表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/62

3.ガールトーク

「ミマツーってさ、自分のこと好き?」


 銀河皇帝の言葉に、完全人間の少女は大きく目を見開いた。

 空里は久しぶりに、心中に温かいものを感じた。

 この子ってば驚いたり虚をつかれたりすると、すぐこういう顔する。かわいい。

 カレーの皿をスプーンでつつきながら、空里は小姑の美しい困り顔を愛でた。


 スター・サブの食堂には二人の少女しかいなかった。

 ほぼ丸一日、自分のコンパートメントに閉じこもっていた空里を引っ張り出したのは、二人が食べている何の変哲もない家カレーライス。

 これもキムチチャーハン同様、ミマツーの手になる料理だったが、作った本人もここまで効果があるとは思っていなかった。


 惑星〈天翔樹(アマギ)〉の有様を見て悲嘆にくれた空里は、自室に引きこもった。その扉の前をうろうろと歩き回るシェンガにも、他の乗員の誰にも彼女にかけるべき言葉は思いつかなかった。

 一度、飲み物を持ったネープが入室を許されたが、一分少々で彼だけが出てきてしまった。

 惑星〈無天函(ファルカン)〉に着くまで夫を一緒に居させたかったミマツーは、何をやってるのか、ちゃんと慰めたのかとネープを責めた。

「そのつもりで、アサトとベッドに腰掛けた。だが彼女は私にすがりつきたくないと言って私を追い出したんだ。今、ここですがりついたら二度と立ち上がれなくなる気がするから……と」


 そのまま長い時間が過ぎ、食事もとってもらわなければならない頃に、ミマツーはカレーを作り始めた。

 つらい時こそ、腹に何かを入れなければならない。

 持って行ってもいいが、匂いに誘われて出てきてくれれば、と。

 厨房のハッチを解放し、空調システムの流れに任せて広げたスパイスの香りに、ミン・ガンの戦士は閉口した。

「何だよそれ、ひでえ臭いだな……」

 

 そして、別室に退散したシェンガと入れ違うように、空里は出てきた。銀河皇帝は空腹に屈したのだ。

 サラダとラッシーもつけて空里のテーブルにトレイを運んできたミマツーに、空里は言った。

「ミマツー、いっしょに食べて」

 主君の命令通り、向かいに腰掛けて無言のまま食事をしている時に、その言葉が出た。


「ミマツーってさ、自分のこと好き?」

 約二.五秒のインターバルを経て完全人間の少女は答えた。

「そう、ですね。あまりそういうことは……考えたことが、あり、ません。すみません」

「いいよ、謝らなくて。そっか……そうだよね。ネープはみんなそのままで完全だもんね」

 寂しげな微笑みを浮かべる空里に、ミマツーはネープにあらざる困惑を覚えた。こんなことをネープに尋ねる銀河皇帝は存在しただろうか?どうすれば、彼女の望む答えをしてあげられるのだろうか。

 質問に質問を返すことになるが、ミマツーは素直に疑問を口にすることにした。

「陛下は……ご自身がお嫌いなのですか?」

 今度は空里の方が目を丸くした。

「申し訳ありません。差し出がましいことを聞きました……」

 失敗を悔いるようにうつむくミマツーに、空里は今度は明るく微笑んだ。

「ううん、ありがとう。聞いてくれて。そういう普通の会話がしたかったんだ」

「そうですか……」

 普通の会話とは何か?ミマツーの心中に新たな疑問が湧いたが、ここは黙って流れに任せることにする。

「そうだね、自分が嫌いだったこともあった。子供の頃、こんなことがあったの。初めて会った再従姉妹(はとこ)の女の子と仲良くなって……はとこってわかる?」

「はい。六親等の傍系親族ですね」

「えーと、そうかな? まあいいや。その子が私の持ってた魔法少女マリカのお人形をうらやましがって。その場のノリで私、じゃああげるよって言っちゃったの」

 ミマツーは「魔法少女マリカ」という言葉を心中のチェックリストに加えた。後で調べる。

「でね。いざお別れの段になったら私、急にそのお人形が惜しくなって泣き出しちゃったの。そしたらその子、人形返してくれて……私、生まれて初めて自己嫌悪に陥った。一度あげるって言ったのに、なんで泣いたりしたんだろって」

「……」

「結局、後で叔母さんにお願いして、その子に人形を届けてもらったんだけど。叔母さん『空里ちゃん、えらいね』ってほめてくれて。それでまた自己嫌悪。何だかほめてもらいたくて人形手放したみたいじゃないって」

 ようやくミマツーは「普通の会話」の切り口を見つけた。

「しかし、それはきちんと反省した上での行動の修正だと思います。ご自身を否定する理由にはならないのではありませんか? 幼少期のことなら仕方ないかもしれませんが」

 その言葉に空里は、何かに気づいたような表情を見せ顎に手をあてた。

「そう……そうね。それって自己嫌悪じゃなかったのかも。自分であれこれ考えて、気持ちの動きがわかるから、それが人の見立てと違うことにギャップを感じていたというか……」

