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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第二章

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16.君に逢いに来た

「月が三つに見える……」


 千鳥足の空里が言った。

 酒場での宴会は夜更け過ぎまで続き、店への帰路に着く頃には空里も完全に出来上がっていた。

「三つであってるよ。〈天翔樹(アマギ)〉の衛星は五つ。今見えてるのは、ナーシ、レーシ、テレスの三つだから」

 空里の体を支えるように寄り添って歩くルパ・リュリが言った。

「そっかー。酔っ払ってるからかと思った」

「十分、酔っ払ってるぞ。あんまりルパ姉に面倒かけるな」

 前を行くジャナクが振り向いて声をかけた。人目を憚る必要がなくなり、チニチナと絡み合うように歩いている。

「そっかー。私、酔っ払ってるんだ。すみません、ルパ姉さん……」

 ルパ・リュリは笑って空里の肩を抱いた。

「アンジュも早く、一緒に酔っ払って歩いてくれる人が見つかるといいね」

 その言葉に、チニチナが空里の元へ来た。ルパ・リュリの反対側から彼女を抱いて耳元にささやく。

「ね、アンジュには誰かいないの? 寂しい時、抱いてくれるいい人がさ」

「いい人……」

 おうむ返しする空里に、ジャナクも近づいて顔をのぞき込んだ。

「アンジュは真面目そうだからな。ご主人様一筋でいい人もいないんだろ」

「いるもん……」

 空里は言った。

「いい人、いるもん」

 酔いの勢いで答えてしまった空里に、チニチナがすかさずつっこんでくる。

「どんな子? どんな子? 男? 女?」

「えっとね……えっとね……」

 回らない頭でどこまで話していいものか考える。

 名前や素性以外のことなら……と。

「えっとね。強くてね、優しくてね、そいでもってすっごく可愛い、男の子」

 間違ってはいないが、あまりにもよくある少女の理想そのままで、現実感のない言葉だった。

 案の定、ジャナクに笑われる。

「なんだそりゃ。空想の恋人じゃないのか?」

 空里は柄にもなくムキになった。

「ホントにいますよだ。多分、ジャナクより強いんだから」

「よし! 会わせてみろ。勝負してやるぞ」

 まともに受けた女戦士をルパ・リュリがたしなめた。

「本気にしないの。アンジュにとっては十分強い人なんでしょ。それでいいじゃない」

 チニチナも同調する。

「そうそう! ジャナクより強い男の子なんてミン・ガンじゃなかったら完全人間(ネープ)くらいだし」

 空里の酔いが少しだけ醒めた。

 ちょっと喋りすぎた……ヤバいヤバい。

 慌てて話題を変える。

「ね、ジャナクがリョンガ様としてたこういう挨拶ってどういう意味?」

 空里は拳を胸の前で合わせて、初めてジャナクと会った時の仕草を真似た。答えは皇冠(クラウン)に聞いて知っていたが、とぼけて聞く。

「知らないのか? それは銀河で一般的な戦士の礼儀だ。互いの実力を両の拳に見立てて尊重し合うという意味だよ」

「ジャナクの星には、もっと大切な挨拶の仕方があるのよね?」

「ああ、これか」

 ルパ・リュリの言葉に、女戦士は薬指と小指以外の指をぱっと一瞬立てて見せた。

 空里は聞いた。

「それが大切な挨拶なの?」

「〈忠節のサイン〉だ。三本の指がそれぞれ、君主、家族、友を表してる。その三者へ永遠の忠節を誓う時だけにする挨拶だ」

 自分は紛れもない君主だが、それを明かすわけにはいかない。

 なら、友だちとしてはどうだろうか? 空里は確かめたくなった。

「私にはそれ、してくれないの?」

「今、ちょっと見せただろ」

 ちょっとだけでも、友だちと思ってくれてるのかな?

 そのちょっとが、今はほのかな温もりとなって空里の心中に広がった。


 ジャナクもチニチナも、そしてルパ・リュリも銀河帝国でできた最初の友だちだ、と思っている。

 空里は三つの月を見上げながら、この絆が長続きすることを願った。


 店の軒先では、ゼ・リュリが店じまいの片付けをしていた。

「お、帰ったか。アンジュに客が来とるぞ」

「はい?」

 ミマツーを待たせてしまったのかな?

