2.惑星〈千のナイフ〉
五千年に及ぶユーナス・ザニ紛争の中心地、惑星〈千のナイフ〉──
その一つの星に、なぜ、いかにして二種の知的生命体が現れ、進化し、衝突してきたのかは、もはやはっきりとした記録も失われていた。
とにかく、今そこには、ユーナシアン、ザニ・ガン両軍ならびに、その支援国家、組織の戦力が集結しつつあった。
広大な大洋と、南北に長い唯一の大陸〈オートラス〉からなる惑星全域で、支配権をかけた総力戦が間も無く始まる。主戦場は地上だが、そこへの敵陣営の支援を阻むため、周辺宙域での宇宙戦も熾烈なものとなるはずだった。
〈千のナイフ〉は二つの衛星、ソノンとオミンを持つ。
これらの月は惑星から約四〇万キロの等距離の位置を巡っており、まるで永く戦う両種族のように〈千のナイフ〉を挟んで睨み合うような形になっていた。
惑星と第二衛星オミンを結ぶ直線を挟み、これも約六十万キロの等距離には、重力安定ポイント〈東宙礁〉、〈西宙礁〉がある。
そして、ユーナス征星軍は東。ザニ・ガン救星戦線宇宙軍は西の重力安定ポイントに艦隊── ゼラノドン級宇宙戦艦や宇宙空母を中心とした一千を超える艦艇群──を集結させていた。
さらに、それらの背後にあたる重力圏外宙域には、両軍を支える支援勢力の艦隊も続々と姿を現していた。これら大小の艦艇の総数は、おそらく万を超える規模になるだろうと思われた。
その全てが、一つの戦いでぶつかろうとしている。
これは帝国においても、百年に一度あるか無いかの規模と言えた。
〈千のナイフ〉にある二つの星百合。
その覚醒状態にある片割れは、惑星の北極上空、約百万キロの位置にあった。そして到着側スター・ゲートは、第二衛星オミンから惑星側に少しだけ離れた宇宙に開いている。
帝国によって管理されているスター・ゲート近辺での戦闘は禁止されているので、両軍の艦艇は安全にそれぞれの集結宙域に向かうことができた。
そのゲートを潜り、二隻の護衛艦を伴ったハイタカ級巡航宇宙艦が、〈西宙礁〉に向かう針路をとった。
ザニ・ガン救星戦線宇宙軍第四艦隊旗艦〈血之風〉。そのブリッジで、艦隊司令であり第十二機甲海兵軍総指揮官でもあるサリグ・ルー元帥は、乗艦を迎え入れようとする艦隊の全容を展望窓から眺めていた。
「ノッグ星系からの支援艦隊がもう来ているのね」
「はっ。集結した艦艇の数はすでに〈東宙礁〉の敵艦隊を百以上凌駕しております」
自信に満ちた副官の報告に、元帥は傷だらけの甲殻を被った頭をゆっくりと振ってみせた。
「それは今だけの話よ。敵艦隊もすぐに数を増やすわ。戦闘が始まる時には、向こうの方が数では勝ることになるでしょう」
サリグ・ルーの指摘に副官は黙るしかなかった。
この、ザニ・ガン四軍の母とも呼ばれる老女将は、どんな有能な参謀もかなわぬ戦況分析力と洞察力を備えていた。
大陸沿岸におけるゲリラ戦から叩き上げで将官にまで上り詰め、数々の大きな戦果をあげてきたばかりか、機動甲殻など新兵器の開発導入にも指導力を発揮してきたサリグ・ルー。
その彼女が今回の総力戦において、陸宙全軍の総指揮官に任命されたことは、全軍が当然と考えていた。
しかし、本人はこの総力戦に決して明るい気持ちで臨んではいなかった。
自分で言った通り、少なくとも宇宙戦力においてはユーナシアン側が圧倒的に優勢になる可能性が高いのだ。
ザニ・ガン側は、ノッグ星系をはじめとする周辺星域に味方が多い。古くからの積極的な外交努力によって、東南星域防衛条約機構という軍事同盟を構築しているからだった。
だが、ユーナシアン側は汎銀河的な移民政策や経済的影響力によって、広範囲に存在する支援勢力の助けを期待することができた。特に、星百合の化身であるユーナス神を信奉する〈ユージェン会派〉と呼ばれる宗教的連帯の規模と団結は、星系国家や公家による、ユーナス征星軍への絶大な援助につながっている。
確かに、数は戦いにおいて決定的な条件ではある。
だが、その数の使い方を誤れば、それ以外のあらゆる要素が戦いの趨勢を決めるのだ。
