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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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15.大階段の十一人

 惑星〈白宙空(ハクウ)〉──


 ミ=クニ・クアンタの故郷は不思議な惑星だった。

 美しい自然に彩られた地表の上空に、広大な平たい岩盤がいくつも浮かび、その上に都市が築かれている。地上の環境と都市を完全に分離して、惑星を自然のままの姿に保つというこのあり方は、古くから重力導士たちを輩出してきた〈白宙空(ハクウ)〉ならではと言えた。


 それら空中都市の中でも、ラントール寺院の壮麗な尖塔を擁するラントール市は他の星系から羨望を集める美しい街だった。

 かつてこの地が王政を敷いていた頃の名残であるラントール寺院の塔は、〈白宙空(ハクウ)〉の人々の精神的な拠りどころであり、象徴的な存在だ。

 したがって、新皇帝の〈即位の儀〉に使用されるのも当然と思われた。


 ミ=クニ・クアンタ五世──家系を調べたところ同名の男性が四人まで確認できた──の〈即位の儀〉は、空里の時とは比べ物にならないほど大がかりなものとなった。

 若くして妻を亡くしたクアンタには子も孫もなく、わずかな親戚縁者しかいなかったが、銀河皇帝を初めて輩出することになった母星の自治政府、市民たち、また彼を尊崇する人々が銀河中から集結し、祝いの言葉は引きも切らなかった。


 そして儀式本番の時を迎え、新銀河皇帝は九人のネープたちに護られて寺院の尖塔基部にあたる大聖堂に姿を現した。

 元老院議長レ=イ・ツェガール大公をはじめ、あまたの有力元老院議員たちが証人として立会い、頭上には複数のドロメックが整然と浮遊している。

 もちろん上皇アサト一世も儀式に参列し、新皇帝の旧友で|星間文化保護協会《ギャラクティック・カルチャー・プロテクト・アソシエーション》を司る元老院議員ララリ=シム・ケニサの手で、その頭に新しい皇冠(クラウン)が与えられるのを見届けた。

 これが本当の銀河皇帝の即位なんだ──


 その後、〈白宙空(ハクウ)〉の伝統的な祝詞の詠唱や、アンセムの斉唱。空里には目的のよくわからない儀式がいくつか続き、ようやく一段落したところで新皇帝は空里の元へやってきた。


「おめでとうございます。新皇帝陛下」

 空里の祝福にクアンタは肩をすくめて見せた。

「恐れ入ります、上皇陛下。全くとんでもないところへ連れて来てくれましたな。故里(くに)へ帰ってきたというのに、ちっとも落ち着かん」

「落ち着かないのはこっちも同じだぜ。顔なじみから二人も銀河皇帝が出やがった」

 傍らに立ったシェンガの軽口をミマツーが諌めた。

「無礼よ。そもそも、元老院議員閣下を爺さん呼ばわりするところからだけど」

「ああ、そうか。もう下手将棋(チェス)の相手もさせてもらえないわけだ」

 クアンタはシェンガに顔を近づけて指を突きつけた。

「そうはいかん。汝を余の将棋相手係として召し使わしてくれよう」

皇冠(クラウン)がついてれば将棋も無敵ですもんね」

 空里が言った。

「いや、〈青砂〉でこいつをもらってきてからずっとかぶっとるが、何の声も聞こえんよ。やはり、アサトのように適合するのは、かなり稀なケースなのだろう。おかげで静かに過ごせてはおるがね」

 そう言って笑う新皇帝の背後から声をかける者があった。

「陛下、間も無くお出ましのお時間です。聖堂の入り口へ」 

「お、そうか」

 声をかけてきたのは、男性のネープだった。

 当然、空里の夫や小姑と同じ顔をしているが、彼らより落ち着いた感じがする。

 空里は隣に立つネープにそっと耳打ちした。

「彼、あなたより年上?」

「ネープ二五七は十七歳です。私の次に優秀なネープですよ」

 空里は耳を疑った。もし本当にその通りだとしても、ネープがそんなことを口にするとは信じられない。

 今のは、もしかしてジョーク?

 驚きに目を見張る空里の前で、彼女の夫は視線を外して頬を赤らめた。

 なんてこと……いつの間にか彼がこんなに人間臭くなっていたとは。ミマツーの影響だろうか?

