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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第三章

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6.二匹のトラク竜

「やった!」


 鱗粉の煙幕越しに、チニチナがトラク(ラゴン)の背に飛び乗ったのを見た空里は思わず小さな拍手をした。

 彼女は金持ちの元での生活より、愛する者の胸を選んだのだ。

 

 輿の上では老婆が喚きながら、人を呼んで踊り子を取り戻そうとしている。

 だがその前に、ジャナクは掠奪した恋人を持っていた大布で包むと、トラク(ラゴン)を飛び立たせた。

 ようやく何が起きたのかを察した警護の者たちが追跡用の乗り物をかき集め出した時には、竜の姿はどんな建物の屋根よりも高みにあった。

 

 空里は陽光の眩しさに目を細めながら、二人を乗せた竜が空高く駆け上っていくのを見送った。

 自分もすぐ、彼の元に戻らなければ……。


 後はルパ・リュリたちがうまくやってくれるだろう。

 ジャナクのトラク(ラゴン)は、ルパ・リュリの店を目指している。

 そこで最上階のドーム部屋に身を隠し、入れ違いにゼ・リュリがもう一匹のトラク(ラゴン)で飛び立つことになっていた。

 ジャナクたちと同じようななりをしたゼ・リュリと使用人を乗せたトラク(ラゴン)でなるべく遠くまで追っ手をおびき出し、捕まったらシラを切る。

 後は二人を店でかくまい、隙を見てジャナクの母星〈風壁(フーリャ)〉行きの便に乗せるという段取りだった。


 協力を疑わせないために、ジャナクとルパ・リュリによる喧嘩の小芝居という予防線まで張っておいたが、チニチナの身請け先がテッテロアというのも幸いした。

 競合勢力であるカルリオーレの息がかかったルパ・リュリの店なら、家探しまでされる恐れはないからだ。


 これで、なんとかうまくいきますように……。


 空里がキリクの待つタンクの陰に舞い戻ってみると、ザニ・ガンの少年はテッテロアの手下にそこから摘み出されるところだった。

「こいつが蝶を放しやがったんだ」

「お祝いにやってくれって、テッテロアの旦那に頼まれたんだよお!」

「嘘つけ!」

 空里は彼らに駆け寄ると、取り乱した様子で訴えた。

「何やってるんですか! 踊り子が拐われたんですよ! 座長さんが呼んでます! 早く彼女を取り戻してください!」

 手下たちが顔を見合わせて戸惑っている隙に、空里はキリクの手を引いて走り出し、人混みの中に駆け込んだ。

「お、おい待て!」


「うまくいったかい?」

「完璧!」

 走りながら尋ねるキリクに、空里は思わず日本語で答えていた。

「なに?」

「ああ、そうか。ごめん!」

 まあいいや。

 空里は笑顔をつくりサムアップをして見せた。

 どうやら、共通のボディランゲージだったようで、キリクも右手の指……ではなく、ハサミ状の爪を突き上げた。


 息が切れ足を緩めて早歩きにすると、人混みの向こうに見覚えのある顔が見えた。

 造り酒屋のゲーナン。

 ルパ・リュリともめていたあの小男が、大型の浮遊貴賓車(リパルシング・リム)の前で恰幅のいい男たちと話し込んでいた。


「テッテロアの旦那だ」

 キリクの言葉に空里は身を縮ませ、目立たぬように様子をうかがった。

 腕組みをしてゲーナンと向き合っている、一番偉そうな壮年男性。あれがチニチナの身請け先だというテッテロア家の当主(ボル)らしい。

 そういえば、昨夜コークスの酒場で座長の女と話していたのも彼だった気がする。

 ゲーナンは通りの先……ルパ・リュリの店の方を指差し、当主(ボル)テッテロアに何かを訴えている。

 テッテロアは苛立たしそうにゲーナンをリムに押し込むと、自分も乗り込んで通りの先へと進み出した。配下の者たちは小型車に分乗して後を追う。


「イヤな感じ」

 空里はキリクの手を握ると、再度走り出した。

「キリク、急ごう!」

「イソゴウ!」

 ザニ・ガンの少年は空里の日本語をそのままオウム返しした。どうやら、ちゃんと意味を察しているらしく、翻訳環(リーリング)も彼の声をそのまま素通しさせた。

 子どもの勘は不思議だ。


 一方、ルパ・リュリの店ではドーム部屋の屋根の上に立ったシェンガが多種波双眼鏡(マクロビノキュラー)でコークス酒場の方を監視していた。

 いつの間にか、彼もネープ共々駆け落ちの支援に参加していた。


「来たぞ!」

 

