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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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14.逆転の構図

 気づいた時には常に手遅れ──

 タヌ・カナガの恐れていた通りのことが起ころうとしていた。


 カルナク・ヒルの高台では、ユーナシアン、ザニ・ガン双方の政府代表による和平条約の調印式が粛々と進められていた。

 やがて双方の手元で円盤状に加工された生体認証紙(ヴィヨリーフ)が交換され、一部ずつの「写し」が銀河皇帝の元へ運ばれた。空里はそれを愛しげに胸に抱き、心中で囁いた。

 

 ルパ姉、やったよ。これでいいかな?


「それでは、我々は国土移管の準備に入ります」

 ユーナシアン代表の政務官が君主に向き直って言った。

「今後は皇帝令の指示通り、中立監察団を交えての三者会談のもと、移行期間の十年計画を策定いたします」

 ザニ・ガン代表の政務官が続けた通り、どちらが先に〈千のナイフ〉を明け渡すかの決定から国土移管の手順に至るまで、ネープたちが完全な第三者として監督することになっていた。

 監視機構の監督は〈法典(ガラクオド)〉ではネープたちの使命から逸脱する仕事だった。だが、惑星における皇帝直轄の平和維持活動という形でなら、その一環として認められるはずだった。

 アサト一世は応えた。

「よろしくお願いします。くれぐれも平和のうちにことを進めてくださいますように」

 代表団の全員が銀河皇帝に最敬礼し、すべては終わろうとした。

 が、空里にとってはここからが本当の正念場だった。

 人々が帰路へとつく前に、空里はドロメックに目配せしてさらに自分へと近寄せ、一際声を張って宣言した。

「では、銀河帝国に住むすべての皆さんにお伝えします。(わたくし)、アサト=ネイペリア・エンドー一世は……」

 深く息を吸って、さらに声を張る。

 

「……惑星〈千のナイフ〉における本日をもって、銀河皇帝を退位いたします!」

 

 代表団の面々が動揺する様子に間違いなく伝わったことを確かめ、空里は続けた。

「そして皇位継承者として、元老院議員、主席重力導師(プライマリグラビスト)、ミ=クニ・クアンタ卿を指名いたします!」


 空里の宣言に、文字通り銀河帝国は揺れた。

 ほとんどすべての人々が想定していなかった事態に度を失い、公家、星系政府、諸機関はこの宣言が有効なものであるのかから、その結果もたらされる状況の確認に奔走し始めた。


「どういうことだ……」

 ヴィンヌジャール邸では、立ち上がった主人(あるじ)の手からグラスが滑り落ちていた。

「タヌ! カナガ博士! どういうことなのだ!」

 法典書士は断頭台に向かう囚人のように、よろよろと進み出て主人に告げた。

原典管理師(クォートス)審判の放棄は間違いなく銀河皇帝の失脚につながっていました。帝国におけるすべての権利は失われるはずだった。しかし、その前に退位を宣言されたら……これは〈法典(ガラクオド)〉の定めでは彼女を全く別の地位に置くことになるのです」

「別の地位……?」

「自ら退位した銀河皇帝は、銀河上皇という地位に納まります。そして、退位前には皇位継承者を指名する権利も保証されているのです!」

 取り巻きの一人が反論した。

「しかし……受けるべき審判を放棄したのだぞ? そのことは咎められないのか?」

「アサト一世の即位そのものは成っている。審判の結果が出るまでは、それは覆らないのだ。退位の宣言は有効だ。誰も彼女が審判の前に自分から退位するとは思っていなかっただけなのだ!」