 空里は何も言わずにネープの手を握った。この調子で、もうすぐ彼の笑顔が見られるような気がする。その瞬間はどうしても逃したくなかった。

「ほれ、上皇陛下と諸君も一緒に来たまえ」

 クアンタが手招きした。

「え? どこ行くんですか?」

「市民へのご挨拶だよ。聖堂の前にみんな集まっとる。大階段の上から手を振るだけでいい。これで今日の苦役はおしまいだ」


 誘われるまま、大聖堂の入り口を潜って大階段の上に出た空里は息を呑んだ。

 眼下の広場では、見渡す限りの群衆が地鳴りのような歓呼の声をあげている。

 一体、何万人の人がいるのだろう?〈白宙空(ハクウ)〉の市民だけでなく、雑多な種族の銀河帝国人民が集まったようだ。

 

 新皇帝にならって誰にともなく手を振る空里に、クアンタは語りかけた。

「それで、君はこれからどうするのかね? 晴れて故郷へ錦を飾るか?」

 故郷……銀河皇帝という役目を捨てた今、地球へ帰ろうと思えば帰れることに空里は気づいた。

 しかし……。

「もう、地球には私の居場所はありません。むしろこっちでできた人の繋がりの方が大切です。そういう人たちのために、できる仕事があったら……やっていこうかな、と」

「ふむ……」

 クアンタは群衆に手を振りながら続けた。

「では、その気があったら〈千のナイフ〉で仕事をしないか? あの星の和平は成ったがまだまだ問題は続くだろう。なくした友のためにも、できることはあると思うよ」

 空里は手を振りながらクアンタの方を見た。

「何ができるんでしょう? 皇冠(クラウン)の助けがあっても、私、基本的に政治のことなんかわからないし……」

 クアンタも空里の顔を見た。

「話を聞くんだよ。政治家や偉い連中のじゃない。普通の暮らしをしている、ユーナシアンやザニ・ガンの人々の話をな。何の力もない、平等な立場に立って話を聞くだけで、心の平安を得る人々があの星には少なからずいる、と思うがね」

「話を……」


 はじめ、空里にはクアンタの言葉が実感をもって捉えられなかった。だが眼下の広場を埋め尽くした群衆を見つめていると、じわじわとその「仕事」がとても重要なものに思えてきた。

 この人々、一人ひとりに人生があり、暮らしがある。自分自身もその一人に他ならない。この銀河帝国に来て辛かった時、ネープが、クアンタが、シェンガが、ミマツーが話を聞いてくれたおかげでなんとかやってこられた。

 今度は、自分が聞く番になれれば……


「さて、もういいだろう」

 クアンタが手を下ろすと、広場の群衆と大階段の間に大聖堂の衛兵たちが現れ、無言の内に謁見の終了を告げた。

 と、居並ぶ衛兵たちの中央から何名かの者たちが振り返り、君主一行の方を向いた。

 彼らが大階段を数歩駆け上がって足を止めたその時──


 薄紫色の帷があたりを包んだ。

 

 完断絶シールド。

 空里は、自分たちを守るためのシールドかと思ったが、なぜ謁見が終わったタイミングで張られたのかわからない。見ると、周りを取り巻いていた帝国の要人たちが狼狽している。

 背後に控えていたシェンガやミツナリも、焦る様子を見せていた。

 シールドの外で──

「何だ?」

 クアンタがにわかに緊張をあらわにした。明らかに異常事態だ。

 シールドの内側には、クアンタ、空里、ネープにミマツー。彼らを警護する九人のネープたち。そして、こちらを向いた衛兵──全部で十一人いる──だ。

 その十一人が衛兵隊の長衣を脱ぎ捨てた。

 下から現れたのは、赤い縁取りを施されたライトグレーのアーマースーツ。

 空里には見覚えがあった。同じものを着た兵士たちと、月で渡り合ったからだ。

 バンシャザム!

 空里は悟った。もう間違いない。このシールドは自分たちを守るためのものではない。中の者たちと外部とを隔絶するためのものなのだ。


「ヤーザム!」

 中央に立ったバンシャザムが、滅びた旧宗主家の名を叫ぶと他の者たちが気合いの声で応じた。抜刀し階段を昇り出した彼らの得物は、プラズマソードでも振動ナイフでもない抜き身の剣だ。

 そして、その場のネープたちはショックスピアーで武装しつつ、彼らと同様の剣も持っていた。それを抜き、前へ進み出たネープたちを見て空里は呟いた。

「一対一だ……」

 バンシャザムは十一人。そしてネープたちも全部で十一人。

 彼らは、仇敵のネープたちに同じ武器での対決を強いるため、人数を合わせて来たのだ。

 この状況がどれほど危険か。空里は皇冠(クラウン)の見解を確認した。

 結論は、恐らく勝てるが無事では済まない。最低、ネープ四名の損耗は覚悟すべきという厳しいものだった。

 四名? その中に誰と誰が……?


 空里は身をすくませた。

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