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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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6.独裁者

 ネープ一四一を乗せたスター・サブは去った。


 切り離した連絡チューブの収納作業を終えブリッジに戻ったネープは、そこで一人、航法システムの前に立つ空里の姿を見た。

 システムのディスプレイには間も無く辿り着くスター・ゲートの先に広がった、リリィ・ウエイ網の詳細な航路が示されている。惑星〈無天函(ファルカン)〉に続くリリィ・ウエイはこの〈迷標岩(マズルグ)〉星系からの一本だけだが、ゲートからは百を超える星系に続く航路も伸びている。

 そして、空里の視線は〈無天函(ファルカン)〉ではなく別の星系へ続く航路に注がれていた。

 

 空里はそこから目を離さず、背後に立ったネープに話しかけた。

「私……あなたとお別れになるかもしれない」

 ネープは驚くことなく言った。

「あなたが私を捨てない限り、そうはなりません。そうしたいのですか?」

 空里は振り返らないまま、ゆっくり首を振る。

「そんなことしない。でも、私が何考えてるかわかるでしょ?」

「はい。それでも私はあなたのそばを離れるつもりはありません」

「いいの? 私、あなたが……ネープ(あなたたち)が私を護る理由を失くすかもしれないのよ?」

「私があなたのそばにいるのは、そう約束したからです。他のネープも〈法典(ガラクオド)〉も関係ありません」

 空里は突然振り返ると夫を抱きしめ、強く口づけした。

 同じ熱さで応える少年の頬を、銀河皇帝の涙が濡らす。

「ネープ! ずっとそばにいてくれる? 私が何をしても。私の……手足が増えて、口が裂けて、どんな姿になっても、そばにいてくれる?」

「忘れたんですか? そう約束しました」

 力いっぱい抱きしめていた手をゆっくりとほどき、空里は夫の顔を見た。

 穏やかな表情を浮かべ、指で涙を拭ってくれるネープの目を見つめながら空里は聞いた。

「ゲートまであと十二時間。行き先はそのどれくらい前までに決めれば?」

「直前で構いません。どこへでも行けるように、計算は進めておきますから」

 空里は少年の頬にもう一度口づけして、その体を放した。

「みんなに伝えて。またお部屋にこもるけど、心配しないでって」


 自室に戻った空里は、ドアの前に飲み物と軽食を置いたワゴンを見つけた。

 ミマツーだ。もしかして、立ち聞きしてた?

「悪い子だなあ」

 

 そして、スター・サブの艦内を静かな時間が流れていった。


 ネープは空里が望むであろう針路に合わせた超空間路の計算をこなし、ミマツーは審判に臨む際、空里に着せる盛装を整えた。

 クアンタとシェンガは、機械を使わないミン・ガン将棋(チェス)に没頭した。


 空里が部屋を出てきたのは、ゲート突入の一時間前だった。


「皆さーん。ブリッジに集合してくださーい」

 艦内放送で空里の声が響いた。

 大事な話をするにはブリーフィング・ルームの方がふさわしいが、空里にはブリッジの方がやりやすかった。なぜかまわりで機械がピカピカしていると、かえって落ち着く気がするのだ。


 ミツナリとドロポンも含め集合した仲間たちの前に立ち、銀河皇帝は言った。

「これからのことですが、私とネープは〈無天函(ファルカン)〉には行きません。惑星〈千のナイフ〉に向かいます」

 一同は表情を変えることなく、凝固した。空里は続ける。

「〈千のナイフ〉で私はユーナシアン、ザニ・ガン双方に停戦を命じます。〈永久皇帝令〉を発布して、そのまま紛争を終わらせます。それから〈無天函(ファルカン)〉に向かっても、原典管理師(クォートス)審判に間に合わないのは承知の上です。私は銀河皇帝であり続けるより、この紛争を終わらせたい。そのため皆さんにお願いしたいこともあるけど、この後どうするかは皆さんの自由です。今、決まっているのは私とネープがスター・コルベットで〈千のナイフ〉に向かうということだけ。皆さんがどうするにせよ、スター・サブは残していきます。時間がないけど、あと一時間で決めてください」

 

 クアンタもシェンガも、ミマツーも黙ったままだった。

 皆、心のどこかでこうなるのではないかという予感は抱いていた。だが、現実にその選択肢を突きつけられると、ことの重大さがのしかかってきた。

 

 クアンタは、冷静に空里の選択の先にあるものを考えた。

 〈永久皇帝令〉は一度発布されたらその効力は文字通り永久に続く。それを撤回できるのは、銀河皇帝だけだ。元老院にもどうしようもない。

 だが、審判をキャンセルして空里が帝位を放棄すれば、撤回権は次代の銀河皇帝に移る。皇冠(クラウン)と相談して決めたからには、空里にもそのことはわかっているはずだ。

 ダメだ。

 それ以外にも、あまりにも穴が多すぎる。


 クアンタは重い口を開いた。

「アサトのやりたいことはわかった。それについて口を挟むつもりはない。だが、この計画には三つの大きな障害がある。わかっているとは思うが、それをどうするつもりか聞いてから、自分のことは決めたいな」

