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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

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4.拒否できない提案

「陛下、ご無沙汰しておりました。再びお会いできて、光栄です」


 ネープ一四一は言った。

 ランデブーしたスター・サブ同士の連絡チューブから彼が姿を現した時、空里のそばにいた二人のネープは、顔にこそ出さなかったが驚いた。

 元老院に呼ばれでもしなければ〈青砂〉を離れることがない長が、銀河皇帝の──それも審判に向かう途上の──元を訪れるとは。完全人間の推論能力を駆使しても、その目的を十分推し量ることはできなかった。

 確かなのは、重大事であるということだけだ。


「おひさしぶりです、本当に。あの……〈青砂〉ではお世話になりました。三〇三()とのことも……勝手な要望だったのに、認めていただいて。うれしかったです」

 ネープの長は笑みこそ浮かべなかったが、まるで優しい叔父のような表情で言った。

「いえ、事態が急変しなければお祝いもして差し上げられましたものを。陛下はよくこの危機を乗り越えられました。僭越ながら、感服いたしました」

 あからさまな賛辞に、空里はどぎまぎした。

 この短い言葉で、彼が月での戦いから〈天翔樹(アマギ)〉での冒険に至るまで、全てを知っているのがわかる。

 そう、そこで空里が得たものも失ったものも、すべてわかっているのだ。

 それでも、自分なんかより遥かに優秀なはずの人物に褒められるというのは、なんとも居心地が悪い。だが、ここは素直に褒め言葉を受け取っておくことにした。

「あ、ありがとうございます」

 ネープ一四一は深く頷いてから言った。

「陛下、私たち二人でお話をしたいのですが、よろしいですか?」

 その言葉に、空里は夫がつっと彼女のそばに立つのを感じた。

 ネープの目には、自分も一緒に話を聞くという意志がありありと浮かんでいる。

 そして、その隣に立つミマツーも、真一文字に結んだ口に同じ思いが見えた。さらにその足元で腕組みをするシェンガも。クアンタは少し離れたところで黙って見つめていたが、空里には彼だけを別に考えることはできなかった。

「あの……みんなで聞いてもいいですか?」

 ネープの長はあっさりと了解した。


 ブリーフィングルームに集合した一同は、一四一を囲むように着席した。

 ネープの長は、真っ直ぐ空里に語りかけた。

「陛下、ご承知の通り原典管理師(クォートス)審判の行われる惑星〈無天函(ファルカン)〉へは、あとスター・ゲート一つを潜るのみです。本来ならば、審判を受けることが何にも優先されるべきことであるのは言うまでもありません。しかし、私はこのタイミングでお伝えするべきではないかと判断して、ここへ来ました。これから起こることと、陛下のお立場について私にもたらされたある提案について」

「はい」

 空里がうなずくと、一四一は彼女の前に手のひらを差し出した。

「ユーナス・ザニ紛争のことはもうご存知ですね。この惑星〈千のナイフ〉の支配権をめぐり、五千年にわたって続いている戦いです」

 ネープとミマツーにはわかっていた。今、空里には一四一の手のひらの上で回る〈千のナイフ〉の立体像が見えているはずだ。だが、他の者には見えていない。

 完全人間の能力の一つ〈幻視供(イリュゼション)〉。

 機械の助けを借りることなく、人の意識に働きかけて幻の映像を見せることができる技術だ。あまり大掛かりな幻は見せられないささやかな力だが、強い精神力と集中による熟練を要し、ネープにもミマツーにもまだ使いこなせない。

 

 一四一は話を続けた。

「間も無く、この〈千のナイフ〉でユーナシアン、ザニ・ガン双方の軍による総力戦が始まります。戦場は地上にとどまらず、周辺宙域にまで広がります。さらに両軍にはそれぞれの支援勢力が加勢します。惑星全土が荒廃し、環境は悪化。多くの住民が難民となり、外星系へ脱出せざるを得なくなるでしょう」

 ネープの長の手の上で、話の内容に合わせたシミュレーション映像が展開していった。そこでルパ・リュリから聞いた、美しい果樹が茂り珊瑚礁の広がる惑星の面影は、跡形もなく消えていく。

 空里は言った。

「止められないんですか?」

「元老院が特別委員会を開催し、両勢力の代表を交えて和平交渉に臨みましたが、失敗に終わりました。どちらも祖先から受け継いだこの星の主権を放棄しません。譲歩の余地もありません。領土の共有、そして共存という概念はあり得ないのです」

