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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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8.総力戦

「恐らく、地獄へ飛び込むことになります」


 ネープの言葉に、空里はかつて読書感想文のために読んだ課題図書の書き出しを思い出していた。

 地獄さ行ぐんだで──

 まさか、自分がそんな船に乗り込んで実際に地獄へ向かうことになるとは……だが、もう後戻りはできないのだ。

 

 スター・コルベットのブリッジ中空には、惑星〈千のナイフ〉を中心とした周辺宙域と、そこに展開しているユーナシアン、ザニ・ガン双方の戦力分布が立体映像として映し出されている。

 〈千のナイフ〉を挟んで、等距離の位置にある二つの月、第一衛星ソノンと第二衛星オミン。

 そのオミンと惑星を結ぶ直線を挟み、これも等距離にある重力安定ポイント〈東宙礁(ひがしちゅうしょう)〉、〈西宙礁(にしちゅうしょう)〉。それぞれに集結した両軍の宇宙艦隊は、約六十万キロを挟んで向かい合う形だが、宇宙のスケールから見ればこれは無いに等しい距離だった。

 そして、オミンから〈千のナイフ〉へ少し近づいたところには、到着側スター・ゲートがある。

 急ぎ〈千のナイフ〉へ向かうには、睨み合った両軍の真っ只中を突っ切って、赤道沿いの大気圏進入軌道に飛び込むしかない。その途中にも、地上軍の投入、補給路を確保するための戦闘艦がひしめいている。

 ここをシールドと皇識プログラムだけで小さなスター・コルベットを守りつつ、通り抜けなければならないのだ。


 「帝国軍監視艦隊の最新の共有情報では、ザニ・ガン側の艦艇数はやや上回っていましたが、ユーナシアン側の加勢がすごい勢いで数を増やしています。我々が到着する頃には、前線で戦端が開かれていることでしょう」

 ごくりと唾を飲み込んだ空里の傍で、ミン・ガンの戦士が両の拳を打ちつけた。

「面白いじゃねえか! まさに銀河皇帝、王道を走るってところだぜ」

「撃沈されなければね」

 ミマツーがクールに口を挟んだ。

「私が来たことは、彼らに伝えるの?」

 空里の問いにネープは答えた。

「もちろん、ゲートから出ると同時に全チャンネルで両軍に通信を発します。アサトの名前で、地上軍も含めて直ちに停戦せよというメッセージです。これで行く手の進路も確保します」

「その後は?」

「アサトのプランにのっとって、地上へ向かいます。赤道をほぼ一周しながら停戦命令を出し続け、着陸ポイントを目指します。ここです」

 〈千のナイフ〉の表面に南北に横たわる細長い大陸オートラス。

 その赤道よりやや南の位置に赤い光が瞬く。

 そこから開いた映像には、特徴のある巨大な柱状岩塩の立ち並ぶ台地が映し出されていた。

 〈千のナイフ〉の名前の由来となった光景だ。

「カルナク・ヒル。大陸西部戦線の中央に位置し、どちらの占領下にもなっていません。ここに両軍の最高司令官を召喚します」

「どっちの占領下でもないってことは、激戦地ってことだぜ」

 シェンガが言い足した。

「来てくれるかしら? 偉い人たちが来てくれないと、話にならないんだけど」

「来させます。来ざるを得ないような呼びかけをしますから」

 ネープが言うなら大丈夫だ。

 ミマツーが畳んだ一組の衣服を持ち上げて言った。

「そして、彼らに永久皇帝令の開示を行います。その際に着ていただく衣装がこちらです。本当は原典管理師(クォートス)審判用だったのですが。改めてご用意する時間がないので……申し訳ございません」

 空里は「ううん」と首を振りながら衣装を手に取ってみた。

 アイボリー基調のローブとその上に羽織るケープ。白銀の縁取りが美しいが、決して派手な印象ではない。

「これ、ミマツーのお手製?」

「もちろんです」

 完全人間の少女は、久方ぶりのドヤ顔を浮かべた。

 空里は衣装を置きながら、今着ている皇位継承者の古びたマントに手をやった。脱ぎたくはないが、ミマツーの心づくしを無にするのも気が引ける。

「陛下、その聖衣は私が大切にお預かりいたします。ご安心ください」

 ミマツーも空里の気持ちは察していた。

「うん。ありがとう」

 シェンガがパンと手を叩いた。

「よし! 〈千のナイフ〉側ゲート通過まで一時間だ。アサトは着替えときな。後は俺たちで段取りを固めるから」

「頼むね!」

 銀河皇帝はミン・ガン戦士と拳を突き合わせ、奥の貴賓室に入った。

 

 航法(ナビシート)に着きながら、シェンガはネープに聞いた。

「なあ、どれくらい被弾すると思う?」

 空里に聞かれる心配はないが、ことの重さで自ずと声は低くなる。

 少年は、完全人間の正確な計算結果を口にした。

「シールド減衰三十五から四十二パーセントというところだろう。通信の行き渡り方や、両軍のセンサー精度次第だが。問題は地上の戦線を通過する時だ。本当に皇帝座乗艦か試しに撃ってくるのもいるだろうからな。あとはスピードが武器だ」

