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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第三章

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33/62

1.月と夜の間

 オロディアの街を照らす月明かり──


 特に〈天翔樹(アマギ)〉の第二衛星レーシの光は、それを見上げる者が誰かを求めずにいられぬような色に、大きく淡く輝いていた。

 地上では多くの人々が想い人の肩越しにその光を見つめながら、束の間の悦びに身も心も焦がしていた。

 

 婢女に身をやつした流浪の身の少女も含めて──

 

 だがその中の誰も、月の方から冷徹な意志をはらんだ視線が自分たちに向けられていることに、気づいていなかった。

 高倍率のスコープでレーシを観測していたわずかな者たちだけが、その視線の主が座乗する宇宙艦の影を不安な気持ちを抱えながら見ていた。


 強襲揚陸宇宙空母〈星駆虎(ティガースカ)〉。

 

 そのブリッジで、ユーナス征星軍(クルセイド)機動艦隊提督デ・キュラは、夜に沈む眼下の惑星を見つめながら艦隊の陣形が完全に整ったという報告を耳にした。

「了解した」

 長身揃いのユーナシアンにあって一際背が高く、細長い頭部から鋭い眼光を放つ隻眼を持ったデ・キュラは、部下から絶大な尊敬と畏怖を集めている。

 部下たちはよくやっていた。

 ここ数日かけて集結させた艦隊の動きは、敵の潜む〈天翔樹(アマギ)〉の地上からも見えているはずだ。

 デ・キュラはその動きを巧みに偽装し、敵が予測するであろうタイミングよりも一日早く作戦を開始することを可能にしていた。

 

 今回、彼に任された作戦は長きにわたるユーナス・ザニ紛争の一つの節目となる大きな作戦の一部だった。

 母星〈千のナイフ〉でザニ・ガン救民戦線(フロント)が行った「ハン・コーストの虐殺」に対する大規模な反転攻勢である。

 母星上で軍事衝突の準備が進む一方、ユーナス征星軍(クルセイド)の機動艦隊は周辺星域における敵勢力壊滅のための空母打撃群を派遣していた。

 特に、敵が東南星域に戦力を展開するための橋頭堡である惑星〈天翔樹(アマギ)〉は大きな戦略目標だ。

 国家クラスの政府を持たない自由交易都市である〈天翔樹(アマギ)〉は、ゲリラ戦力を隠すのに最適な環境であり、それを壊滅しようとすれば無関係な自由民が相当規模で巻き添えになるに違いなかった。

 そうなれば犠牲となった者たちに関係する周辺諸国との間にも摩擦が起こり、戦線が拡大する可能性は高い。

 紛争は新たな局面を迎え、激化することになるだろう。

 

 だが、デ・キュラはやり抜くつもりでいた。

 これまでにも作戦で民間人や自由民を巻き込み、自分の方が「虐殺者」の汚名を着せられることはあった。帝国の一部から挙がる「無意味な殺戮」という声も聞いた。

 だが意味は無いのではない。彼らが知らないだけなのだ。祖先から受け継いできた、母星の完全な掌握という目的の意味を。

 その意味を疑うことはユーナスの軍人として許されないことだった。

 動き出した軍を止めることができるのは帝国元老院と銀河皇帝だけだが、いま皇帝は事実上不在である。

 この状況は絶好のチャンスと言えた。


 そして、その時は来た。

 

 デ・キュラ提督は〈天翔樹(アマギ)〉から目を離さぬまま、傍の副官に告げた。

「中西部時刻で明日正午、予定通り作戦を決行する」


 剣呑な意図を孕むデ・キュラの視線も知らず──

 反対に(レーシ)を見上げるオロディア市民の中に、当主(ボル)・テッテロアもいた。


 オロディアの上層葉階(レベル)をカルリオーレ家と二分する領家(ハット)テッテロアの当主は、上機嫌で自邸のテラスに立ちグラスを傾けていた。

 前から目を付けていたロ・ランの踊り子を身請けする話がまとまり、明日にもこの屋敷に迎えることができることになったからだ。

 今夜も観たあのダンスを、我が家の大広間で客人たちに披露すれば最高のもてなしとなり、交渉ごとを円滑に運ぶこともできるだろう。

 そして寝室で自分一人のための踊りを賞味するのも、この上なく楽しみだ。


当主(ボル)……」

 執事役の手下サールが部屋の外から声をかけてきた。

 こんな時間に用はないはずだが、まあいい。今夜は機嫌がいいのだ。

「入れ」

 白い詰め襟スーツを着た、青い肌の男が入って来た。それに続いてドアを潜ってきた若者の姿に、テッテロアは眉をひそめた。

 ジャンプスーツをはだけた長髪の少年。その姿は一言で言えば「街のチンピラ」だった。

 おどおどと部屋を見回す少年を指してサールが言った。

「こいつはカルリオーレの使いっ走りです。ゾナの舎弟分だと言ってますが、タレコミのネタを持って来たと」

「ほう……」

 チンピラごときのタレコミなど聞く気も必要もないが、この時間にサールが連れて来たということは、聞いた方がいい理由があるということだ。

 テッテロアは執務卓の椅子に身を沈めた。

「さっきの話をボルにもお聞かせしろ」

「へ……」

 少年は唾を飲み込むと、掠れ声で語り始めた。

「か、カルリオーレ家に人狩賊(ペルセイダー)が集まって来てるんす。半端ねえ数です。明日にも人狩りを始めるつもりに違ぇねえです」

 人狩賊(ペルセイダー)

