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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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7.岐路

 別れの時が来た。


 空里の和平計画によって与えられた役割を呑んだクアンタは、〈迷標岩(マズルグ)〉星系のスター・ゲート進入の直前、一人スター・サブに残ることとなった。


 空里はミツナリにクアンタを送らせようと考えていたが、クアンタは自らスター・サブを操艦して事後の準備のため各星系を巡るつもりだった。

「本当に大丈夫ですか?」

 空里の心配をよそに、クアンタは言った。

「戦地へ乗り込むなら、ゴンドロウワはついて行った方がよかろう。スター・コルベットに乗るのは難しいかもしれないが」

 ミツナリは全く問題にしなかった。

「私は人造人間(ゴンドロウワ)です。船内にいる必要はありません。外甲板に体を固定して、しがみついてでも陛下にお供いたします」

 力強い言葉に、クアンタは金属製のボディを叩いた。

「頼むぞ。〈千のナイフ〉の大気圏に突入したら、アサトも外に身を晒すそうだ。お前が守ってやってくれ」

「お任せください」

 クアンタは足元に立つシェンガにも声をかけた。

「君もな、ミン・ガンくん。頼りにしとるよ」

「ああ、後はまかせろ。それで……」

 ミン・ガンの戦士は完全人間の少女を見上げた。

「お前はどうするんだよ。〈青砂〉に帰らなくていいのか?」

「残るに決まってるでしょ。陛下にはケダモノも近寄るんだから」

 シェンガとクアンタは「ケダモノ」が空里を狙う者すべてを指す言葉だと思ったが、ミマツーの視線はなぜか君主の夫に真っ直ぐ向けられていた。

 

 ミツナリはエアロックへ向かい、他の者たちはコルベットへの移乗チューブの真下に集合した。空里は見送りのクアンタに向き直った。

「クアンタさん、本当にありがとうございます。私のわがままに付き合ってくださって」

 老元老院議員の顔は、孫娘の成長に目を細める祖父のそれになっていた。

「まったくな。ここまで振り回されるとは思わなんだ。だが、アサトはよく決断したと思うよ。正直、荷が重い大役だが、この大仕事に関われてわしも誇るべきなんだろう。本当に大した銀河皇帝になったよ、陛下は」

 空里の口元がひくついた。

 これまで、クアンタが尽くしてくれた力添えを思い返し、何も恩返しできていないという事実が恥ずかしかった。

 クアンタは言った。

「ほら、泣くんじゃない。独裁者らしく、もっとふんぞり返って前へ進め。計画の成功を祈っとるよ、皇帝陛下」

 空里はクアンタに抱きついて、最後の別れを惜しんだ。


 母艦を離脱したスター・コルベットは、ほどなくスター・ゲートの彼方へと消えていった。


 一人、スター・サブのブリッジに残ったクアンタは、最新の情報を得ようと高次空間波ネットを探査し、一つのドロメック・チャンネルの像を結んだ。

 それは惑星〈刻の市〉のとあるレセプション・ホールで行われているパーティーの様子だった。

 付随情報によると、主催者はドウ=ナ・ヴィンヌジャール。東南星域の紛争における、人民救済のための義援会議に伴う親睦会だという。

 なるほど、人の輪の中心にいるのはヴィンヌジャール卿その人だ。そして、まわりにはルージィ卿をはじめ、空里を罠に陥れた上で懐柔しようという帝国上流階級のお歴々が集っている。

 裏で紛争の拡大を目論みながら、人民の味方という虚像を喧伝するヴィンヌジャールの姿には鼻白らむばかりだが、今はかえって愉快ですらある。

 彼らが、これから何が起こるか知ったらどういう顔をすることか──

 クアンタは、大映しされたヴィンヌジャールの笑顔を狙うように指差して囁いた。

「笑えるうちにたっぷり笑っておきたまえ、ご同輩」


 そのパーティ会場で、ヴィンヌジャールは笑顔の供給に余念がなかった。

 

 会は盛況を極め、ヴィンヌジャールの人徳が呼んだ評判にあやかろうとする人々で大賑わいだ。

 元老院特別委員会での演説以降、ヴィンヌジャールの名はかつてなく銀河中に広まっていた。特に、ラ家のシンパであるローズルン卿のあからさまな彼への急接近は、多くの上級公家の思惑に揺さぶりをかけていた。

 レディ・ユリイラの権勢に翳りが出ているのでは?

