15.大階段の十一人
惑星〈白宙空〉──
ミ=クニ・クアンタの故郷は不思議な惑星だった。
美しい自然に彩られた地表の上空に、広大な平たい岩盤がいくつも浮かび、その上に都市が築かれている。地上の環境と都市を完全に分離して、惑星を自然のままの姿に保つというこのあり方は、古くから重力導士たちを輩出してきた〈白宙空〉ならではと言えた。
それら空中都市の中でも、ラントール寺院の壮麗な尖塔を擁するラントール市は他の星系から羨望を集める美しい街だった。
かつてこの地が王政を敷いていた頃の名残であるラントール寺院の塔は、〈白宙空〉の人々の精神的な拠りどころであり、象徴的な存在だ。
したがって、新皇帝の〈即位の儀〉に使用されるのも当然と思われた。
ミ=クニ・クアンタ五世──家系を調べたところ同名の男性が四人まで確認できた──の〈即位の儀〉は、空里の時とは比べ物にならないほど大がかりなものとなった。
若くして妻を亡くしたクアンタには子も孫もなく、わずかな親戚縁者しかいなかったが、銀河皇帝を初めて輩出することになった母星の自治政府、市民たち、また彼を尊崇する人々が銀河中から集結し、祝いの言葉は引きも切らなかった。
そして儀式本番の時を迎え、新銀河皇帝は九人のネープたちに護られて寺院の尖塔基部にあたる大聖堂に姿を現した。
元老院議長レ=イ・ツェガール大公をはじめ、あまたの有力元老院議員たちが証人として立会い、頭上には複数のドロメックが整然と浮遊している。
もちろん上皇アサト一世も儀式に参列し、新皇帝の旧友で|星間文化保護協会《ギャラクティック・カルチャー・プロテクト・アソシエーション》を司る元老院議員ララリ=シム・ケニサの手で、その頭に新しい皇冠が与えられるのを見届けた。
これが本当の銀河皇帝の即位なんだ──
その後、〈白宙空〉の伝統的な祝詞の詠唱や、アンセムの斉唱。空里には目的のよくわからない儀式がいくつか続き、ようやく一段落したところで新皇帝は空里の元へやってきた。
「おめでとうございます。新皇帝陛下」
空里の祝福にクアンタは肩をすくめて見せた。
「恐れ入ります、上皇陛下。全くとんでもないところへ連れて来てくれましたな。故里へ帰ってきたというのに、ちっとも落ち着かん」
「落ち着かないのはこっちも同じだぜ。顔なじみから二人も銀河皇帝が出やがった」
傍らに立ったシェンガの軽口をミマツーが諌めた。
「無礼よ。そもそも、元老院議員閣下を爺さん呼ばわりするところからだけど」
「ああ、そうか。もう下手将棋の相手もさせてもらえないわけだ」
クアンタはシェンガに顔を近づけて指を突きつけた。
「そうはいかん。汝を余の将棋相手係として召し使わしてくれよう」
「皇冠がついてれば将棋も無敵ですもんね」
空里が言った。
「いや、〈青砂〉でこいつをもらってきてからずっとかぶっとるが、何の声も聞こえんよ。やはり、アサトのように適合するのは、かなり稀なケースなのだろう。おかげで静かに過ごせてはおるがね」
そう言って笑う新皇帝の背後から声をかける者があった。
「陛下、間も無くお出ましのお時間です。聖堂の入り口へ」
「お、そうか」
声をかけてきたのは、男性のネープだった。
当然、空里の夫や小姑と同じ顔をしているが、彼らより落ち着いた感じがする。
空里は隣に立つネープにそっと耳打ちした。
「彼、あなたより年上?」
「ネープ二五七は十七歳です。私の次に優秀なネープですよ」
空里は耳を疑った。もし本当にその通りだとしても、ネープがそんなことを口にするとは信じられない。
今のは、もしかしてジョーク?
驚きに目を見張る空里の前で、彼女の夫は視線を外して頬を赤らめた。
なんてこと……いつの間にか彼がこんなに人間臭くなっていたとは。ミマツーの影響だろうか?