 〈天翔樹(アマギ)〉での惨事も、この頑迷さが呼んだ悲劇だったわけだ。

 空里は眉間に皺を寄せ、唇を噛み、重ねて聞いた。

「銀河皇帝が命じても……ですか?」

「この五千年間で、何人かの銀河皇帝が和平の勅令を出したことがありました。しかし、いずれの場合も直ちにそれが撤回されています」

「どうして?」

「帝国の、双方それぞれに肩入れする勢力が許さないからです。〈千のナイフ〉に眠る莫大な権益の可能性がそうさせているのです」

「権益の……可能性」

 一四一の手の上の映像が、一人の恰幅のいい男性の姿に変わった。

「そこで、もう一つのお伝えすべきお話です。陛下もすでにその権益の一端に組み入れられようとしています。この人物、ドウ=ナ・ヴィンヌジャール卿によって」


 ネープ一四一は、映像を交えてヴィンヌジャールとその一派が提案してきた、星百合(スターリリィ)の権益を巡る秘密の取引を打ち明けた。

 戦火の拡大……星々の荒廃……星百合(スターリリィ)管理権の召し上げ……そして利益の再分配と政治的支援。

 空里は目を見開き、シェンガは身を乗り出した。クアンタは足を組んで顎に手を当て、二人の完全人間(ネープ)だけが変わらぬ表情で話を聴いた。


 一四一が開いた手を閉じ、沈黙が訪れた。

 シェンガは確信していた。こんな提案は空里の心情に沿うはずがない。彼女の気性が許すはずもない。

 ミン・ガンの戦士は唸るように言った。

「こんな話……全部、ドロメックの前でバラしちまえよ。そのヴィンヌジャールとかいう野郎は、アサトを利用したいだけじゃねえか」

 クアンタが重い声で言った。

「それは逆にアサトを追い詰めることになるぞ。その海中の星百合(スターリリィ)がすでに死んでいるという事実だけでも、多くの上級公家が大混乱に陥るだろう。そしてこの陰謀に与した輩からは大きな反感を……反乱すら招きかねん。しかも、星の領有権問題はそのままで、紛争自体は終わることなく続く。アサトの望む平和もなく、その立場だけが危うくなるのだ。提案を受け入れるか、黙ったまま断るか、選択肢は二つしかない。ヴィンヌジャールめは全て見越して持って来たのだ。拒否できない提案を、な」

 シェンガの「チッ!」という舌打ちが響き、再び重い沈黙が室内に満ちた。

 やがて──

「ふっ」という音が空里の唇から漏れ、それは笑い声に変わっていった。

「おかしい……戦争が広がって、みんなが不幸になればなるほど、私は得をするんですね」

 銀河皇帝の引きつったような笑い声は、次第に泣き声混じりになっていった。

 ネープは立ち上がると空里の背後にまわり、妻の肩に手を置いた。その手を握りながら、空里は言った。

「ほんとに……本当に、銀河帝国っておかしな国。私……どうしようかな。こんな国、めちゃくちゃにぶっ壊したくなってきちゃった」

 空里の手を握り返しながら、ネープは一四一の目を見据えて無言の問いかけをした。

 なぜ、このタイミングで空里に告げた?

 ネープの長はその問いに答えることなく、銀河皇帝に声をかけた。

「陛下、どうぞよくお考えください。どんな結論を出されても、我々ネープはあなたの味方です。どんな意志を示されても、勅令さえ出していただければそれに従わぬ者は我々の敵です。例え、それで帝国が滅びることになっても、です」

 思わぬ一四一の強い言葉に、ミマツーは目を見開いた。

 そこまでの覚悟があるというのか?彼に?

 空里のために、撃滅艦隊(デストローン)を出すつもり?

 例え審判を通った後でも、この状況でそれはネープたち全ても滅ぼしかねない大ごとだというのに……。


 空里は一度鼻をすすり上げてから、しっかり前を見た。

「ありがとうございます。わかりました。しっかり考えることにします。その上で彼と……」

 背後に立つ夫を見上げる。

「……よく相談して、全部決めます」

 一四一は、一瞬ネープの視線を受け止めてから、また空里の目をまっすぐに見据えた。

「お願いします。そしてもう一つ、陛下にお伝えすることがあります。つかぬことをうかがいますが陛下、最近、体調に変化はございませんか?」

 その言葉にネープは思わず空里の手を握る力をわずかに強くした。


 彼はあれを今、打ち明けるつもりなのだ──

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