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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第二章

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7.惑星〈天翔樹(アマギ)〉

 スター・サブで惑星〈無天函(ファルカン)〉へ向かっていた空里一行は、標準時で七ロクノス(約三日)前にこの〈天翔樹(アマギ)〉に到着したのだった。


 旅はもうあとわずかの行程を残すのみだった。

 銀河帝国の東南星区を主に通る超空間航路(リリィウエイ)はなんとか順調で、追っ手やそれ以外の何者かによる妨害をやり過ごしながら、あと二つの星百合(スターリリィ)を経由すれば〈無天函(ファルカン)〉というところまで来ていた。

 そして原典師(クォートス)審判の期限までは、まだ約二十ロクノス(約十日)近い猶予があった。ところが、〈天翔樹(アマギ)〉宙域でスターゲートから出た直後、それが完全に封鎖されてしまったのだ。


 封鎖が空里を狙ってのものかは不明だったが、ここで別の問題が持ち上がった。

 補給である。

 スターサブが帝国領内に戻った直後、ネープは惑星〈青砂〉と連絡を取り、この〈天翔樹(アマギ)〉宙域で僚艦と合流し、エネルギーや食料の補給を受ける段取りをつけていた。しかし、スターゲートの封鎖によってそれが不可能になった。

 補給さえ受ければ封鎖を強行突破することも可能だが、この状況でそれを待ち続けるわけにはいかない。現地で補給を調達するためには、艦の遮蔽(クローキング)機能を解き地元政府の査察を受ける必要がある。その際、スターサブや乗員の正体は偽装で隠せばよいのだが……

 銀河皇帝が艦内にいるのは絶対にまずかった。

 査察の過程で、空里がセンサー、スキャナー類のシステムを走る皇識プログラムに引っかかる恐れがあるからだ。帝国で最も強力な鍵と盾が、ここでは最大のリスクとなった。


 かくして、空里を惑星〈天翔樹(アマギ)〉に降ろす必要が出た。


 あまり都市化が進んでいない区域であれば、帝国のシステム化も遅れているので、皇識プログラムに認知される可能性は小さい。

 もちろん、空里を一人で初めての惑星(ほし)に放り出すわけにはいかない。

 だが護衛として同行すべきネープは、艦の偽装に伴う技術的問題を解決するために残らなければならなかった。

 すまなそうな目で自分を見るネープが、あの「約束」のことを気にしているのは空里にも明らかだった。

 空里は少しだけ声を張って夫に言った。

「ほら、またそんなに気にしないの。あなたのせいじゃないんだから。補給をしっかりお願いね!」

「はい……」


 目を伏せて返事をするネープの姿に、空里は彼が知ったら怒るかもしれない望みを感じた。

 完全人間である彼にとっても、様々な状況の変化によって空里との「約束」を守ることはままならない。そのままならなさにジレンマを感じているらしいネープの姿は……

 ……可愛い。

 そういう彼を見られるなら、こんなことがもっと起こってもいい……いや、起こってほしいような……

 

 なんて意地悪な妻だろう……


 代わりの護衛にはシェンガとミマツーが名乗りを上げた。しかしミン・ガンと完全人間が連れではいかにも目立ち過ぎる。

 どちらか一名……となっても、二人はお互いに役目を譲ろうとしなかった。

 これについて、銀河皇帝は速やかに簡潔な裁定をくだした。

 

「ジャンケンで決めて」


 空里はカグヤ宮での暇つぶしで、シェンガにジャンケンのやり方を教えてあった。そしてミマツーは、独学でジャンケンを身につけていた。

 直ちに日本式ジャンケンでの勝負となった。


「最初はグー! ジャンケンポン!」

 ミマツーの勝ちだった。

 が、その時 ネープが物言いを付けた。

「今のは後出しだ。ミン・ガンの勝ちだ」

 完全人間にはコンマ一秒にも満たない瞬間で、相手の手を見極めた上で自分の手を変えるという技を駆使することが出来たのだ。

 さらにそれを間違いなく見極めることも出来た。

 ミマツーは恨みがましい目で君主の夫を睨んだ。

「裏切り者……」


 護衛役を外れたミマツーは、空里とシェンガの変装を担当した。

「ネープには意識系偽装術(マインドマスク)という高等偽装術もありますが、陛下やミン・ガンには扱い切れません。なので、高機能化学装身具を用います。要するに化粧品ですが、長期間定着し沐浴くらいでは落ちません。特定の周波数を備えた超音波イレーサーを使って解除するものです」

