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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第三章

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4.ザニ・ガンの砦

 闇の中の滑落は、始まった時と同じく唐突に終わった。


 頭から勢いよく水溜りに突っ込んだシェンガは、首を振って汚水を弾き飛ばすと水平になった下水管に這い上がり、匍匐前進し始めた。

 

 幸いミン・ガンの強靭な神経は、ジタバタしているうちにポリデラや電気ショックの影響を克服しつつあった。とにかくここから抜け出して、早くアサトの元に向かわねば。

 ネープの奴は、この事態を把握しているだろうか?

 完全人間が人狩賊(ペルセイダー)ごときに絡め取られはしまいが、何者かが本気でアサトの身柄を狙っているとしたら、彼を排除するための手立ても用意しているに違いない。

 なんとかして、スター・サブに連絡を取らないと面倒なことになる……。


 考えながら闇の中を進んでいると、行く手に微かな光が差し込んでいるのが見えた。

 光は間隔をおいて頭上の何箇所かから差し込んでいる。

 急いでそこまで辿り着くと、光の正体は鉄格子の上にある部屋の照明であることがわかった。上からは何かの機械音や、作業の音、人の声らしきものが聞こえてくる。限られた視界から見るに、自分がいるのは壁際の側溝で、上は天井が高い倉庫のような空間が広がっているようだ。

 シェンガは誰にも見られないようにと願いながら、鉄格子に手をかけゆっくりと持ち上げてみた。

 幸い格子は固定されておらず、そのまま静かに傍へのけることができた。

 そっと覗くと、そこは何やらコンテナの裏で、人影も見当たらない。

「お邪魔しますよっと」

 ミン・ガンの戦士は側溝から素早く抜け出すと、コンテナの陰から様子をうかがった。


 そこは思った通り、広大な格納庫(ハンガー)と思しき空間だった。

 恐らく、ギアラムの葉を掘って造られた地下空洞なのだろう。壁も天井も削り取られた青い半透明の鉱物でできている。しかし、これほどの大きさとは……葉の厚さはどれくらいあるのだろう。

 駐め置かれているのは何台もの乗り物らしい機械で、周りでは乗員や整備員たちが忙しそうに立ち働いている。その人間たちはほとんどが甲殻人種だ。

 機械の方は見慣れないものだが、不思議なのはそのフォルムが周りで働く甲殻人たちをそのまま大きくしたような形をしている点だった。そばで大型のパルスガンらしい装備を準備しているところを見ると、どうやら兵器なのだろう。

「ザニ・ガン救民戦線(フロント)機動甲殻(モビルシェル)だ」

 突然背後からかけられた小声に、シェンガは全身の毛を逆立てて驚きながら振り向いた。

 まるで今そこで実体化したように、屈んだネープの姿がそこにあった。

「何してんだよ、こんなところで」

「こっちの台詞だ。とっくにアサトのところに戻ってると思ったぞ。ひどい匂いだな」

「まあ、色々あってな……」

 恥ずかしさを誤魔化そうとしたシェンガは、そうもしていられないことを思い出した。

人狩賊(ペルセイダー)に襲われたんだ。奴ら、アサトを狙ってるぞ」

 ネープの目が細まった。

「そんな連中まで動いてるのか。グズグズしていられないな」

「まで……?ってどういう意味だ?」

「街全体が不穏な雰囲気だ。宙港の葉階(レベル)に下りてコルベットを呼ぼうとしたが、リフトが止められて行けなかった。どうやら宙港自体が封鎖されたらしい」

「アサトを逃さないように、か?」

「いや、ユーナス征星軍(クルセイド)のせいだ。船の出入りを止めて掃討戦を開始する気なんだ」

 少年は目の前の機械群を指さした。

「ザニ・ガンの機械化ゲリラ部隊に対して、な」

「じゃ、なんでアサトのところに戻らない? 付いてなきゃまずいだろ」

「戻る途中で、領家(ハット)の手下どもが武装してアサトの宿屋を包囲する準備をしているのに気づいた。表からはうかつに逃げられない。安全な脱出ルートを探している間に、偶然この秘密基地を見つけたんだ」