 その声にルパ・リュリがドーム部屋の中の叔父に指示を出す。

「叔父さん、用意はいい?」

「ああ……ダメだと言ってもやるんだろ?」

 往生際の悪い叔父の背中をどやしつけると、ルパ・リュリはテラスに出て上空を見上げた。

 間も無く、女戦士と踊り子を乗せたトラク(ラゴン)が店の真上にたどり着いた。

「行って!」

 ゼ・リュリの竜がドーム部屋から外へ飛び出し、勢いよく遠ざかっていった。

 入れ違いにタイミングよくテラスに舞い降りた竜からジャナクが飛び降り、竜銜(はみ)を引いてドーム部屋の中に引き入れる。ネープがチニチナに手を差し出し、鞍から降りるのを助けた。

 ネープの手を離れた踊り子は、すぐに恋人の腕に飛び込んでいった。

 シェンガは完全人間の少年が、抱き合って激しく口づけを交わす女たちをじっと見つめているのに気づいた。昨夜、この同じ部屋であったことを知らないシェンガだったが、それでもネープが妻のことを思っているのだろうと見当がついた。

「何考えてるんだよ」

 からかい混じりの問いかけだったが、少年は哀愁すら感じさせる落ち着きで答えた。

「ままならないものだな……」

「──?」

 アサトとうまくいかなかったのだろうか?完全人間でもそっち方面ではしくじることがあるのか?

 シェンガが言葉を継ぎかねていると、ルパ・リュリが恋人たちに声をかけた。

「二人とも、まだ終わってないわよ。二、三日はここに隠れてそれから船便を探しましょう。部屋へ案内するから」

 チニチナはジャナクの手を解いて、そのままルパ・リュリに抱きついた。

「ルパ姉! ありがとう!」

「よく決心したね、チニチナ。もうジャナクの手を離しちゃダメよ」

 ベソをかく踊り子の手を引いてルパ・リュリが階段へ向かおうとした時、そこから使用人の女が一人ドーム部屋に飛び込んできた。

「ルパ・リュリさん! 大変です! ゲーナンが……」


 一同が食堂に下りてみると、外は物々しい雰囲気に包まれていた。

 武装した領家(ハット)の手下たちが、店を包囲しているらしい。風体からテッテロア家の者たちと知れる。

 ゲーナンの姿は、その中にあった。

「やい、ルパ・リュリ! 出て来い! 大人しく踊り子を引き渡せ! さもないとこのまま踏み込むぞ!」

 なぜ、そうと知れたのだろうか。

 二人は店の奥にいるが、踏み込まれては隠し通せない。

 

 シェンガはまた、別の心配をしていた。

 この状態では、空里が店に近づけない。包囲をなんとかしなければ、自分たちが迎えに出て行くこともできない。

「どうするよ? あいつらどうやってどかしたらいい?」

 小声でネープに尋ねると、完全人間の少年はガントレットに仕込んだ装置を確認し、冷たい声で言った。

「どうもしなくていい。奴らはすぐにいなくなる。それどころじゃない事態になるからだ。この店に地下室はあるか?」

「あ、ああ。酒蔵があったな」

 ネープは機関士見習いのフリをやめ、冷静沈着そのものの口調でルパ・リュリに話しかけた。

「皆を集めて酒蔵に隠れるように言ってください。その後、外であいつらと話して時間稼ぎできますか?」

「え? ええ。できると思うけど。なんで?」

「ここはもうすぐ危険になるからです。話をしながら空に気をつけて。何か見えたらすぐ中に入ってあなたも酒蔵に隠れてください」

「あなたたちは? どうするの?」

「あなたが隠れたら外に出てアンジュを迎えに行きます。そのままお別れになるでしょう」

 どういうことなのか、ルパ・リュリは少年に問い正したかったが、なぜか彼の説得力に押し負けた。

 本当にただの機関士見習いなのかしら?

 

 外からゲーナンの蛮声が響いてきた。

「ルパ・リュリ! 三つ数える内に出て来い! さもないと踏み込むからな!」

 とにかくなるようにしかならない……


 ルパ・リュリはまなじりを決して店の扉を潜り、外へ出た。

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