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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第二章

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11.女戦士と踊り子

 涙と泥で汚れた顔を上げながら、空里はぼんやりと考えた。


 初めて経験する生身の相手との一対一の戦い。

 もしこのままジャナクが自分の命を奪えば、彼女には皇位継承権が与えられるだろう。

 かつての自分と同じように……。

 そうなったら、ネープは彼女に従い護ることになるのだろうか……?


 自分が相手にしている者の正体など知る由もない女戦士は、銀河皇帝を見下ろしながら言い放った。

「どうした! もう終わりか! 相手を殺すくらいの覚悟がないとこの宇宙では生き残れないぞ!」

 

 もういいよ……。

 空里は痛みと疲れで全身から力が抜けるのを感じた。

 降参してなんとか勘弁してもらおう。情報はシェンガに取ってきてもらえばいい。自分にはこんなことより、大事な使命があるじゃないか。ここを出て原典管理士(クォートス)審判を受ける事の方がずっと重要だ。こんなことしてる場合じゃない……。

 のそのそと半身を起こす空里に、ジャナクはさらに言葉を投げつけてきた。

「誰かを殺したことはないのか!」

 

 その言葉に、空里の気持ちは急に違う方向へと舵を切った。


 ゆっくりと顔を上げて女戦士の顔を見返すと、傍に転がっている長棒に手を伸ばした。

「誰かを殺したこと……? あるよ……」

 長棒を杖がわりにして立ち上がる。

「人を殺しちゃったよ……忘れてたけど、確かにこの手で殺しちゃったよ……」

 脳裏にあの男の姿がフラッシュバックした。

 スター・コルベットの船上でもんどり打って倒れる前銀河皇帝。そしてその向こう側から飛んで来たメタトルーパー。

 何もかもそこから始まったのだ。

「忘れてたけど、殺しちゃったよ。でも……」

 長棒を握る手に力を込める。

「でも、もうそんなことしたくないんだよ!」

 空里はテム・ガンの女戦士に向かって、大上段から長棒で打ちかかった。

 ジャナクは難なくそれを弾き返したが、しゃにむに打ち込んでくる相手の勢いに呑まれかかった。

 どうしたことだ?

 急にやる気になっただけじゃない。棒術のスジも良くなったように見える。

 その通り、湧き上がる感情に身を任せる一方で、空里は冷静にチート(ズル)をしていた。

 皇冠(クラウン)から棒術のノウハウと、リアルタイムで取るべき反応を得ていたのだ。

 だが、屈強な女戦士を追い詰めるには、空里の体力は絶対的に不足していた。

 力が続かなくなってきたところで、空里は賭けに出た。

 反撃に転じたジャナクが上段に振りかぶるのを待って、長棒を真横に構えると振り下ろされる相手の棒に向かってこちらの棒も勢いよくぶつけた。

 凄まじい力で真っ二つに折られた棒の片方を、空里はジャナクの顔に投げつけた。

 すかさず、残ったもう一本で隙の出来た下半身を突く。

 ジャナクの棒が一閃してその一本も弾き飛ばされたが、その一瞬前、棒の先端は確かに太ももに触れていた。

 肩で息をしながら空里は言った。

「一撃……できたよね……?」

 長棒を振り上げていたジャナクは、空里の言葉に構えを解いて沈黙した。

「やった! すごいすごい!」

 背後からチニチナが拍手する音が聞こえた。

 この世界にも拍手するという風習があるんだ……。

「お前……どこで戦い方を習った」

 自分をじっと見つめて尋ねるジャナクに、空里は口からでまかせの答えを返した。

「主人のリョンガ様が教えてくれた。自分で身を守れるようにって」

 昨日の醜態を見られていたら一発でバレるウソだが、その心配はあるまい。しかし、ジャナクは空里をじっと見つめたままさらに何かを聞いてきそうだった。

 ボロが出る前に逃げよう。

「チニチナ、帰るからお店に連れてって。道わかんない……」


 帰り道、付いてくる女戦士の視線を背中に感じながら、空里は無言を貫き通した。

 

