)〉の地下で、サーレオたちに招かれたあの空間と同じだ。ブレスレットは、そこへの鍵になっていたのだ。


 シールドの外にいた人々には、別の異常が見えていた。

 空里の姿が突然消えたり、また現れたりしているのだ。そのタイミングは、空里の集中によって時間の流れが変わった時と同じだった。


 ネープは、突然すぐそばに現れた空里の姿に驚いた。

「ネープ! 来て!」

 次の瞬間、二人は時間の停滞した空間にいた。

「これは……!」

 空里はブレスレットを示しながら言った。

「よくわからないけど、サーレオの贈り物のせいだと思う。私が集中していれば時間が止まるの。でも完全にじゃないし、すぐ集中が途切れちゃう。あなたを引き込むこともできたけど、離れたらすぐ元通りになっちゃうと思う。これでなんとかなる?」

 瞬時に状況を理解したネープは、空里の手を握るとバンシャザムの列に向かって階段を駆け下り出した。

「私の陰にいて。後は任せてください」

 敵に同じ人数で挑まれたら、ネープは同じ武器で一対一での対決をしなければならない。だが、一人で全員の相手をしてはいけないという禁忌は掟にはない。こんな異常な状況にあっては、なおさら掟を当てはめる要もあるまい。

 見ると空里は持たされていた儀典用の剣を抜いていた。これを使わせたくはない。


 完全人間の少年は、列の端のバンシャザムに体当たりし、隣の者を一刀のもと斬り伏せた。弾き飛ばされた兵は階段最下段まで吹っ飛び、そのまま動かない。向こうの空間では恐ろしい勢いでぶつかられたことになったのだろう。

 そのまま、二人、三人と倒し続けていると、次第に時間の停滞が緩くなり、バンシャザムたちが異常事態に気づき出した。それでも、ネープのスピードについていくことはできず、ほぼなすがままに始末される。

 だが、空里の集中が途切れがちになり、時間停滞の空間が中途半端な状態に揺れ出すと、敵もネープの襲撃に対応し始めた。

 一人の兵が空里の存在に気づき、そちらに刃を振り上げる。

 思わず、剣を構えて避けようとした瞬間、完全に集中が途切れて空里は普通の速さで刃を受けてしまった。

「アサト!」

「大丈夫!」

 意識の集中をやり直し、時間停滞の空間を作り直す。

 空里を襲った兵はネープに斬られ、さらに六人目、七人目までが倒された。

 その時──

 空里は背後に殺気を感じて振り返った。


 目の前に、ステラソードを振り上げたレディ・ユリイラがいた。


 剣で身を防ごうとした空里は、襲いかかる次元断層の刃によって自分の得物を半分にされた。

 そして見た。

 返す刀が自分の右手を二の腕から切り離し、その切られた腕がステラソードの刃に吸い込まれて消えるのを。

 激烈な痛みを感じた瞬間、脳裏に誰かの叫びが響いた。

「腕を伸ばせ!」

 それは、いつも観念的なメッセージとして発せられていた皇冠(クラウン)が初めて放つ「声」だった。

 反射的に切られた腕に意識を集中し、その形をイメージすると、左手のブレスレットが爆発的に変形した。何本もの青い石の触手が空里の全身を包むように伸び、右の二の腕の先に新しい腕を作った。

 その形は歪で関節の位置や指の形もまともではなかったが、空里の意思に従って力強く動いた。

 痛みは消えず視界は涙に滲む。空里は一瞬怯んだユリイラに向かって右手を振った。石の手の先端から石の剣が伸び、再度振り下ろされるステラソードを弾き返した。石の剣は次元断層刃を避け、そのフレームを叩いていた。

 空里は必死に石の手を振った。

 ここで死んではダメだ!生き延びねば!