 

 食堂に入ると、銀髪の主が背中を向けてテーブルに着いていた。

 さて、人前で何と声をかけたらいいものか考えながら近づくと、()は立ち上がって振り向いた。

「ネ……!」

 完全人間の少年は、何か思い詰めたような表情で空里に近づいてきた。

 たちまち二人は、興味を掻き立てられたルパ・リュリたちに囲まれる。

「ねえ、だあれ? だあれ?」

 チニチナの問いに答えあぐねていると、少年は空里の眼前に立って言った。

 

「君に逢いに来た」


 チニチナが黄色い声で「きゃあ」と叫んだ。

 ルパ・リュリも、ジャナクさえも目を丸くして空里とネープを交互に見る。

 この状況でどう反応したらいいか、完全にテンパった空里が言葉を失っていると、少年は代わりに一芝居打ってくれた。

 

 彼は、リョンガの宇宙船で機関士見習いをしている者だと自己紹介した。

 名前はレルス。

 主人には知られないよう、婢女の少女に想いを抱き、少しずつ関係を深めてきたという。そして今夜、リョンガが宿に戻らないことをアンジュに知らされ、矢も盾もたまらず飛んできた……と。

 

 話を聞いたルパ・リュリも、チニチナと一緒に黄色い声を出した。

「まあ、しのぶ恋じゃないの!」

 思い詰めた表情のまま、ネープは空里に言った。

「後で、リョンガ様からどんな罰を受けても構わない。これ以上、君と離ればなれでいるのに耐えられなかったんだ。どうか、追い返さないでくれ」

「で、でも……」

 空里は、使用人の立場で店の部屋に男の子を連れ込んでいいものか逡巡した。

 だが、ルパ・リュリはその態度を別の意味に取り違えた。

「アンジュ、ドーム部屋を使って」

「え?」

「リョンガ様が戻って来るのが心配なんでしょ? あなたは今夜は私たちと寝ることになったから、別の部屋にいるってことにする。だから心配しないでドーム部屋に行きなさい。彼と一緒に」

「それは……助かりますけど、あんないい部屋じゃなくても……」

「言ったじゃない。土地騒動をおさめてくれたお礼をするって。だから遠慮しないで」


 かくして、二人は最上階へ続く階段に消えた。

 

 その後ろ姿を見つめ続けるジャナクが眉をひそめるのに、チニチナは気づいた。

「なあに? あのレルス君が気になるの?」

 からかうようにかけられた恋人の声に、女戦士は曖昧に応えた。

「いや……別に……」

 

 実際はジャナクの心中には疑念が湧いていた。

 アンジュはあの「いい人」が自分より強いと言った。それはてっきり冗談か贔屓目だと思ったのだが……。

 あの少年の一挙手一投足には、驚くほど隙が無い。

 機関士見習い?

 帝国宇宙軍の機動海兵隊員でも、ああは見えない。

 正直、戦いになったらことを交えたくない相手に思える。

 

 一体なぜ……というか何者なのだ……?


 その、完全人間にして銀河皇帝の夫君である少年は、ドーム部屋に設えてあったサーバーで暖かい飲み物を淹れた。

 楕円形の開口部からテラスに立った空里の元へ向かい、飲み物を手渡す。

 コーヒーのような香りが空里の鼻腔をくすぐる。酔いは醒め、大分落ち着いてきた。


 ドーム部屋からの夜景は素晴らしかった。

 ギアラムの葉に瞬く街の灯りが重なり合い、その間にライトを灯したトラク(ラゴン)たちが舞っている。

 何の心配もなく、ネープと二人きりでこの景色を眺めることができたら……。

 ネープの横顔を見つめながら、空里は「きれいね」と言いたい衝動を抑えた。

 護衛としての任務についている彼に、物見遊山な態度は見せるべきではないと思えたのだ。

 

 空里はかわりの言葉を口にした。

「その顔のままでよかったの? ネープの顔ってみんな知ってるんでしょ?」

「いつもの顔に見えているのはアサトだけです。他の者には全く違う顔が見えています。意識偽装(マインドマスク)という偽装術です」

 ミマツーが言っていた、高等偽装術か。他の人に見えているのは、どんな顔かしら? 後で自分にも見せてもらおう。

 