 そんな疑念から、勝ち船に乗り遅れまいとする様々な勢力がヴィンヌジャールを取り巻く人の渦を形作っていた。

 ヴィンヌジャールの笑顔はその誰にも平等に向けられていたが、その目は冷徹に人々の顔を見極め、評価し、記憶に刻みつけていた。


 一瞬、その笑顔に翳りが走った。

 渦のはるか外側に立つ、明るく派手な黄色いミニドレスに身を包んだ少女の姿が目に入ったからだった。

 ヴィンヌジャールは目の前で、〈紫水(シスイ)〉星系の希少鉱物資源開発について熱く語る公団代表に資料を送るよう頼んで会話を打ち切ると、傍らの美少年に何か耳打ちして、奥のプライベートエリアに向かって人混みをかき分けて行った。


 プライベートエリアの一角、防諜パーテイションで仕切られたコンパートメントで、ヴィンヌジャールは可変クッションに身を沈め、待った。

 やがて少年ペシャルと共に、両側を詰襟スーツに身を包んだ屈強なボディガードに守られ、先ほどの少女が入ってきた。

 

「おひさしぶり。すっかり人気者になりましたのね、おじ様」

 満面の笑みを浮かべる少女に対して、ヴィンヌジャールの方は渋面を崩さなかった。

「お嬢様、困りますな。こんなところに顔を出されては」

「あら、ひどい。せっかく苦労して潜り込んだのに、歓迎していただけないなんて」

 少女は断りもなく、向かいのクッションにミニスカートに包まれた尻を落とした。

 ナブ・ガン特有の白目の無い赤い瞳が光る。

 ショートボブの真っ白な髪からのぞく小さな角は、ヴィンヌジャールの方を向いて少し傾いているようだった。

「ペシャルくん、あたしにも飲み物ちょうだい。トリクル・カクテルがいいな」

 少年は主人に目配せし、彼が頷くのを確認してからドリンク・ワゴンに向かった。

「それで? ご用の向きはなんでしょう?」

 元老院議員の問いに、少女は唇を尖らせた。

「ビジネスライクねー。お変わりありませんか?とか、今日もお綺麗ですね?とか、社交辞令も省かれるの? レディの扱いがなってませんわね。おじ様のように……」

 少女はカクテルを受け取って、妖艶に笑って見せた。

「……銀河皇帝にもなろうかというお方が」

 ヴィンヌジャールはやれやれというように首を振って見せた。

「ああ、わかってますわ。おじ様が女の子よりお稚児さんなのは。それにしたって、もちょっといい顔をされてもと思っただけ」

「お嬢様……」

 怒鳴りつけたい衝動を抑えながら、ヴィンヌジャールは唸った。

 この軽口も、全て彼の反応を見るための試薬なのだ。

 

 超智戦略士(ストルガン)として()()()()この少女──キミーサ=レ・ジェロベルは、相手の一言、一挙手一投足からその真意を見抜く力を持っている。

 ジェロベル一族(クラン)の令嬢にして、その事業を取り仕切る弱冠十六歳。可愛らしい見た目で侮れば、致命的な結果をもたらすことになる危険な少女だ。


 ジェロベルの名は、ナブ・ガン氏族としてはそれほど多くの人には知られていない。言わば、影の存在だった。公家としての地位を持たず、広く薄く銀河に棲みながら医療物資の交易を生業としている血族集団(ファミリー)だ。