 店に着くと、ジャナクの姿と空里の有り様を見たルパ・リュリは何があったかすぐに悟り、腕を組んで顔をしかめた。

「ジャナク、またやったのね。誰にでも〈試し〉をしちゃダメって言ったでしょ。アンジュはここに来たばかりだし、ご主人様がいるのよ」

 オレンジのカゴを放り出したルパ・リュリが、興奮気味に言った。

「ルパ姉、すごいよ! アンジュって強いんだ! ジャナクから一本取ったんだよ!」

 ルパ・リュリにじろりと一瞥され、踊り子はごまかし笑いをしながらオレンジのカゴを店の奥へ持って行った。

 テム・ガンの女戦士はルパ・リュリに近づくと長棒を手渡し、その場に膝をついて言った。

「不義の罰を」

 ルパ・リュリは「やれやれ」というような表情を浮かべると棒の先でジャナクの頭をコツンと一つだけ叩いた。

 ジャナクは床に頭を擦り付けんばかりの深い礼をしてから、チニチナの後を追って奥に消えた。

 ルパ・リュリはアンジュに向き直って言った。

「これがテム・ガンの女の子なのよ、アンジュ。大きな怪我はない? 事務所で傷を診てもらったら、すぐ体を洗って着替えなさい。リョンガ様には私から謝っておくから」

「す、すみません……」

 そうなのだ。主人がいる婢女としては、こんなことをしていいはずもない。すぐに降参して帰ってくるべきだった。ルパ・リュリに余計な気を使わせてしまった……。

 

 使用人用の浴室へ向かう途中、空里は廊下の突き当たりの暗がりにジャナクとチニチナの姿をみとめた。

 そのまま通り過ぎようとして、驚きに足を戻し二人を二度見する。

 女戦士と踊り子は……抱き合ってキスしていた。

 キスという風習まで地球人と同じ……いやいや、そうじゃなく驚くべきはあの二人がそういう関係だったということだろう。

 そういう関係?

 あれは深い親密さを表す行為なのか?

 それとも、友達同士の軽い挨拶なのか?

 だとしたら、自分も彼女たちとそういうことをすることになったりして?

 混乱して立ち尽くす空里に、チニチナが気づいて微笑んだ。

 ジャナクもこちらに気づいたが、別に気にする風でもない表情を浮かべている。

 と、女戦士は何かを思い出したように顔を上げて言った。

「忘れてたな。ゲートの封鎖解除は三日後だ。貿易商議会の保安部員に聞いたから間違いないぜ」


「三日後か。ギリギリだな……分かった。後であいつ(ネープ)に報告しとく」

 閉店間際の食堂の奥。遅い食事を取りながらシェンガが言った。

 

 ジャナクとの顛末は、ルパ・リュリが彼に伝えた。

 預かっていた空里に傷を負わせたことを彼女が詫びると、主人役のミン・ガンは笑い飛ばした。「いい修練になったんじゃないか」と。

 

 空里はまだ、目撃したジャナクとチニチナの関係が気になってぼんやりしていたが、そのことをシェンガに話すと驚くべき事実を明かされた。

 テム・ガンの女性戦士は、男性配偶者とともに女性の嫁を取り、三人で家庭を築くのだと言う。

「女戦士は自分より強い男を旦那にして、戦士の遺伝子を残すために子供を産むんだ。ただし、男の旦那が女戦士の嫁に手を出すのは禁忌(タブー)だ。ややこしいが、あいつらはそれで円満にいくらしいな」