「何か報告することがあるの?」

 シェンガと交代して来たからには、その必要があるに違いない。

「明日、査察が終わり次第、艦に帰ります。いつでもここを発てるようにしてください」

「うん、わかった。それから?」

「場合によっては、封鎖解除を待たずにゲートを強行突破します。付近にユーナシアンの戦闘艦が集結しつつあるのです。この星は恐らく戦闘に巻き込まれるでしょう。そうなる前に、〈天翔樹(アマギ)〉宙域から離れます」

 空里はネープに向き直った。

「大変じゃない! ここの人たちに警告を出せないの? 出来たらルパ・リュリたちを一緒に連れて……」

 ネープは優しいが冷たい目で空里に言った。

「アサト、まず自分のなすべき事に集中しましょう。この星の人間たちを助けようとしても、結局際限がなくなります。今の我々にその余力はありません」

 それはそうだろう。

 合理的な完全人間の諫言に、空里は黙ってネープの視線から目を逸らした。

 踵を返して部屋に入り、可変クッションのベッドに腰を下ろす。

 ドーム部屋の照明は暗く落としてあったが、月明かりだけで室内は煌々と照らされている。

 

 ネープの言うことはもっともだ。それに、自分を護ろうとする彼の前でわがままは言えない。

 だとしたら、彼は何のために来たのだろう?

 この程度の報告なら、通信で伝えればいい話だ。彼が来るまでのことはない……。

 

「シェンガは? 交代して艦に戻ったの?」

「いや、あいつには一晩どこかで時間を潰せと言いました。おそらく傭兵センターで同族の仲間といるでしょう」

 ますます分からなくなった。

 大した用もなくシェンガも遠ざけて、彼はなぜここへ?

 眉をひそめる空里の視線を、今度はネープが逸らした。

「アサト、隣に座っても?」

「え? ええ」

 ネープは腰を下ろすと、外に広がる景色を見やった。

 〈天翔樹(アマギ)〉の月は、いつの間にか一つが隠れて二つになっている。

「私は、あなたに逢いに来たんです」

 さっきの小芝居で彼が言った言葉そのままだった。

 だが、それは芝居ではなく彼の本意だった?

 空里はネープの横顔を見つめながら、初めて見る彼の態度に戸惑った。

「それはネープが……自分で私に逢いたくてここに来た、ということ?」

「そうです」

 ネープの首がこちらを向く動きを見せ、空里の方は思わず顔を逸らした。


 急に、空里の体の奥底が熱くなってきた。

 本当にそうなのだ。

 任務も報告もない。彼は私との逢瀬を求めてやって来た。


 ネープが言った。

「アサト、地球で婚姻の契約を交わしてから、私は夫らしいことを何もしてきませんでした。相変わらず、一人のネープとしてあなたを護ってきただけです。もちろん、公家立ち上げのための結婚だったことは分かっています。でも許されるなら、私はあなたと本当の夫婦でいたい」

 

 空里は思い出していた。

 ネープは自分の望みを口にすることはあまりない。

 それを言うということは、本当に強く彼が望んでいるに違いないのだ。

 

 空里は夫の方を見た。

 彼はまた、外の景色の方を見つめていた。

 そして再び妻の方を向こうとした時、またしても空里は正面を向いて視線がぶつかるのを避けた。

 この二人きりの瞬間が、視線を合わせることで消えてしまいそうな気がした。

 だが、このままでいるわけにはいかない。

 彼の望み。彼の欲しいもの。

 それは空里自身も同じだ。同じはずだった。

 それは確かめなければならない。

 

 空里は飲み物のカップを床に置いて、ネープに言った。

「もう一度言って。どうしてここに来たの?」

「あなたに逢いに来ました」

 それは彼女の欲しい言葉と微妙に違っていた。

「さっきの……下で、みんなの前で言った時のように答えて」

 ネープは少し間を置いてから言った。

 今度こそ芝居ではない、彼自身の強い望みとして。


「君に逢いに来た」


 空里はネープの方を見た。

 彼もこちらを見つめていた。


 視線が重なり。

 指と指が重なり。


 唇が重なり……


 ……そして、すべてが重なった。

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