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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第三章

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7.頭上の脅威

「駆け落ちの手伝いぃ?」


 完全人間の少女は思わず大声を出した。

 惑星〈天翔樹(アマギ)〉の大気圏進入軌道に入ったスター・コルベットのブリッジである。

 ネープとの通信で、彼とシェンガがまだ空里と合流できていないことを知らされ、理由を問い正した結果だった。

 

「何!?」

「あと。ユナス」

「降下。一、一、五、ウェイ」

「どう。フォロー、パス」

「クアッサン。アサト、キープ!」

「ホール」


 そこから二人は完全人間(ネープ)同士だけで通じる、圧縮疎通という特殊な技術による会話に切り替えた。暗号と、普通の声ではない複数の音声信号を折り込む発声方法によって、実時間の数倍に匹敵する情報をやり取りできる。

 展開すると、下記のような内容になる。


「何やってるの!? アサトはどこ!」

「こちらに向かっている。すぐ合流できる。それよりユーナシアンの侵攻軍が間も無く現れるはずだ。そっちはいつ着く」

「十五分三十秒から十六分三秒の間。ビーコンを早めに出して。私も降りるから」

「船はどうするんだ。オートパイロットではすぐ撃ち落とされるぞ」

「クアンタ卿が操縦してくれてる。とにかく、早くアサトの安全を確保して!」

「了解。待機しろ」

 

 操縦席でやりとりを聞いていたミ=クニ・クアンタが楽しげに言った。

「ネープの圧縮疎通か。初めて聞いたな」

「すみません。これ、あまり人前でやりたくないんです。わけ分からないでしょ。でも時間がないから……」

 ミマツーは床に置いた大きなトランクを開け、中から装備を引っ張り出して身につけながら応えた。クアンタがその様子を興味津々で見つめる。

「キャリベックで降りるのではないのかね?」

「前見て運転してください。これはキャリベックより洗練された新しい装備です。人狩賊(ペルセイダー)までいるっていうから、しっかり武装しないと」

 少女は一見冷静そのものに見えるが、クアンタにはその態度の裏で一つの感情がふつふつと煮えたぎっているのを感じた。

 この娘は暴れたがっている。

 およそ完全人間に相応しくないが、ネープが感情に任せて暴れ出したらどういうことになるのだろう。

 

「くわばら、くわばら……」

 スター・コルベットは、〈天翔樹(アマギ)〉の大気圏に突入開始した。


 * * *


「これは一体何の騒ぎ?」


 ルパ・リュリは店の入り口の前で仁王立ちしながら言った。

 ゲーナンなど怖くはないが、彼の周りに控えたテッテロアの衆にはちょっとばかり怖気だっていた。あからさまに武器をひけらかしてはいないものの、彼らがその気になれば自分などあっという間に蜂の巣だ。

 通りを少し離れたところには、白塗りの浮遊貴賓車(リパルシング・リム)が駐まっている。おそらく当主(ボル)テッテロアが乗っているに違いない。

 カルリオーレの縄張りで迂闊なことはできないはずだが、相当腹に据えかねていることだろう。

 とにかく時間を稼がなければ。

 少年レルスが言っていた「危険」が訪れる前に。


 ゲーナンが嘲笑った。

「うまくやったつもりだろうが、そうはいかねえ。踊り子とテム・ガンのトラク(ラゴン)はこの店に入っただろ。俺はちゃあんと見てたんだ。にらんだ通りだ」

 ルパ・リュリの態度は少しも変わらなかったが、思っていたより差し迫った事態に内心冷や汗をかいていた。

「何がにらんだ通りなのよ。昼間っから夢でも見てたんじゃないの?」

「しらばっくれるのはやめな。あのテム・ガン女とケンカしたふりをして、疑われないようにしたつもりだろうが、俺の目はごまかせねえんだよ」

 自信満々に言い放つゲーナンだったが、実はルパ・リュリたちの芝居を看破したのは彼の老母だった。

 

 息子から目撃談を聞いた彼女は言った。

「そりゃ、芝居だね。ユーナシアンの女は体面を気にするんだ。そんな人目につくところで大ゲンカなんかするもんかね。何か隠し事があるんだ」

 そこでゲーナンは、子分にルパ・リュリの店を見張らせ、自分はテッテロアへ祝儀を持参しての挨拶に向かった。舞姫行列の周りで騒ぎが起き、右往左往していると子分からの連絡が入り、テッテロアにご注進とあいなったのだ。

 

 したがって、ジャナクたちが店に飛び込むを見たのもゲーナンではなく子分だったが、彼は自分自身ですべての確証をつかんだのだという体で凄んで見せた。

「さあ! とっとと踊り子を出しな! こちらの兄さんがたも痺れを切らしてるぜ」

 ルパ・リュリは心中の焦りとは裏腹な微笑みを浮かべた。

「ふうん。皆さん、あんたのいい加減な告げ口のせいで殺気だっていらっしゃるわけね。なんでしたら、中でゆっくりお休みになったら? カルリオーレ衆も顔を出すかもしれないし、楽しい時間が過ごせますわよ」