「それと、運もね」

 ミマツーが、およそ完全人間(ネープ)らしからぬコメントを追加した。

 シェンガは口元を歪めて、髭を振るわせた。

「それなら、いけるんじゃないか? まあまあの運を持ち合わせているみたいだからな、アサトは……」

 気休めにしかならないと思いつつ、ミン・ガンの戦士は祈りに近い呟きを口にした。


 スター・コルベットの眼前で光の地平が歪み、超空間路(リリィ・ウエイ)の終わりが近いことを示した。

 

 そのすぐ外の宇宙空間──


 〈千のナイフ〉の重力安定ポイント〈東宙礁(ひがしちゅうしょう)〉に集結したユーナス連合艦隊の中心には、強襲揚陸宇宙空母〈星駆虎(ティガースカ)〉がいる。

 

 ブリッジの提督デ・キュラは、発進した単座宇宙戦闘艇(スター・ファイター)編隊を見送りながら、傍に浮かぶ立体ディスプレイで全軍の動きを確認した。

 現在、ザニ・ガン側の艦隊はその数に物を言わせて、こちらを包囲しようと四方へ展開している。だが第二衛星オミンの方からは、ユーナス側の支援勢力から続々と艦隊が姿を現しているところだ。

 単座宇宙戦闘艇(スター・ファイター)編隊を先頭に、敵の中心部を錐で突くように破りながら強行突破する一方、スター・ゲートからの支援艦隊で敵の包囲網を崩す。

 この戦術の要はスピードとタイミングだ。

 強行突破による敵の中核撹乱と、包囲網の切り崩しはどちらが遅れても全体がうまくいかない。だが、敵将はあのザニ・ガン軍の「母」サリグ・ルーだ。そう簡単にこちらの思惑通りにさせてはくれまい。

 デ・キュラは緊張を覚える一方で、相手にとって不足なしという手応えも感じていた。


「提督、戦闘艇(ファイター)部隊が敵艦隊と接触しました。高速駆逐艦約六十。さらに後続も接近中です」

 予定よりも会敵が早い!

 やはり、こちらの裏をかいてきた。包囲に先んじて、正面からぶつかってきたのだ。だが、対策は講じてある。

 デ・キュラはあくまでも冷静に命じた。

「前衛艦隊増速! 戦闘艇(ファイター)部隊はそのまま敵艦隊を通過して反転! 敵を背後から撹乱せよ!」

 後は、支援がどれくらい早くたどり着くか、だ。

 

 一方のザニ・ガン艦隊では、サリグ・ルーが旗艦のすぐ脇をすり抜ける戦闘艇(ファイター)部隊の姿に、敵の手強さを感じていた。

 小型艇の武装は取るに足らないとはいえ、使い方次第でこちらの隙を大きくする役目は十分果たせる。そして、デ・キュラはその使い方をよく心得ている提督だ。

「敵戦闘艇を艦隊の背後に通すな。通過時に出来るだけ撃墜せよ!」

 命じながら、中空のディスプレイでゲート方面からの艦隊をうかがう。

「敵の支援艦隊は?」

 センサー要員は、口周りの触手を普通以上に震わせながら報告した。

「さらに、続々とゲートアウト中。一千……一千五百……間も無く、既存艦隊との合計艦艇数が三万に達します!」

 サリグ・ルーは戦慄した。

 これは間違いなく、銀河帝国における過去数百年間で最も大きな艦隊戦だ。もしかしたら、帝国開闢以来かもしれない。

 

 五万に及ぼうかという宇宙艦が、間も無く入り乱れての乱戦になる──


 両軍から遥か遠く、〈千のナイフ〉北極上空の星百合(スターリリィ)近辺では、帝国軍の監視艦隊がこの稀に見る宇宙戦争の状況を見守り、記録していた。

 

公家(ハウス)デン・デイロの連合艦隊がユーナス軍に合流。ザニ・ガン艦隊と交戦状態に入りました」

「すごいな……」

 監視艦隊の記録士官は部下の報告に唸った。

 宇宙戦だけではない。地上では、さらに苛烈な戦闘も繰り広げられている。〈千のナイフ〉は正に、地獄への入り口をくぐろうとしているのだ。

「ユーナス側の艦艇数がザニ・ガン側を上回りました。これで全軍の艦艇が揃ったようです」

「陣形は? このまま艦隊戦に突入しそうか?」

 レーダー士官は立体ディスプレイの情報を細かくチェックしていたが、やがて戸惑ったような声を上げた。

「両艦隊は……そのまま展開し……いや、変です。これはどういう陣形でしょう?」

 記録士官もディスプレイを見ながら首を捻った。先ほどまでしっかりと連携を取って動いていた艦艇の光点(ブリップ)が、全くランダムに動き出していた。

「なんだ? 混乱に陥っている、のか?」

「わかりませんが……このブリップは何でしょう?」

 彼らは気づいた。

 一つだけ真っ直ぐ移動しているブリップがある。

 まるで、カオスの中でただ一人、意志をもって動いている者のようだ。


「何だ? これは……?」

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