 ヴィンヌジャールの足はわななきだした。

 退位はいい。アサト一世がその後どういう地位に就こうと、永久皇帝令を撤回できるのは、次代皇帝だけだ。

 問題は後継者……ミ=クニ・クアンタの方だ。

 アサトの後見と目されていた彼ならば、アサトの意志は間違いなく受け継がれるだろう。永久皇帝令の撤回はあり得ない。そして──


 ユーナス・ザニ紛争は完全に終結する。


 次の瞬間、部屋中で高次空間波(ハイパーウェーブ)通信のコール音が鳴り響いた。秘書官ペシャルが主人の方を見て、どうすべきかという問いかけの表情を浮かべる。

「応答するな! しなくていい! それより……船だ! すぐここを出る!」

 出てどうする?それは後から考えればいい。とにかく、今は一刻も早くここを離れることだ。ここを離れて……

 ……身の安全を確保せねば。


 ヴィンヌジャール邸は上を下への大騒ぎとなった。

 そして、東南星域にあるいくつかの上級公家でも同様の有様が展開していた。

 惑星〈千のナイフ〉を巡る莫大な影の利権は、完全に凍結されたのだ。


 事態は銀河帝国元老院も大きく揺り動かしていた。

 アサト一世の退位による影響が明らかになるにつれ、上席の元老院議員ほどその深刻さに頭を抱えた。

 

 銀河帝国の歴史上、自ら退位を宣言した銀河皇帝は皆無と言ってよかった。したがって、銀河上皇なる地位に就いた者もほとんどいなかった。

 専門家が改めて〈法典(ガラクオド)〉を精査すると、銀河上皇はその属する公家の存在も保証されていた。それは元老院、あるいは銀河皇帝によって上皇が元老院議員として指名されることもあり得るということだった。

 

 新皇帝ミ=クニ・クアンタがアサト一世を元老院議員に指名したら?

 この二人が同じ方針をもって政治的な共闘体制を築いたとしたら?

 

 さらに問題なのは、アサト一世の夫君、ネープ三〇三の立場だった。

 〈法典(ガラクオド)〉に従えば三〇三はアサト一世の退位後、銀河上皇夫という地位に就くことになっていた。

 ネープはその立場上、銀河皇帝はもちろん元老院議員の地位につくこともできない。しかし〈法典(ガラクオド)〉をさらに詳しく紐解くと、上皇夫の地位はその禁忌に含まれていなかった。

 そして、上皇夫の権利も上皇のそれとほぼ同様だったのだ。

 史上初の、ネープの元老院議員が誕生する可能性が浮上した。


 そして、銀河上皇アサト一世は〈法典(ガラクオド)〉の縛りを受けない、強大な力を捨てていない。

 ゴンドロウワ軍団は、現存のものに加え、彼らが発見された辺境〈三現京(ミジェシ)〉星系には未覚醒状態の個体、集団が多数存在する。

 それらを全て再起動することに成功したら?

 

 クアンタ、アサト一世、ネープ三〇三──

 この三者の存在は、銀河帝国における圧倒的な──ラ家をもしのぐ──新勢力の中心になる恐れが極めて大きかった。

 

 惑星〈(とき)(いち)〉の元老院ラウンジでも、議員同士がそういった情報の交換で、嵐のようなやり取りを繰り広げていた。


 その一室で〈千のナイフ〉の状況を見ていた議長レ=イ・ツェガール大公は、すぐさま関係者に連絡を取ろうとしたが、レディ・ユリイラともヴィンヌジャールともコンタクトが取れなかった。

 逆に、タイ=ラン・ルージィからはどういうことなのかという問い合わせの連絡が入ってきた。|銀河戦略情報局《スタラテジック・コスモス・インテリジェンス》を任せていた彼には、ツェガールの方が聞きたいところだった。

 ルージィ卿とのやりとりに気を取られていた彼は、来客を告げる秘書官の声を適当にあしらったせいで、いきなり本人と対面することになった。

 

「よお、議長閣下」

 ミ=クニ・クアンタは相変わらずくだけた調子でツェガールに声をかけた。

 その姿はツェガールと最後に会った時と何も変わって見えないが、もし先ほどのアサト一世の宣言が有効であればその立場は恐ろしく違っていることになる。

「クアンタ卿……なぜここに……?」

「なぜも何も。元老院に約束したではないですか。洗脳の可能性を排除するために精神精密検査を受けると、ね。だいぶ遅くはなったが、無事に異常なしの結果をもらえたんで、議長閣下へご報告に馳せ参じたわけでさ」