 だが、その裏では高度な兵器を紛争地で対峙する双方に供給するという、剣呑極まりないビジネスを展開している。商品の供給元には帝国軍の深層部も含まれており、どのようにしてかその責任者の首根っこを押さえているのだ。


 もちろん、ユーナス・ザニ紛争においても見えざる黒衣(くろこ)として、特に周辺勢力への影響力を発揮している。ヴィンヌジャールは裏のチャンネルで彼らと接触し、紛争の拡大に貢献させ、またベネフィット(うまみ)を与えてきた。

 現在、両者の立場は対等と言えたが、それは一瞬のアクシデントで大きく傾ぐバランスでもあった。表向き、ヴィンヌジャールの方が大きな権力を持ってはいる。しかし、何かあればジェロベル・ファミリーは気づかれぬまま背後に忍び寄り、暴力にものを言わせることができるのだ。

 

 この危険な令嬢が、入れるはずのない会場にいること自体、ヴィンヌジャールには不気味なプレッシャーとして感じられていた。


 ヴィンヌジャールは観念したように両手を掲げて言った。

「それで……お嬢様の目には、この宴の様子はどのように写られたのですかな?」

 キミーサは微笑みを微妙に小さくした。

「危ないですねえ。おじ様が本当に『平和の使者』におなりになった時、ファミリー(うち)がどう考えるか……もちろん、おじ様もよくお考えの上で人をお集めになっているんでしょうけど」

「無論。この宴の趣旨と、ファミリー(おたく)の利益は一線を画すものです。情勢はさらにそちらに都合よく進みます。私がそのために尽力しているのは、見ていればお分かりになるはず」

 ヴィンヌジャールは過去数時間で最も真摯に話をしている自分を感じながら続けた。

「具体的なご懸念やご要望がおありなら、今この場でお聞きしてもよろしいが?」

「あら、本当?」

 少女の微笑みが再び大きくなった。

「実は私たち、サブビジネスを西南星域にも広げたいと考えてますの。おじ様に、あちらの女王様との顔つなぎ役を担っていただければ、うれしいですわ」

 元老院議員の心中に生まれかけていたゆとりが消し飛んだ。

 レディ・ユリイラとの折衝だと? ラ家と兵器の取引を?

「何のために?……と、お聞きしても無駄なのでしょうな」

「当然、ビジネスを広げるためですよ。実は、超智戦略士(ストルガン)同士って大体友達で、先方のそういう人たちとも知り合いなの」

 キミーサは左手を挙げて中指の指輪を見せた。

「これも、その人からのプレゼント。でもちゃんとしたビジネスのためには、どうしても上の人とのパイプがいるのよね。そこでおじ様にお願いしてるわけ」

 ヴィンヌジャールは喉の渇きを覚え、手振りでシャペルに飲み物を要求した。

「無理な話を……」

 その時──

 キミーサの指輪から一筋の光が迸り、ヴィンヌジャールに差し出されたグラスが砕けた。酒をかぶった元老院議員は、少年に差し出されたナプキンを乱暴に奪った。

 少女は鈴を転がすような笑い声をあげた。

「面白いでしょ? プラズマ・ニードルっていうおもちゃよ」

 立ち上がり、出口に向かいながら、キミーサ=レ・ジェロベルは明るく冷たい言葉を残した。

「はじめから無理を口にする人、ビジネスの相手にしにくいわ。お互い努力する姿を見せ合わなきゃ。ね!」


 キミーサを見送ったヴィンヌジャールは、顔にかかった酒を拭きながら心中で罵った。

 女め!

 いつもことを面倒にするのは女だ。

 キミーサ、ユリイラ、そして皇帝アサト……この女との巡り合わせの悪さは、一生変わるまい。だが、それももうすぐ終わらせてやる。全てが思惑通りに運べば、その誰もが自分をどうしようもできなくなる。

 もう少しだ……。


 ヴィンヌジャールの思う通り、確かに終わりは近づいていた。

 だが、彼の考えとは全く違う形で──

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