 そう言って空里はスプーンをカレーに差し入れ、そのまま手を止めた。

「さっきね、〈天翔樹(アマギ)〉の惨状を見て、助けに行きたいと思ったけどネープに止められたでしょ。その時、ただみんなを救いたいと思ってたんじゃなくて、銀河皇帝としての立場のことも頭をよぎったの。近くにいたのに、皇帝は何もしなかった……そういう風にまわりから見られたら、どうしよう……そんなことまで考えてた。そんなずるさも自分の中で目をそらせない。自分の嫌なところは、見ないわけにいかないのよ。そういう意味で、自分てこの世で最悪の存在だな、って」

 空里はカレーを口に運び、首を捻りながら笑った。

「あたし、何言ってんのかしらね! ごめんね、変な話につき合わせて」

「いえ……わかる気がします。普通の人間は自己内省と自己欺瞞を行ったり来たりして、バランスを取っています。陛下は前者の傾向が強いということかな、と」

「ああ、その表現なんとなく腑に落ちる!」

「しかし、それは悪いことではないでしょう。陛下は自己と向き合ってそれを乗り越えよう、強くなろうとしているのではないですか? その過程が苦しいから自分を最悪の存在とおっしゃっている。勝手な解釈ですが私にはそう思えます」

 ミマツーの言葉に、空里は大きく胸を張りすうっと息を吐いた。

「そうね。ありがとうミマツー、そう思うことにする。なんか、少しだけ楽になったよ。これからも最悪の自分と何とかつきあってみる。いつか、最悪じゃないって思える時まで、ね」

 何とか主君を励ましたかった完全人間の少女は、少し緊張を解いた。

「よかったです。それで……」

 解けた緊張から好奇心がのぞき込み、ミマツーは尋ねた。

「陛下にとって、この世で最良のものとは何ですか?」

 空里は軽く天井を仰いだ。

「最良か……ね、笑わないでくれる? やっぱり彼。ネープだと思う」

 ミマツーは目を細めた。

「彼が、最悪な自分のことを見てくれるだけで、安心できる気がする。肩に触れてくれるだけで、気持ちが救われる気がする。そういう意味では、ミマツーとのおしゃべりや作ってくれる料理もそうね。もしかしたら、ネープみんなが最良の存在なのかも」

「それはどうでしょう。でも、まあ少なくとも三〇三は……もう陛下にとって特別な存在で……」

 そこまで言ってミマツーは空里から目を逸らし、ちょっと考えてから続けた。

「陛下、これは家臣として陛下の心の安寧を思ってのお尋ねで、個人的興味とかではないのですが……その……〈天翔樹(アマギ)〉で三〇三(あれ)は……うまく、やれてたのでしょうか?」

 空里はミマツーの目をジッと見返した。

 家臣として? いやいやどう見てもこれは少女の好奇心からの質問に聞こえる。

 完全人間がそんなごまかしをするとは思えないが、空里は友達として答えることにした。実際、彼女は年下の可愛い友達なのだ。

 空里は小さく手招きしながら、声をひそめて言った。

「ミマツー、もちょっとこっち来て。あのね、〈天翔樹(アマギ)〉で最後の夜、彼が来て……」

 もしその場に誰かがいたら、話が進むにつれてのミマツーの表情の変化はとても興味深いものに見えただろう。

 まず、軽い驚きの表情から激しい驚愕のそれに変わり──

 やがて、戦慄の衝撃がその顔に走った。

「そ、そうでしたか。そんなに……」

 空里はあくまで真面目にうんうんとうなずきながら続ける。

「そうなの。でもね、いちばん驚きだったのは……」

 空里の声がさらにひそまり、ミマツーの喉が小さく鳴った。

 

 そして──

 

「アサト!」

 食堂のドアが開き、ネープが入ってきた。

 早足でこちらへ歩いてくる彼の姿に、テーブルの少女たちはガタガタと音を立てながら慌てて離れた。

「──?」

 空里の夫は一瞬、眉をひそめたがすぐに忘れて言うべきことを言った。

「アサト、ブリッジに来てください。僚艦がランデブーを求めています」

「僚艦?」

「〈青砂〉からのスター・サブです。誰かが……ネープが来たのです」

「わかりました。行きます」

 ネープは、食堂を出る空里を追うミマツーが、これまで見たことのない表情で自分を睨んでいるのに気づいた。怒っている、というよりも何かとんでもなく危険なものに対しているような顔だ。

 脇をすり抜けざま、完全人間の少女はネープに震える声で小さくささやいた。


「……ケダモノ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