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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第三章

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5.舞姫掠奪

「駆け落ちの手伝いだあ?!」


 ミン・ガンの戦士は思わず大声を出した。

 ルパ・リュリは跪き、手を組んで謝罪の意を示す。

「申し訳ありません、リョンガ様。私が悪いんです。アンジュの好意に甘えてしまって……」

 

 出発するので婢女の少女を迎えに来たというリョンガと同伴の少年に、ルパ・リュリは正直にことの次第を伝えた。

 間が悪いこととはいえ、言った通り責任は自分にある。

 アンジュに厳しい責めを加えるのはなんとか許してほしいが、どうすれば今にも爆発するであろうリョンガの怒りを鎮めることができるか分からない。

 

 だがミン・ガンの戦士は激昂することもなく、機関士見習いの少年と顔を見合わせ、食堂の隅に移動して小声で何やら相談を始めた。

 レルス君も心配なことだろう。

 主人と一緒のところを見ると、昨夜のことも知られてしまったのかもしれない。これがきっかけで、二人の仲が壊れたりしなければいいのだが……。


「あの、ルパ・リュリさん」

 少年レルスが声をかけてきた。

「計画したという駆け落ちの段取りを教えてください」

 なぜ主人ではなく彼が聞いてくるのか不思議だったが、ルパ・リュリはアンジュが立てたチニチナの掠奪計画を包み隠さず打ち明けた。

「では、彼女はここへ戻ってくるのですね?」

「はい。役目を果たしたらすぐに帰ってくると思います」

 レルスは再度リョンガと二言三言小声で言葉を交わし、通信機(コムリンク)を手に外へ出て行った。船に連絡するのだろう。

 見送りながらリョンガが言った。

「ここであいつを待たせてもらうぜ」

「はい……あの……」

 ルパ・リュリはミン・ガンに近づき、膝を折った。

「どうかアンジュをあまり責めないであげてください。あの子はいい()です。頭もいいし、困っている友達を捨ておけない優しさがあります。決してリョンガ様を蔑ろにした訳ではないんです。友達のために、彼女なりに覚悟を決めて臨んだことだったんです」

「いや、まあ、その、なんだ……」

 明からさまな弁明にてっきり渋面をされるかと思ったが、意外なことにリョンガは戸惑いの表情を見せた。

「あ、あいつがいい奴だっていうのは、分かってる。だからその……俺も使ってやってる訳だしな」

 ルパ・リュリは安堵した。

 このミン・ガンは本当に寛大で人を見る目のある主人なのだ。

「では、どうか……」

 強い願いを伝えようとにじり寄ったルパ・リュリを避けるように、ミン・ガンの戦士は入り口に向き直って声をかけた。

「おい! どうだ? 連絡はついたか?」

 ほどなく戻ってきたレルスは、また主人とその場を離れ内緒話を始めた。

 

 なぜ、あんなこっそり相談をするのかしら?

 

