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見切れたモチーフ

 俺は高校には進まなかった。

 ずっと師匠と一緒に絵を描きたかったからだ。もちろん親に反対された。師匠にも反対された。だけど、俺の意思は硬い。何度も何度も説得して、根負けする形で認めてもらった。

 それから俺と師匠はずっと一緒だった。師匠の個展に自分の絵を載せてもらったこともある。その時に自分のことを弟子と紹介してくれた。とても嬉しかった。そうだ俺は師匠の弟子なのだと、師匠がより誇れるように、より一層絵に励むようになった。

 だけど、ふとした時に海野のことが頭によぎる。海野はなぜあんなことをしたのか。

 何度考えても答えは出なかった。海野ほどの人物なら普通に絵を描いて出してもなんら問題はなかったはずだ。



 師匠とアトリエで絵を描き続ける毎日。

 いつものように師匠の描いた絵の後片付けをしていると、突然花子さんがやってきた。


「岸辺さん岸辺さん、健司さんが貴方に会いたいと言っております」


 健司さん?誰だっけ?と少し考えると海野の下の名前がそうだったと思い出した。


「海野が?今更なんのようだ?」


「通してもいいかしら?」

 花子さんがそう尋ねるので、自分は「はい、お願いします」と返事をした。


 しばらくすると、海野がバツの悪そうな顔でやってきた。


「久しぶりだね」


「ああ……そうだな……」


 なんとなく関わり方が分からなくて気まずい。海野も同じようだった。


「今日は突然どうしたんだ」


「ああ、ちょっと久しぶりに会いたくてさ……」


「そうか……」


「ねぇ、高校行っていないんだって?」


「ああ、そうだよ。俺はここで働くつもりだ」


「そっか……」


「海野はどうなんだ?高校にいっているのか?」


「うん、まぁ通っているよ」


「絵は、描いているのか?」


「まだ描いてるよ。この前、2ちゃんねるってところで自分の絵を載せたらすっごく反響がよくてさ」


「2ちゃんねる?なんだそれは?」


「ああ、世界中のみんなが見ることのできるインターネットの掲示板なんだよ。最近とても盛り上がっているんだ」


 インターネット?世界中のみんな?何を言っているのかよく分からない。


「えっと、それは何か権威がある物なのか?」


「……権威はないけど、でもみんな盛り上がっているんだよ」


「そんなところに絵を描いてなんの意味があるんだ?」


「意味は……ないけど、でも……いや、なんでもない」

 海野は何かをいいたそうだったか、ゴニョゴニョと言葉を(にご)した。


「ふーん、まぁそこでどんな絵を描いたんだ?」


「ああ、ちょっと待ってね」

 そう言って海野は携帯を取り出した。そして何やら操作してから、その画面を見せつける。

 そこにあったのはまるでアニメに出てくるようなヘンテコで妙な格好をした女の子の画像だった。


「これが海野が描いた絵?」


「うん、そうだよ」



「お前、ちゃんとした絵を書くつもりはないのか?」


「……ちゃんとした絵って何?」


「例えば古山信彦師匠のような綺麗で壮大な絵のことだよ」


「……そんなの古臭いだけだよ」


「今、なんて言った?」


「古臭い絵って言ったんだよ!こんな古臭い絵に縛られてさ!バカみたいじゃないか!」


「海野!言って良いことと悪いことがあるだろうが!」


「岸辺君は本当にこれでいいの!?」


「なんの!」


「そう!そのまま、古山信彦と一緒に死んでしまえば!?」


「テメェ!」

 そう拳を振り上げたが、なんとなく殴る気にはなれなかった。ここが師匠のアトリエというのも関係しているのかもしれない。


「……ごめん。こんなことをいいたかった訳じゃないんだ」


「じゃあ、なんのようだよ」


「……実は今度結婚するんだ。もちろん高校卒業してからなんだけど」


「は?」


「岸辺君には言っておこうと思って」


「相手は誰なんだ?」


「岸辺君は知らない人。高校でコンピュータ部に入ってさ、そこで知り合ったんだ」


「そうか……」


「……岸辺君には結婚式に出て欲しいからさ。準備ができたら誘おうと思って、携帯は持ってる?」


「いや、持っていない」


「そう、じゃあ携帯持ったら教えて。僕の番号これだから」

 そう言って海野は紙切れを渡す。そこには電話番号と思しきものが書かれていた。


「あ、おう……」


「じゃあ、それだけ。じゃあね」


「おう」


 そう返事すると、海野はどこかに帰っていった。

 そうか、あの海野が結婚。なんだか頭がぐらつくような感覚がした。

 時間の流れから自分だけが取り残されているような。


「……画材を片付けるか」


 そう独り言を呟いて、アトリエの片付けをする。



 ◇



 そして年月が経って、俺は二十歳の誕生日を迎えた。

 その日、初めて師匠から酒を振る舞われた。そしてついに正式にこのアトリエで雇われることになったのだ。これで名実ともに古山信彦の弟子となる。給料も出るようになった。

 そして自分は()という一人称を捨てた。それでは格好がつかない、だから()を使うようになった。これだけで風格が出るのだ。

 初めての給料で携帯電話というものを購入した。触ってみるとなるほど、便利だ。

 しかもインターネットというものにもつながることができるらしい。よく分からないがきっと良いものなのだろう。

 そして海野との約束通り、海野に連絡先を教えた。海野は「遅いよ」と笑っていた。そうなのだろうか。確かにそうなのかもしれない。


 しばらくして、海野が本当に結婚した。聞くと私と連絡ができるまで待っていたらしい。それは申し訳ないことをした。

 そしてもちろん、海野の結婚式に私も参加した。その時の海野は本当に幸せそうで、この世で一番幸せなのは自分だと自信に満ちているようだった。

 そして分かったのだが、海野はもう今は絵を描いていないらしい。

 

 だが、そんなのはもうどうでも良い。

 私が子供の頃に憧れた海野はもういないのだ。


 彼は勝手に幸せになったのだ。


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