 殺し屋や傭兵なら、うちや他の領家に戦争を仕掛けるつもりかと思うが、人狩賊(ペルセイダー)となると狙いが見えない。

 テッテロアが眉間にシワを寄せて話の先を促すと、少年は笑みを浮かべて芝居がかった調子で言った。

「おかしいと思うでしょ? 俺もそう思って嗅ぎ回ったんでさ。そしたらなんとビックリ! この街にとんでもねえ大物賞金首がいることが分かったんです!」

「銀河皇帝です」

 もって回った少年の言い草を遮って、サールが結論を掠め取った。

 テッテロアはあまりの突拍子のなさに思わず吹き出した。

 新皇帝となった小娘と賞金の話は聞いていたが、それがいきなり地元(シマ)に飛び込んで来るなど、タチの悪い冗談にしか思えない。

「そいつは確かに大物だ。サール、お前そのチンピラにそう吹き込まれて信じたのか?」

 サールは答える代わりに後ろ手からスコープ付きのパルスハンドガンをゆっくりと出して見せた。主人を脅かさぬよう注意しながら執務卓に近づき、銃のグリップをテッテロアに差し出す。

「帝国軍の制式銃です。システムとオンラインになってます。スコープを覗いて見てください」

 テッテロアがその通りにすると、スコープに記録された映像が見えた。

 ベールをかぶった女のような人間の後ろ姿に、紫色の「発射不可」という文字が重なり点滅している。

「なんだこれは? 故障か?」

「皇識プログラムです。帝国軍のシステムにつながっている武器全てに有効な安全機構です。ある人物を絶対に傷つけないための……」

「それが……銀河皇帝なのか? ここに映っている女が?」

 にわかには信じ難い話に、テッテロアはスコープの中を何度も覗き返した。

 サールはかつて帝国軍にいたこともあり、軍事面での相談役としても頼れる存在だ。その彼が言うのなら、間違いないことなのだろう。

「それ、俺がパクって来たんす。カルリオーレの屋敷から……」

 サールは自己主張する少年に「黙れ」というように手を振った。

「カルリオーレは、どうやってかこの女がとある宿屋に潜んでいるのを突き止めたようです。下調べにこの銃を使ってみたら当たりだったので、人狩賊(ペルセイダー)を呼び寄せたんでしょう」

 テッテロアは銃を机に置くと唸った。

 冗談が一気に現実味を帯びた。銀河皇帝に賞金をかけた公家の一つにはツテがある。この女をうまく押さえられれば、オロディアを……いや、〈天翔樹(アマギ)〉を丸ごと手中にするだけの軍資金が手に入るだろう。

 逆にカルリオーレに取られることになれば、永遠に奴らの靴を舐めることになる……

 テッテロアは声を落として手下に囁いた。

「今から人狩賊(ペルセイダー)を集めるのは時間がかかり過ぎる。なんとかカルリオーレを出し抜いてこの女をかどわかせんか?」

「問題は、まず間違いなく側にネープがついてることです。人狩賊(ペルセイダー)でもこれをなんとかするのは骨でしょう」

 領家の当主は、こめかみを何回か叩いて言った。

「ド・ロス兄弟はどうだ? あいつら抱えた借金を早くなんとかしたがってただろう」

「あ……あの獣使いですか? こういう仕事をさせたことはないですし、下手をすると女を傷つける恐れも……」

「聞くところによると、銀河皇帝に賞金をかけてる連中の目的は、その足止めらしい。元老院の審判を受けさせないための、な。それが上手くいけば、帝位は剥奪。ただの小娘に戻って誰も損はしない。少々の傷みがあったり、五体満足でなくても問題はなかろう。何より、獲物をカルリオーレに渡さないことが大事だ」

「あの……」

 蚊帳の外に置かれていた少年が声をかけて来た。

「何だ。ネタは買ってやる。いくら欲しい」

 テッテロアはぞんざいに言った。この薄汚いネズミには一刻も早く消えて欲しかった。

「いや、金もですが俺をお宅の兵隊にして欲しいんで。カルリオーレにはもう愛想が尽きてるんで」

 領家の主は手下と目を見合わせた。

 こういう時の対応は、いつも決まっているのだ。

「いいだろう。外で待ってろ。このサールが然るべきところへ連れてってやる」

 少年は破顔すると、踊るように部屋を出ていった。

「では、ご指示通りに……」

 

 サールも退出するとテッテロアはテラスに戻り、もう一度(レーシ)を見上げて残りの酒をあおった。

 どうやら自分は、月の女神に見そめられたらしい。

 踊り子に加えて銀河皇帝が手に入れば、これは相当なツキだ。この女運を他の懸案にも活かせればいいのだが。


 ほくそ笑みながら思いを巡らせていると、眼下の通りに配下の若い者が二人、大きな袋を担いで現れた。

 行手には下水の浄化設備を擁する葉水池(リーフプール)がある。

 公道の橋が渡っているので、よく酔漢が誤って転落してはドザエモンとなって見つかる池だ。

 

 テッテロアはせっかくの上機嫌が、哀愁に萎えるのを感じて首を振った。

 裏切り者というやつはどうしてああも愚かなのだろう。

 一度、裏切りを働いたらどこへ行こうと同じことをするように見られると思わないのか。

 夜の街とそれを照らす月。その両方に立つことはできないのだ。


 領家の主は、おおあくびをして寝室へ向かった。

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