空里は何も言わずにネープの手を握った。この調子で、もうすぐ彼の笑顔が見られるような気がする。その瞬間はどうしても逃したくなかった。
「ほれ、上皇陛下と諸君も一緒に来たまえ」
クアンタが手招きした。
「え? どこ行くんですか?」
「市民へのご挨拶だよ。聖堂の前にみんな集まっとる。大階段の上から手を振るだけでいい。これで今日の苦役はおしまいだ」
誘われるまま、大聖堂の入り口を潜って大階段の上に出た空里は息を呑んだ。
眼下の広場では、見渡す限りの群衆が地鳴りのような歓呼の声をあげている。
一体、何万人の人がいるのだろう?〈白宙空〉の市民だけでなく、雑多な種族の銀河帝国人民が集まったようだ。
新皇帝にならって誰にともなく手を振る空里に、クアンタは語りかけた。
「それで、君はこれからどうするのかね? 晴れて故郷へ錦を飾るか?」
故郷……銀河皇帝という役目を捨てた今、地球へ帰ろうと思えば帰れることに空里は気づいた。
しかし……。
「もう、地球には私の居場所はありません。むしろこっちでできた人の繋がりの方が大切です。そういう人たちのために、できる仕事があったら……やっていこうかな、と」
「ふむ……」
クアンタは群衆に手を振りながら続けた。
「では、その気があったら〈千のナイフ〉で仕事をしないか? あの星の和平は成ったがまだまだ問題は続くだろう。なくした友のためにも、できることはあると思うよ」
空里は手を振りながらクアンタの方を見た。
「何ができるんでしょう? 皇冠の助けがあっても、私、基本的に政治のことなんかわからないし……」
クアンタも空里の顔を見た。
「話を聞くんだよ。政治家や偉い連中のじゃない。普通の暮らしをしている、ユーナシアンやザニ・ガンの人々の話をな。何の力もない、平等な立場に立って話を聞くだけで、心の平安を得る人々があの星には少なからずいる、と思うがね」
「話を……」
はじめ、空里にはクアンタの言葉が実感をもって捉えられなかった。だが眼下の広場を埋め尽くした群衆を見つめていると、じわじわとその「仕事」がとても重要なものに思えてきた。
この人々、一人ひとりに人生があり、暮らしがある。自分自身もその一人に他ならない。この銀河帝国に来て辛かった時、ネープが、クアンタが、シェンガが、ミマツーが話を聞いてくれたおかげでなんとかやってこられた。
今度は、自分が聞く番になれれば……
「さて、もういいだろう」
クアンタが手を下ろすと、広場の群衆と大階段の間に大聖堂の衛兵たちが現れ、無言の内に謁見の終了を告げた。
と、居並ぶ衛兵たちの中央から何名かの者たちが振り返り、君主一行の方を向いた。
彼らが大階段を数歩駆け上がって足を止めたその時──
薄紫色の帷があたりを包んだ。
完断絶シールド。
空里は、自分たちを守るためのシールドかと思ったが、なぜ謁見が終わったタイミングで張られたのかわからない。見ると、周りを取り巻いていた帝国の要人たちが狼狽している。
背後に控えていたシェンガやミツナリも、焦る様子を見せていた。
シールドの外で──
「何だ?」
クアンタがにわかに緊張をあらわにした。明らかに異常事態だ。
シールドの内側には、クアンタ、空里、ネープにミマツー。彼らを警護する九人のネープたち。そして、こちらを向いた衛兵──全部で十一人いる──だ。
その十一人が衛兵隊の長衣を脱ぎ捨てた。
下から現れたのは、赤い縁取りを施されたライトグレーのアーマースーツ。
空里には見覚えがあった。同じものを着た兵士たちと、月で渡り合ったからだ。
バンシャザム!
空里は悟った。もう間違いない。このシールドは自分たちを守るためのものではない。中の者たちと外部とを隔絶するためのものなのだ。
「ヤーザム!」
中央に立ったバンシャザムが、滅びた旧宗主家の名を叫ぶと他の者たちが気合いの声で応じた。抜刀し階段を昇り出した彼らの得物は、プラズマソードでも振動ナイフでもない抜き身の剣だ。
そして、その場のネープたちはショックスピアーで武装しつつ、彼らと同様の剣も持っていた。それを抜き、前へ進み出たネープたちを見て空里は呟いた。
「一対一だ……」
バンシャザムは十一人。そしてネープたちも全部で十一人。
彼らは、仇敵のネープたちに同じ武器での対決を強いるため、人数を合わせて来たのだ。
この状況がどれほど危険か。空里は皇冠の見解を確認した。
結論は、恐らく勝てるが無事では済まない。最低、ネープ四名の損耗は覚悟すべきという厳しいものだった。
四名? その中に誰と誰が……?
空里は身をすくませた。