 空里の顔にはそばかすが付けられ、頬の赤みを増す処置が施された。髪の色は黒のままだったが、ツヤを抑えることであまり手入れのされていない感じになった。

 ミマツーの手並みは確かで、その他いくつかの細かい化粧だけでかなり印象の違う顔立ちとなった。少なくとも「銀河皇帝」という肩書に繋がりにくり面立ちになったのは確かだった。

 シェンガへの処置は簡単で、茶色の毛皮がトラジマ模様になっただけ。

 それでも異種族である空里からは、まるで違う猫……というか人猫に見えるようになった。

 

 二人の関係は、ナスーカ教徒の婢女を連れたフリーランスのミン・ガン戦士という設定にした。これなら変装に加えて、ベールやスカーフで空里の顔を隠すことも出来るのだった。

 シェンガは言った。

「素浪人かよ……」

「カッコいいじゃん!」

 空里は昔、父親が観ていた時代劇映画に登場する用心棒役の浪人を思い出したが、まさか後で自分がそんな映画そのものの危機に遭遇するとは思わなかった。


 ネープはシェンガに空里の護衛に加え、〈天翔樹(アマギ)〉の星百合(スターリリィ)ゲート封鎖と解除についての情報収集という任務を与えた。

 空里自身には一時避難以外の目的はなかったが、少しでも銀河帝国の市井に触れて実態を知るという課題を自らに付した。


 かくして、シャトル替わりに搭載して来たスター・コルベットで惑星〈天翔樹(アマギ)〉へ降り立った二人は、到着後一日足らずでその目的のかなりの部分を消化したのだった。

 いささか、危険を伴い過ぎたが……


「お嬢さん……」

「わっ! びっくりした!」

 突然ゴンドラの外からかけられた声に、空里は飛び上がった。

 声の主は、果物のようなものを手にした老人だった。リフトではない何かに乗って空中に浮かんでいる。よく見ると、その乗り物は機械ではなく、蛇か竜のように細長い生き物だった。

「タタオレンジはいかがかな? 今がちょうど熟れどきでおいしいよ」

「うまそうだな。二つもらおうか」

「こりゃ、ミン・ガン様ですかい。それならお代は結構で。リド戦役ではファンガ遊撃隊に助けられっぱなしだったもんでねえ」

 元兵士だったという物売りの老人はシェンガとひとしきり戦話(いくさばなし)に花を咲かせ、去って行った。

 眼下の街へと降下していく空飛ぶ蛇を見送りながら、空里は同じような生き物があちこち漂っているのに気がついた。

「みんな人が乗ってる……どういう生き物なの?」

「トラク(ラゴン)か? 他の惑星(ほし)にもいるけどな。体内に浮遊ガスの気嚢を持ってるから、ヒレで飛べるんだ。泳ぎも上手いから水中でも使えるぜ」

 タタオレンジにむしゃぶりついていたシェンガは、何かに気づいたように言った。

「……てか、そんなこと頭の輪っかが教えてくれるだろ? なんで俺に聞くんだよ」

「シェンガに教えてもらいたいの。皇冠(クラウン)じゃなくてね」


 空里は皇冠(クラウン)を身に着けて来ていたが、その存在は巧みに隠していた。細長く後頭部から背中にかけて変形させ、ベールで覆っているので外からは見えない。時として突然持ち主に語りかけてくる皇冠(クラウン)だが、最近の空里はその形や、情報の流れもうまく制御出来るようになってきていた。


 やがてゴンドラは目的地である二層上の葉階(レベル)に到着した。

 目抜き通りに出てその奥へと上って行くと、ゾナ・カルリオーレが言っていたドーム状の屋根を持つ建物がすぐに見えて来た。あれが「ゼ・リュリの店」だろう。

 そこまでもうあとわずかの所まで来た時、空里の耳に険しい口調で言い合う声が届いた。

「何度言ったら分かるの? ここは爺ちゃんの代からうちの土地なのよ!」

「だから、その権利は俺が買ったって言ってるじゃねえか! さっさと店をたたみな!」

 見ると、辻に面した空き地に露店が出ており、そこで若い女と数人の男たちが口論をしていた。さらにそれを取り巻いて様子を見ている人々とで、辻からゼ・リュリの店に続く坂道がふさがれている。

「何の騒ぎかしら?」

「地元のいざこざだろ。面白そうじゃんか」

 そう言うとシェンガは見物人に紛れ込んだ。空里は早く宿で落ち着きたかったが、ミン・ガンという種族はどうもケンカやいざこざ騒ぎが好きらしい。


 やれやれ……

 またさっきのようなトラブルにも遭いたくないので、空里は仕方なく主人役の人猫に付いて行った。

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