「はい、どうぞ」

 空里は少し足を開いて「休め」の姿勢を取った。

「まず、元老院ではなく紛争地に乗り込んで勅令を出すということだが。あまりに危険だ。皇識プログラムをフルに活用するとして、宇宙艦隊の脅威をどう潜り抜けるつもりかね?」

「直接〈千のナイフ〉に向かうのは、総力戦が近いからです。私はどうあってもこれを止めたいんです。戦闘の真っ只中に突っ込んでいくことになるのもわかってます。皇識プログラムの使い方は、ネープに任せています」

 そのネープが後を引き継いだ。

「ご存知の通り、帝国の宇宙船には兵器管制と連動した船籍識別システムが搭載されています。アサトが艦内にいればその生体情報から皇帝座上艦としての識別信号を発信できます。帝国のシステムで動いている艦であれば、アサトの乗っている船に攻撃はできません」

 老元老院議員は食い下がった。

「地上では? 惑星上に着陸するつもりなのだろう?」

「陸戦兵器は宇宙艦の識別信号を用いないので、アサトが船外に立つ必要があります。完断絶シールドを張って安全を確保した上で、センサーが空里を認識できるようにします。多少リスクは上がりますが、アサトは承知です」

 クアンタは、外甲板に空里を立たせたまま対流圏内を飛翔するスター・コルベットの姿を思い浮かべて呆れたが、あえて口には出さなかった。他の問題もあまりに大きかったからだ。

「それでその……〈永久皇帝令〉だが、単に和平を命じるだけでは彼らは従わんぞ。停戦したとしても、紛争の再燃は避けられんだろう。どちらに肩入れしてもいかんし、永きに渡る領有権への固執を捨てさせるのも無理だ。この勅令を有名無実にしないための策はあるのかね?」

 空里は苦笑しながら腕組みをした。

「そこなんですよねえ。ひとつ案はあるんですけど、うまくいくかは五分五分って皇冠(クラウン)も言うんです。でも賭けてみる価値はあるのかな?と……」


 続く空里の説明には、さすがのクアンタも驚きの表情を隠せなかった。

 ミマツーですら目を見開き、口元を緩める。

 シェンガは引きつったような笑みを浮かべて、堪えきれないように笑い出した。


「それ! 本当にやるのか!」

「うん、やるよ。でもいきなり勅令は出さないつもり。まずその内容を開示して、両方の首脳部にどうするか決めさせる。彼らが自分で決めないと意味がないから。その上でオーケーなら、〈永久皇帝令〉の発布」

 クアンタは思いもよらぬ空里の大胆さに気圧されながら、次第に本気でこの計画を考え始めた。残るは──

「最後の問題だが、これが一番やっかいだぞ。審判をキャンセルして全ての権利を失くすのがわかっている銀河皇帝の言うことを誰か聞くか? そして全て終わった後でアサトを護るものは何もないということになる。大人しく故郷(地球)へ帰りたいと言っても、その手段すらままならぬ。それはわかっているかね?」

 空里は一歩クアンタに近づくと、胸の前で手を組んで懇願のポーズをした。

「そこでクアンタさんにお願いがあるんです。多分、お嫌だと思うんだけど、引き受けてくれたら本当に助かります。実は……」

 

 続いた説明に、クアンタは今日……いや元老院議員となって以来……いや人生で最大ではないかと思われる衝撃を受けた。

 愕然として、わななく指で空里を指しながら、老元老院議員はうめいた。

「いや、それは……本気かね?! というか本当に〈法典(ガラクオド)〉ではそうなっているのか? いくらなんでも……いやいや、それは無理というものだよ……」

「無理なら、代わりを考えてくれませんか? でもあまり時間はないんですけど」

「そうだ。そんな根回しをするような時間はない。やれやれ……まいったな」

 シェンガは世にも楽しげな様子で、狼狽するクアンタに声をかけた。

「爺さん、あきらめちまえよ。アサトについてきたのが運の尽きだったってことだろ?」

 クアンタは苦虫を噛み潰した顔でミン・ガンの戦士を睨みながら言った。

「そうだ……アサト、わしはあんたについてきて後悔することになるかもと思ってはいた。しかし、こんな形で後悔させられるとは思わなかったよ。全くひどい話だ……」

「ごめんなさい。でも……」

 空里は精一杯申し訳なさそうな表情を浮かべ、内心ではうれしさに微笑みながら言った。

 

「……私、独裁者ですから」

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