 あっけに取られる空里の顔を面白そうに見ていたシェンガの表情が、にわかに緊張を帯びた。

「アサト……あいつだ」

 シェンガの視線を追うと、店の入り口にローブを着た恰幅のいい初老の男が立っている。

 そのすぐ後ろに付き従っているのは、ゾナ・カルリオーレだった。

「ゼ・リュリ、いるか?」

 ゾナの呼びかけに、奥から店主だけでなくその姪も一緒に飛んで来た。

「これは……当主(ボル)・カルリオーレ。ようこそ、いらっしゃいませ」

 ゼ・リュリは来客の手を取り、その甲を自分の額に当てて恭しく一礼した。その後でルパ・リュリも同じようにならう。

「ルパ・リュリ、元気か?」

 ボル・カルリオーレと呼ばれた男は、掠れた低い声でルパ・リュリに話しかけた。

 空里は一言聞いただけで、その声に何か命じられたら逆らえそうにない貫禄を感じた。

「はい、お陰様で。お越しいただき大変光栄です。すぐ、お席をご用意しますので」

「いや、まろうどにちょっと挨拶するので寄っただけだ。すぐ退散する」

 そう言いながら首をめぐらせたボル・カルリオーレの視線が空里たちに向けられて止まった。二人のカルリオーレは空里たちのテーブルにやって来た。

「戦士リョンガとはあんたかね。お邪魔してもよろしいか?」

 シェンガは今し方の緊張感をきれいに消し去り、くつろいだ態度で応えた。

「歓迎しますよ、当主(ボル)・カルリオーレ。昨日は息子殿のおかげで助かりました。改めて礼を言います」

 いやいやと手を振りながら席に着いた父、当主(ボル)の後ろで、ゾナは立ったまま空里たちをじっと見つめている。

「改めてご挨拶する。当主(ボル)・リドー・カルリオーレだ。ミン・ガンの戦士に心から敬意を表する。お近づきの一杯をご馳走させてくれ」

 そう言い終わるが早いか、ルパ・リュリがカプセルボトルとクリスタルカップを持って来た。店で預かっているボルの酒なのだろう。

 二人はカップを横に三回振ってから互いに合わせる戦士の流儀で乾杯した。


 地元の大物、ボル・カルリオーレはこの街での家業や世情についてなど、軽く世間話をした後で初めて空里に注意を向けた。

「お連れの娘御は使用人とのことだが、ナスーカ教徒かな?」

「ああ、辺境出のロクル派でね。飛び抜けて使えるわけじゃないが、真面目で間違いはないタイプの人間ですよ」

 ボルは頷くと、空里に左手の甲を見せながら声をかけた。

「祖先の築いた礎に敬意を」

 空里は同じポーズを取ってから手首を捻って手のひらを見せ、返礼した。

「子孫繁栄の願いに謝意を……」

 皇冠(クラウン)から一瞬で学んだ、ロクル派ナスーカ教徒の慣わしだった。少々ぎこちなかったが、疑念は呼ばずに済んだ……と思う。

 カルリオーレの当主は頷くと再びミン・ガンに話しかけた。

「ところで、一つ西の葉階(レベル)にもう一組ミン・ガンの一団がいてね」

「えっ?」

 ミン・ガン戦士はかすかに動揺を見せた。

「傭兵コマンドのチームらしいが、やはりゲート封鎖のあおりで降りてきたようだ。宿はわからんがお耳に入れておくよ」

 シェンガはなんとか動揺を押し隠し、礼を述べた。

「お知らせに……感謝します」


 カルリオーレ親子は、ほどなく店を後にした。

 少し店を離れたところでボル・カルリオーレは息子に声をかけた。

「お前が気にしているのは、ミン・ガンと娘のどっちだ?」

「ミン・ガンです。昨日も違和感を覚えたが、さっき近くに仲間がいると聞いた時の反応もおかしかった。娘の方も、どこか妙なところがある。かしこまってはいるが、あまり婢女っぽくねえ」

「わしは娘の方がずっと気になったな。偽装は完璧だが、言った通りの身上とはとても思えん」

「他の領家か……ひょっとして帝国のスパイでは?」

 ボルは含み笑いをもらした。

「それならわしも驚かん。だが、あの娘にはもっと何か……変な話だがこの世にあらざる外の世界の匂いを感じる」

 ゾナは父親の物言いが大袈裟すぎると思ったが、彼の人間を見る目には一目置いているのでそれは表に出さず聞いた。

「親父殿は、何者だとお考えで?」

 ボル・カルリオーレは大きく息を吐き出した。

「根拠はない。確証もない。これはわしの中の火食い(カラス)がそう鳴いているのだが……」

 ナブ・ガン族が自分の勘に絶対の自信がある時の言い回しで、答えが返ってきた。


「……あの娘は、銀河皇帝だ」

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