 空里の全身を包んだ石の触手は、強化外骨格のように彼女の体を補助し、正確な太刀筋をサポートした。ユリイラの剣を弾き返しながら、階段を上り、下り、安全な位置を探していると、触手の何本かが空里の首筋を這い上がり、皇冠(クラウン)に差し込まれた。

 突然、空里は視界が広く開けた気がした。

 全てがクリアになる。あらゆるものに対する理解が一気に進む。

 今この空間が、ユリイラの意思によって安定しているのもわかった。その外では、普通の時間の中でネープが最後のバンシャザムと対峙している。

 そして、何よりもはっきり感じるのは星百合(スターリリィ)の存在だった。

 星百合(スターリリィ)由来の皇冠(クラウン)とブレスレットによって、空里は今までになく星百合(スターリリィ)の近くにいるのを感じた。かつて宇宙海賊の〈それ以外の者(ダダ)〉、ハル・レガが言ったように。


「言ってみれば、より星百合(スター・リリィ)の近くというところだ。我々は君たちよりほんの少しだけ、星百合に似ている生き物なんだよ」


 私、星百合(スターリリィ)の近くに来たの?

 私たち……私も〈それ以外の者(ダダ)〉なの?

 星百合(スターリリィ)になるの?


 ユリイラと戦いながら、そんなことにまで思いが広がった。

 そう、ユリイラも同じ。星百合(スターリリィ)に近い人間なのだ。今の自分と同じく。そして、今の自分より何歩も先を行っているのだ。

 だから、こんな空間を通ってここに来られた。バンシャザムたちを連れても来られた。シールドジェネレーターを仕掛けることもできた。


 そのユリイラが、さらに激しく攻撃を仕掛けてきた。恐らく、時間がないのだ。ユリイラとはいえ、この空間を維持する集中は長く続かないのだろう。そして、もし普通の空間に出てしまったら彼女にはここに戻る術がないに違いない。

 ユリイラはなんとか次元断層刃で石の剣を叩き切ろうと、太刀筋を柔軟に変えながら攻めてくる。

 貴女(あなた)はなんなの?

 何故、私の命をそんなに狙うの?

 弟の仇だから?

 違う。

 ユリイラには別の目的がある。

 何人もの人々を犠牲にしても成し遂げるべき目的が。

 〈鏡夢(カガム)〉での惨劇を思い出して、空里の感情に火がついた。目的がなんであろうと、あんなやり方は認められない。空里の中で、初めてユリイラに対する恐怖よりも怒りがまさった。何がなんでも退がらせてやる。

 空里はユリイラの攻撃をかわし、その仮面に覆われた顔を見据えた。石の剣に意識を集中し、思い切り伸ばして振り上げた。

「ユリイラァ!」

 剣の切先がユリイラに届いた。

 マスクを弾き飛ばし、大きく顔をのけぞらせる。

 その時、ユリイラの落ち着いた声が空里の耳に届いた。

「やっと、名前を呼んでくださいましたのね。うれしいわ……」

 顔を下げ、青い石の肌に囲まれた黒い双眸が空里を見た。

 そして、紅い唇からあり得ない言葉がこぼれる。


「……お母様」


 次の瞬間、ユリイラの姿は消え時間は普通に流れていた。

 鋭い金属音に振り返ると、ネープが最後の一人となったバンシャザムと剣を交わしていた。二人とも満身創痍だ。

 シールドは消え、十人のネープたちと共にまわりから人々が殺到し始める。

 もはやここまでと悟ったか、バンシャザムは裂帛の気合いと共に渾身の突きを放った。

 ネープは大きく身を逸らして我が身をわずかに斬らせながら、突っ込んできた敵のみぞおちに膝蹴りを放った。ようやく作った一瞬の隙を突き、ネープは敵の背後に回り込むと、逆手に持ち替えた剣で喉を切り裂いた。

 最後のバンシャザム──ナバータはもんどり打って階段を転がり落ちた。

「アサト!」

 空里に駆け寄りながら、ネープは顔色を変えた。

 傷だらけの妻は、異形の右手をおさえながらがっくりと跪いている。

 肩を抱いて支えるネープに身を預けながら、空里はようやく我慢をやめた。

「痛い……痛いよ、ネープ……」

 たちまち、大階段は人だかりとなった。医療班を呼ぶクアンタの声が響く。

 シェンガやミマツーが空里の体を支えて、なんとか運ぼうとする。

 厳しいが心配そうな表情で自分を見るネープの顔に、空里はさっき見た同じ顔を思い出してそれが幻ではなかったことを苦く噛み締めた。


 仮面を脱いだユリイラの顔は、ネープのそれだったのだ。

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