 クアンタはポケットから一枚の生体認証紙(ヴィヨリーフ)ディスクを取り出し、ツェガールに放ってよこした。精神精密検査の結果診断書なのだろう。

「さすが、帝国医療庁直轄の〈(とき)(いち)〉メディカル・ステーション。仕事が早い。同伴者のにらみが効いていたせいかもですがね」

 クアンタは背後に立つ、ローブに付いた深いフードで顔を隠す人物を親指で示した。影のように付き従っているその存在は、恐らく今のクアンタの立場を裏付けるものだ。

 彼はすでに、完全人間(ネープ)に護られている──

「それから、例のアサトとネープの陰謀の件ね。あれも近々に釈明の上、完全に払拭させてもらいますよ。まあ、その診断結果で否定できたようなもんかもしれんけど。じゃあ、そういうことで」

 振り返って立ち去ろうとするクアンタに、ツェガールは声をかけた。

「ま、待て」

 待たせてどうする?ツェガールは、何をするべきかの考えなど何もないまま呼び止めていた。自分でも情けないほど、現状が何もわかっていない。なので、あまりに単純な問いかけしかできなかった。

「君は……君は本当に、その……即位するのか? 皇位を継承するのか?」

 クアンタは禿げ上がった頭をかき、困ったような笑みを浮かべた。

「どうもね。そういうことになっちまいましたわ。あの辺境星域(いなか)から来たお嬢さんが、とんだ曲者で。正直、あなた方よりあたしの方が、この事態に泡くってるところで、ね」

 元老院議長はようやく、言うべきと思われる言葉を絞り出した。

「クアンタ卿……私は、言っておかねばならぬことが……ある。君の即位前に。あのアサト一世即位への疑惑は……」

 クアンタは片手を挙げてツェガールを制した。

「わかってますよ。あなたにもいろいろ事情がおありだ。いちいち、それを(あげるつら)う気はありませんや。ただ、あたしについては、黙って見守ってていただければそれでいいですよ」

 いつもそうだった。

 若い頃から、この男は全てを見越していながら何にも気づいていないふりをして、裏でことを進めるのだ。その手管が、自分などより遥かに星間政治家向きであることを、ツェガールは苦々しく思っていた。

 しかし、クアンタにはそうした素養の主にありがちな欲というものが、何故かなかった。それだけの理由で、ツェガールは常に彼の上に立てていたようなものだった。

 だが、それも逆転した。

 お互いの人生の終わりを前にして。

 元老院議長はかつてなく、目の前の男に対して素直に聞いた。

「君は……皇位を手にして何を成すつもりなのだ? この帝国をどこへ導く?」

 皇位継承者は笑みを消し、ツェガールに向き直った。

「何も。この年で何を成すもないもんでしょう。ただ……」

 クアンタはツェガールの背後に浮かんだ、〈千のナイフ〉の映像を指さした。

 映し出された丘の上では、退位を表明した銀河皇帝が子供たちと対していた。ユーナシアン、ザニ・ガンの子供たちが、アサト一世に束ねた花々を差し出している。

「ただ、たまたま縁ができた若い者の望みを叶えてやりたい、と思ってる。それだけですよ」

 ツェガールは首を振って苦笑した。

「なんという男だ。どこまでも人を食った挙句、格好をつけおって。最後の最後で全て持って行った上に、真意がそれか? 何故、もっと俗っぽい野望を口にせぬ。重力導師連による全ての星百合(スターリリィ)管理とでも言ってくれた方が、まだ素直に受け取れる」

 クアンタは破顔した。

「ああ、それもアリですな!」

 再び振り返って立ち去ろうとする同輩に、ツェガールは言った。

「この建物には、まだバンシャザムがいる。気をつけることだ」

 次の銀河皇帝は手を振った。

 

「ご忠告、痛みいるよ。議長閣下」

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