サリグ・ルーはそういう事例をいくつも見てきた。しかし、これほど大規模の会戦となると、さすがに経験はない。
この期に及んでは、ザニ・ガン一族全体の武運と部下たちの尽力を信じるだけだった。
〈血之風〉は集結した艦隊の中央に静止し、補給艦とドッキングした。
サリグ・ルーは物資と人員、エネルギーの補給を急ぐよう指示し、自室に戻った。
間も無く、副官の声が中空に響いた。
「ロウゴ将軍がお見えです」
「通して」
屈強なザニ・ガンの男性将官が副官を伴って入ってきた。
ヒト型人類の男が無骨なアーマーを身につけたようなその姿は、ザニ・ガン軍人の理想形に見える。
第十二機甲海兵隊の指揮官ロウゴ・ルーは、ハサミ状の右手腕をあげて敬礼し、口元の触手から低い振動音声を発した。
「着任のお祝いを申し上げます。総指揮官殿」
「何もめでたくはないわよ、将軍」
元帥の口から、甲高い笛のような音が漏れた。ため息だった。
「しかし、我が軍が勝利した暁には、閣下のお名前は未来永劫に渡り民族の記憶に深く刻まれることになりましょう」
「大切なのはその前の方、勝利すること。それだけです。で? 貴官の方はそのための準備はできているの?」
「はっ! 海上空母打撃群と機甲海兵隊からなる連合部隊は作戦通りに展開中であります」
副官がプロジェクターから立体映像を中空に投射し、ロウゴ・ルーが現状の詳細を報告した。
聞き終えたサリグ・ルーのコメントは簡潔だった。
「いいでしょう。とにかく、肝要なのはスピードです。敵に反抗のいとまを与えない迅速さ。これは全軍に徹底してちょうだい。作戦開始は予定通りに」
「はっ。徹底いたします。それから、お聞き及びかもしれませんが……」
そこまで言って、将軍は副官に目配せして彼を退席させた。
扉が閉まり切るのを待ってから、ロウゴ・ルーは言った。
「今次会戦において、ユーナシアン側の総指揮官はデ・キュラ提督になるそうであります」
デ・キュラ……なるほど。
サリグ・ルーは、ロウゴの脇腹から伸びた付属肢の指が固く握り締められているのを見て察した。
強く訴えたいことがあるとこうなるこの子の癖は、昔から変わっていない。
卵の頃から知っているこの子の。
黙ったままの元帥に、ロウゴ・ルーは続けた。
「デ・キュラは惑星〈天翔樹〉での失策によって司令官を解任されると思われましたが、ユーナス軍首脳部は奴の冷酷さの方を買ったようであります」
失策。
あの〈天翔樹〉での出来事を失策と言うなら、帝国の人々が「ハンコーストの虐殺」と呼ぶあの惨劇はどうだろう。軍の指揮から逸脱したゲリラの暴走という報告も、サリグにとっては失策の言い訳にしか聞こえなかったものだ。
そして、その失策の責任者も解任はされていない。どちらの軍においても、軍人の評価は周辺からのものとは別のところに焦点を結ぶのだ。
「もし、敵陣内における総司令官の所在が把握できたら……」
サリグ・ルーは片手をあげて将軍の言葉を遮った。
「弟の仇を討ちに行きたいというの?」
ロウゴ・ルーは違う言葉を続けるつもりだったが、その先の図星を突かれて沈黙した。
〈天翔樹〉で前進基地の建設にあたっていたロウゴの弟メザラ。それ以外にも、彼の部下には友人、縁者をあの星で失った者が多くいる。
ユーナシアンへの復讐は、この紛争において民族の大きな動機であり、今回の戦いでも強い戦意につながるはずだった。
だが──
「将軍、作戦に私情を持ち込むことは許しません。敵の総司令官が何者であろうと、当初の予定通り指揮にあたること。それが軍人、ザニ戦士としての務めだと知りなさい」
「は……」
ロウゴ・ルーの指は開いていた。
主腕で敬礼し、退室しようとした将軍にサリグ・ルーは声をかけた。
「将軍、私情は表に出さないこと。でも復讐の炎は消さなくてもいい。それは心中で静かに燃やしなさい」
そう言ってサリグ・ルーは息子の目をまっすぐに見た。
自分もそうするから、という意思と共に。