 シェンガは眉間に皺を寄せて唸った。

「なんてこった……アサトの捕物と、市街戦が同時におっ(ぱじ)まるってことかよ」

「むしろ市街戦が始まってくれれれば、そこに紛れて追っ手を掻い潜れるかもしれんが……」

 突然、機械音が大きくなり機動甲殻(モビルシェル)の部隊が動き始めた。

「……いずれにせよ、早くアサトの元へ向かうのが第一だ」

 ネープは立ち上がった。

「どこから出るんだ? お前が入って来たところか?」

「それでは遅い。彼らと同じところから退散する」

 少年が指差した先に、格納庫の出口が見えた。地上へ続いているのだろう、坂になった通路が見える。機動甲殻(モビルシェル)の群れは列をなしてそこへ向かっていた。

 ネープは大胆にもコンテナの陰から出て、何食わぬ顔で出口に向かって歩き出した。シェンガも慌てて後を追う。

「お、おい! 見つかるぞ!」

「構わん。どうせ連中もすぐにそれどころじゃなくなる」

 出口まで半分ほど来たところで、ようやく誰かが声を挙げた。

「おい! お前たち!」

「走れ!」

 ネープの号令で、二人は出口に向かって突っ走った。

 動く機動甲殻(モビルシェル)の脚の間をすり抜け、通路を一気に駆け上がって地上に出る。

 そこは四方を建物に囲まれた中庭のような広場だった。建物には偽装ネットが渡されていて、上空からの視線を遮るようになっている。

 機動甲殻(モビルシェル)を誘導するザニ・ガン兵に見咎められるより早く、二人は建物の中に続くドアに飛び込んだ。

 外へ出るまでにザニ・ガンの歩哨と何人か出くわしたが、全員をネープが素手であっという間に無力化した。

 ネープはシェンガに臨時の講釈を垂れた。

「ザニ・ガンの急所は第二触角の間だ。覚えておけ」

「そんなの、どこかわかんねえよ」

 

 外を覗くと、通りの彼方、視野の隅にルパ・リュリの店が見えた。

「アサトを連れ出したら、その後は?」

 シェンガが呟いた。

「スター・コルベットはもう呼んである。あとはどこか開けた場所で合流すればいい。追っ手に見つかったら面倒だが、お前もいればなんとかなるだろう」

「うれしいねえ。頼りにしてくれて」

 全くそうは思っていない口調のぼやきを黙殺し、ネープは通りへ一歩踏み出した。

「行くぞ」

 二人は目立たぬように足早にルパ・リュリの店へ向かった。

 

 空里のいない店へ──


 その空里は、コークスの酒場の向かい側に積み上げられた酒タンクの陰で身を潜めていた。

 

 あたりは物見高い街の人々で埋め尽くされている。

 この界隈で見映えのいい踊り子や高級奴隷の身請けには、買い手の見栄を満足させるためのお披露目行列が慣例のつきものだった。

 酒場の正面口にはすでに着飾った踊り子や楽師たちが居並んで、主役の登場に備えている。その周りでは、それなりの身なりで武装を隠したテッテロアの配下が警護に就いていた。


「シュン、シャン、シェッキ?(用意はいい?)」

 空里は傍で大きなバスケットについているザニ・ガンの少年に声をかけた。

「ああ、準備完了だ。いつでもいいぜ」

 キリクは、右手をバスケットの蓋にかけ、左手にはパンフルートのような楽器を持って待機している。

 空里は上空を見上げ、もう一方の準備ができていることを確認した。

 遥かな高みで細長い生き物の影が、下の様子をうかがいながら旋回しつつ漂っている。

 

 あとはタイミングと運の問題……どうか、うまくいきますように。

 空里は大きな花束をギュッと握りしめ、酒場に注意を集中した。


 楽師の演奏とともに、踊り子たちが舞いを始めた。

 手にしたカゴから色鮮やかな花びらを撒き散らしながら。

 やがて正面口の扉が開き、中からチニチナが現れた。

 両側に介添役の少女たちを従え、小さな象のような四足獣の背負う輿に乗っている。

 群衆の中から「ほうっ」というため息にも似た声が漏れた。

 まるで花嫁のように煌びやかな衣装で着飾ったチニチナの姿は、おとぎ話に出てくるお姫様にも見えた。

 うつむいた美しい(かんばせ)には、言い知れぬ憂いが浮かんでいる。

 思わず見とれてしまった空里は、危うく自分の役目と動き出すタイミングを見失いそうになった。

「シャン? シュッチ、シェン、シャイシャイ、シュウリュン、ショショ(いい? 私が花束を渡したらやるのよ)」

「分かってる。打ち合わせ通りにできるよ」

 キリクに最後の確認をすると、空里はタンクの陰から出てチニチナの輿に近づいて行った。


 作戦開始だ。

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