 もし、ルパ・リュリが彼らの会話を聞いていたら、息を呑んだことだろう。

 内容も二人の関係も、彼女の想像を絶するものに違いないから──


「ユーナス軍が侵攻を開始した。コルベットは彼らを刺激しないコースで待機している。私のビーコンをフォローして、合図をしたらすぐ飛び込んでくることにしてある」

 冷静な少年……ネープに対して、主人リョンガ役を演じているシェンガの方がかえってうろたえかけていた。

「本当にここで待ってていいのか? 探しに行った方がよくないか?」

あの女(ルパ・リュリ)の話の通りなら、アサトは人混みに紛れているだろう。うかつに動いたらかえって合流が難しくなる」

「アサトにビーコンを持たせておけばよかったな」

「今となっては、それは賞金狙いの連中の手助けになりかねない。侵攻軍が姿を見せても戻らなければ迎えに行く」

「お前が言うならそうするが……よく、落ち着いていられるな」

「皇帝の気まぐれや勝手をフォローするのもネープの務めだ。このくらいのことに対応できなければネープがいる意味はない」

 ネープはチラとルパ・リュリの方を見やって呟いた。

「少々、驚きはしたがな」

「俺も、アサトがこんな大胆なことをしでかすとは思わなかったぜ」

「いや、彼女がこんなところでわずかな間に人の信頼を得たことに、だ」

 シェンガはネープの意外な言葉に彼の顔をまじまじと見た。

「たかが駆け落ちだが、こんな混みいった計画で人を動かすのにはかなりの信頼がいる。人にそれを感じさせるのは、君主としてのアサトを大いに支える資質だ」

 さっき空里をかばうルパ・リュリの目に、なんともいえない熱さがあったのもそれゆえか。

 とはいえ……。

「でも、やっぱり勝手だろう。俺はともかく、お前やクアンタの爺さんに心配をかけることはアサトにも分かってるだろうに」

「むしろ我々のことを信じていたから、思い切った行動に出たのかもしれん。そのバランスの取り方はこれからおいおい学んでいけばいい。銀河皇帝として、な」

 シェンガは腕組みをして唸った。

「そんなもんかな……つーか、アサトのことをこの店の連中にくらいぶっちゃけちゃどうだ? どうもやりにくくていけねえや」

 ネープはキッパリと言った。

「ダメだ。アサトは今この街では値打ちがありすぎる。人間の心は弱い。その価値を知った途端、誰がどう心変わりするか予測できん」

 たとえそれがルパ・リュリでも……か。

 世知辛い話だが、シェンガもこの点においては完全人間の少年と意見を同じくした。

「待つしかねえか……」


 (しもべ)たちの心配をよそに──


 空里は行動を開始していた。

 

 花束を手に群衆から抜け出すと、チニチナの乗る輿に向かって歩を進める。

 すぐ、テッテロアの手下が行く手を遮るように手をかざして間に入って来た。

「チニチナの友達です。お祝いの花束をあげさせてください」

 手下が輿の上に目配せすると、チニチナはすぐに空里の姿を認め背後に控えた老女に何か囁いた。

 今のチニチナの(あるじ)で、彼女が「座長」と呼んでいた女だ。

 座長が空里をチラと見てうなずくと、手下が道を開けた。

 空里は輿を載せた動物に踏まれないよう、気をつけながら精一杯手を伸ばして花束を差し出す。

「チニチナ! おめでとう!」

 踊り子も手を伸ばすと、悲しげな微笑みを浮かべて花束を受け取った。

「……ありがと、アンジュ」

 花束を手放した空里は、チニチナにだけ聞こえるように囁いた。

「すぐ迎えに来るよ。あの(ひと)が。その花束、しっかり持ってて!」

 チニチナが驚きの表情を浮かべ、自分の言葉が聞こえたことを確信した空里は振り返って群衆の中へと舞い戻った。

 

 それと入れ違うようにおびただしい数の大きな蝶が現れ、舞姫行列の周りを舞い飛び始めた。

 蝶は色鮮やかな濃い煙状の粒子を撒き散らし、辺りをあっという間にカラフルで幻想的な霧の世界に包み込んだ。

 キリクがバスケットから放したフォルモ(フライ)だ。

 進んだ生物工学を持つユーナシアンが開発した人造昆虫で、祭りの時などの景気付けに使われることが多い。その鱗粉は羽から放たれて空気に触れると、様々な色を発するスモークとなって広がり、空高く舞い登らせることで空中に水彩画を描くような使い方ができる。


 だが今、フォルモ(フライ)の群れは地上から離れることなく、輿を中心とした行列の周りを舞い飛びながら、人々の視界を染めていった。

 キリクが制御用の超音波パンフルートで、打ち合わせ通りの振る舞いをさせているのだ。

 この蝶たちは、ルパ・リュリが新年のカーニバルに備えて、キリクに預けて育てさせているものだった。


「ひどいね。何も見えないじゃないか」

 チニチナの背後で座長が文句を言った。

「おい、この蝶を追い散らせ!」

 まわりではテッテロアの配下が動き回っている。

「使い手を探せ! やめさせるんだ!」

 まるで、煙幕のようだ……チニチナがそう思った時、彼女は自分の持っている花束から上空へ向けて一筋の光が伸びているのを見た。

 花束の中に、指向性の光線を放つ輝光放花(レイフラワー)があるのだ。

 光線が鱗粉の中で浮かび上がって初めて気づいたが、これは上空から見れば格好の目印になる。

 もしや……。

 

 その時、何か大きな影が輿の上を掠め、一度煙の奥へ消えたかと思うと、チニチナの目の前に再び舞い降りてきた。

「──!」

 一匹のトラク(ラゴン)がとぐろを巻くように旋回しながら、輿の行く手を阻んだ。

 そこに騎乗した大柄な人影が、顔を隠すベールの奥から強い視線をチニチナに放つ。

 何者かは一目で分かった。

 テム・ガンの女戦士は無言で逞しい腕を舞姫に向けて伸ばし、「来い!」と言うように頷いた。

 何が起きているのか見えているのは、輿の上の二人と先導する少女たちだけだった。

 チニチナは腰を浮かし、差し出された手の方へと自分の手も伸ばした。

「チニチナ! お待ち!」

 座長がチニチナの裾を掴んで叫んだ。

 舞姫は自分を売った主の老婆を振り返り、一瞬の躊躇を見せた後、裾を引っ張ってその手から奪い返した。


 チニチナは輿の上からジャンプすると、ジャナクの胸に飛び込んでいった。

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