 カルリオーレの名前に、ゲーナンだけでなく周りのテッテロア衆もにわかに緊張を見せた。

 自分たちが、ライバルの縄張りにいることを思い出したようだ。


 その時──


 通りにいる人間の数がいきなり倍になった。

 可視光透過シールドを切った、カルリオーレの手下たちが突然現れ、テッテロア衆を抑え込みにかかったのだ。

 シールド発生装置の可視光透過モードは、軍やネープなど帝国機関のごく一部で厳正な審査の上、使用が認められる機能だ。カルリオーレは、裏社会でも例外的に禁制技術を持つ人狩賊(ペルセイダー)からその提供を得ていた。

 間近で突然武器を突きつけられ、テッテロアたちはなすすべもなく動きを封じられた。

「こ、これは……!」

 色を失ったゲーナンが浮遊貴賓車(リパルシング・リム)の方を見やると、そこでもカルリオーレの手下たちが現れ、車の移動をさせまいと周りを取り囲んでいた。

 

 一人の男がリムの方からこちらにやってくる。

 ゾナ・カルリオーレだ。

 彼は今にも卒倒しそうなほど震え上がっているゲーナンには目もくれず、まっすぐルパ・リュリの方へ近づいて来た。

「よお、ルパ・リュリ」

 一見、救い主のように見えるが、ルパ・リュリは彼の態度に剣呑な雰囲気を感じ、入り口を塞ぐように立った。

「どうも……いらっしゃいませ」

「この間来てたミン・ガンと婢女な。まだいるか?」

 リョンガとアンジュ?ジャナクたちのことではないのか?

 意外な問いの真意は掴みかねるが、ここは正直に答えるしかない。

「リョンガ様はまだいらっしゃいます。アンジュは……召使いの女の子はちょっと……使いに出ていて不在ですけど」

 ゾナの目の色が変わった。

「どこへ行った? 出先はどこだ?」

 なぜ彼がアンジュの行方を?

 急に湧き上がった不安にルパ・リュリが言葉を失っていると──


 何かの大きな影が地面を走った。

 空を見上げると、頭上に船が浮かんでいる。

 一隻ではない。同じ型の宇宙船か飛行艇か、グレーの飛行物体が空を覆いつくさんばかりに展開していた。

 空に気をつけて、何か見えたらすぐ中に入れというレルスの言葉を思い出す。

 彼の言う「危険」がやってきたのだ!


 その威圧的な雰囲気に恐れをなしたか、誰かが牽制を指示したのか、浮遊貴賓車(リパルシング・リム)の近くにいた者が、空に向かって発砲した。

 次の瞬間、頭上の船から白い閃光が迸り、リムと周りにいた人間たちを吹き飛ばした。

「!」

 ルパ・リュリは店の中に飛び込み鍵をかけようとしたが、ゾナが踏み込んでくるのを阻止できなかった。彼はルパ・リュリの襟首を掴んで問い詰めてきた。

「教えろ! あの娘はどこにいる!」

「コ、コークスの酒場です。でも、もうそこにはいないかも……」

 カルリオーレの若頭はルパ・リュリを放し、外へ飛び出していった。


「大丈夫かい?」

 奥からミン・ガンと少年が駆けつけた。

「あいつ、何しに来たんだ?」

「わかりません。アンジュの行方を聞かれたんですけど……」

 それを聞き、二人はハッと顔を見合わせた。

「あいつらもアサトを追ってるんだ」

「アサト?」

 聞き返すルパ・リュリの声に、シェンガは思わず自分の口を押さえた。

「行くぞ。……失礼します」

 一礼して外へ向かう少年に続きながら、ミン・ガンの戦士はイタズラのバレた子供のような苦笑を浮かべてルパ・リュリに数枚の高額軟体貨(ペコイン)を手渡した。

「世話になったな。足りるといいんだが……あばよ!」

 

 アサト……アサト……。

 ルパ・リュリはミン・ガンの言葉を反芻しながら二人を見送った。

 記憶の中でその名が結びつく存在はただ一つしかない。だが……。

 そんなことがあり得るだろうか?

 呆然と店の扉に歩み寄ったルパ・リュリは息を呑んだ。

 

 店の前は修羅場と化していた。

 通りにいた領家(ハット)の手下たちは頭上の脅威にささやかな抵抗を試みていたが、それがかえって呼び水となり、高火力の武器によって一掃されつつあった。

 轟音、閃光、爆風──

 その状況はどうやら、街中に広がっているようだった。ルパ・リュリが遠い故郷で嫌というほど経験し二度と見たくないと思っていた光景とともに。


 間違いない。

 戦争が始まったのだ。

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