描写の抽象性
コンテストに作品を提出まで一週間を切った。
俺は自分の作品は順調だ。間違いない、これは俺の人生の中で一番の作品になるだろう。
海野はどんな作品になっているのだろうか?ふとそんなことが気になった。
自分は早起きして、まだ朝の霧が残る学校にやってきた。そして、海野の作品が置かれているであろう美術教室をのぞき込む。
……予想通りだれもいない。自分はできるだけ音を鳴らさないように忍び込んだ。
そして、布がかかったキャンバスを一つ一つ確認して、海野の作品を探し出す。
それにしても、海野以外の部員の作品はやはりレベルが低い。こんな作品ではあのコンクールに出してもなんの意味もないだろう。
何枚かのキャンパス確認しても海野の作品が見つからない。どこにあるのだろうとフラフラしていると、準備室にまだ確認していないキャンバスが置かれていることに気がついた。まるで隠すように置かれているそれはなんとも怪しげだった。意を決してキャンバスにかかった布を外す。予想通りキャンバスの裏側に海野の名前が書かれていた。この絵が海野のものでで間違いない。
そこに書かれていたのは____
「なんだよこれ……」
放課後の学校の屋上。海野をここに来るように呼びつけた。
そして今、屋上の扉が開く。そこに現れたのはもちろん海野だった。
「岸辺がいきなり呼ぶなんて珍しい。一体なんのようなの?」
「海野、これがなんなのかわかるか?」
そういって海野に布に包まれたキャンバスを見せる。海野は一瞬で全てを察したようだった。
「……勝手に見たの?」
「そんなことはどうでもいい!これはどういうことだ!」
海野のキャンバスから布を取り外す。そこに描かれていたのは、いや、描かれてなどいない。ただ真っ白なキャンバスがそこにはあった。
そしてタイトルには『真っ白な未来』とだけ描かれていた。
「……どういうこともなにも……そういうことだよ」
「これがお前の作品ってことか!?」
怒り混じりに尋ねる。
「ああ!!そうだよ!!それが僕の作品だ!!」
「ふざけんじゃねぇ!」
人生の中でも一番声が出たのだと思う。気がついたら俺は海野の胸ぐらを掴んでいた。
「バカにするのも大概にしろ!こんな小学生のトンチみたいなのがお前の作品というのか!?これがお前の絵なのか!?」
「それの何が悪い!?それが芸術なんだ!」
「てめぇ!お前がそんな奴だと思ってなかった!」
俺は海野の顔面を思いっきり殴りつけた。
「痛いなぁ!なにするんだ!」
海野も反撃して俺を殴りつける。それは重く重く俺の頭に響いた。
こいつなんていいパンチをしやがる。
「はは……いてぇ……」
「そっちが先に殴るから……」
「なぁ、海野もう一度聞かせてくれ、この作品をお前は出すつもりなのか?」
「……そうだよ」
「そうか、だったら……こうしてやる!!!」
俺は海野の作品を足で破る。そして唾を吐きかけた後にぐちゃぐちゃにして屋上から投げ捨てた。
「岸辺ぇええええ!」
海野から今まで聞いたことのない声が聞こえた。そして、さっきよりも重い一撃が俺の脳をゆらす。
俺の意識はそこで途切れた。
目を覚ますとそこはベッドの中だった。見覚えのあるカーテンから察するにここは保健室なのだろう。
つまりどうやら自分は気絶したらしい。なんと貧弱なのか。乾いた笑いが出てきた。
俺が目覚めたことに気がついたのか、保健室の先生がカーテンを開ける。
「喧嘩?」そう尋ねられたので「ええそうです」とだけ返事をした。
「そう……若いからってあまり無茶をしないように」
そう言い捨てると保健室の先生はお茶を用意した。
自分は促されるままにそのお茶を飲み込む。血の味がした。
「しょっぱい」
「でしょうね」
海野がいないコンクールは俺が最優秀賞を取得した。
それから、卒業まで海野と話すことは一度もなかった。